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オメガの日常

出会い

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 「やさぐれてんな…。」

 悪友の葉月にそう呟かれて、省吾は目の前のショットグラスを煽った。身体を痺れさせるこの強い酒をいくら煽ったところで、胸の奥にジクジクと膿を持った傷は癒やされない。

「お前がそこまで自暴自棄になっているのは初めて見るな。まったく、どんだけベータちゃんにハマってたんだよ。お前の事だから大して大事にしないで、逃げられたんじゃないのか?

 ちゃんと付き合ったら良かったのにな。」


 「俺ばかり悪い訳じゃない。結局俺をアルファとしてしか見てなかったのは向こうの方だ。だからウンザリした俺はもう終わりにしたんだ。」

「自分から終わりにしたにしては割り切れてないみたいだけどな。…お前さ、俺たち上位アルファにその枠を取っ払って向かってこれるやつなんて世の中に早々いないぜ?俺たちだって普通にウエルカムでも無いし。

 そいつと一緒に居て、ずっとびくつかれていた訳じゃ無いだろ?お前そう言うのめんどくさい方だから。」

 葉月の言葉に省吾は、自分に縋る様に熱い身体をぶつけて来た陽太を思い出していた。


 「まあな。普段は全然何考えてるのか顔に出さないタイプだったからな。そもそもセフレになるなんてあいつの選択肢にあったのかどうか…。」

 葉月は面白そうに笑いを堪えて、誤魔化す様にグラスをかたむけた。

「何だよ…。」

「結局真面目子ちゃんはお前が好きだったんだろ?聞いてると遊び慣れてる様なタイプじゃ無いし。なぁ顔は?可愛い?美人か?ベータでもよく見ればそこそこいけてる男たまに居るよな。…まぁ好みの問題だけどな。俺はオメガが好きだけど。ははは。」

 丁度クラブ会員のアルファ達が合流して来たのを契機に、冴えない顔の省吾を引き連れて葉月は次の店へと移動しようと立ち上がった。

「まぁ時間経てば忘れるだろ?ベータが良いなら幾らでもより取り見取りだ。」




 葉月は行きつけのブランドショップのショーウィンドウを覗き込む一人のオメガっぽい男に目を止めた。オメガっぽいと思ったのは、華奢なオメガにしては背も高く普通の骨格の男に見えるからだ。でもベータと判断するには、受ける印象はたおやかだ。

 お気に入りのブランドの商品を定員から受け取って、気まぐれにその男の見ている商品を尋ねた。

「ね、あそこには何が飾ってある?」

 店員はチラリと道路に面したショーウインドウを見ると、愛想の良い態度で葉月に言った。

「はい、あそこにはネックガードが飾られています。着け心地が良いので結構人気なんですよ。ご覧にいれましょうか?」


 店員にその申し出を断ると、やはりあの男はオメガだったのかと葉月は当たりくじを引いた気分で店を出た。意識的にその大学生っぽい男の側をすれ違い様に首元を見ると、同じブランドのネックガードをつけているのが見えた。

 欲しくて見ていた訳じゃ無いとすれば、一体どう言う事なのだろうと葉月は興味が湧いた。

「これ良いよね。でも君のしてるのはもっと良いやつじゃん?」

 そう声を掛けると、そのオメガの男は少し飛び上がる様にして葉月を見つめ返した。ショーウインドウを見ていた時には気づかなかったけれど、目の前の男の一重ながら大きめの瞳は可愛らしく印象的だった。


 「え!…あ、これ?そうなんですか?これより良い物なんだ…。」

 戸惑った様子でもう一度ショーウインドウに視線を向ける年下の男に、葉月はもう一度頭の先から視線を動かした。

 悪くない。普通のオメガの様に俺みたいなアルファを見ても媚びる様な表情をする訳でもなく、ネックガードの事ばかり気にしてる。葉月はその男にお節介を焼いた。

「もしかして値段が知りたいとか?貰い物なんじゃないの?店員に聞いたら教えて貰えるけど。…もし良かったら俺が聞いてあげようか。」

 この手のハイブランドの店に慣れない様子の男に助け舟を出してあげると、男は少し迷った後で決心した様子で葉月に頼んできた。


 「…すみません。お願いしても良いですか?僕のこれ、頂き物なんですが全然価値を知らなくてこんなに高いとか…。ちゃんとした値段を知らないとお礼のしようがないと思って困ってたんです。」

 アルファからの貢物を当然の様に受け取るオメガが多い中、この目の前の男の様に謙虚な様子に葉月は心が動いた。店の中に連れて入って、店員に男の装着しているネックガードの品番を調べてもらう。

 見知らぬ相手にそこまで手をかけてやることなど自分らしくないと面白く思いながら、葉月は神妙な顔をしながら店員を待つ男に声を掛けた。


 「恋人から貰った感じ?愛されてるね。俺もここのは愛人にはあげないかも。趣味が良いから恋人用だよね。」

 途端に目の前の男は挙動不審になって眉を顰めた。

「…恋人ですか?困ったな…。」

「あれ?もしかしてそう言う関係じゃない相手から貰ったの?アルファがそうしたなら、結構愛が重いね。…受け取れる重さだと良いけど。」

 店員が出して来た同じ型番の商品は、ショーウインドウに並んでいるものより一段と高級だった。

「こちらはオーダーメイド品です。お客様の品物は多分こちらの価格帯だと思いますよ。」


 店員に指し示された価格表を見つめる男は、次第に強張った顔になっていく。この男にとっては思いがけない値段だったのだろう。

 礼を言って店を出て行こうとする男の後ろをついていきながら、ほのかに感じる男の匂いを感じる。悪くない。

「恋人じゃなくても、君にあげたいと思ってオーダーしたんなら気軽に受け取っておけば?嫌いな奴からのプレゼントって訳じゃ無さそうだし。」

 店の外で声を掛ければ、考え込んでいた男はハッとした様子で慌てて葉月に礼を言った。

「あ、あの、ありがとうございました。こんなに値が張るものだとか思わなくてちょっと驚いてしまって。貴方がいなければ本当の値段も知ることが出来ませんでした。お手数を取らせてしまってすみませんでした。」


 葉月は周囲を見回してカフェを指差すと、恐縮する男に笑みを浮かべて言った。

「そうだな、一緒にお茶飲まない?買い物してたら喉乾いちゃって。一人でお茶してると結構面倒くさい事になるから、誰かと一緒の方が良いんだ。ほら、俺は魅力的なアルファだからさ、周囲が放っておかない訳。」

 冗談半分、本気も半分の誘い文句を言うと、男は目を見開いた次の瞬間、少し緩んだ表情で微笑んだ。

「そうなんですね。お礼に奢ります。僕もちょっとお茶でも飲んで動揺を鎮めたい気分ですから。」


 目の前の男が案外アルファ慣れしている事に葉月は気が付いた。普通のオメガなら自分の様な金の匂いのする上位アルファに声を掛けられたらわかりやすく秋波を送ってくる。

 けれどカフェに向かうこの男は自然体だ。俺がアルファだろうとそんなものは関係ないという空気だ。そんな態度を取られたのはいつ以来だろうかと、葉月はスラリとした身体の隣のオメガを盗み見た。


 …悪くない。もっとこの彼のことを知らなくては。










 
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