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オメガの日常

慰められて

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 中川君からオメガに関する容赦のない話を聞いて、僕は自分の声が震えるのを感じた。オメガの歴史に関しては何となく差別されていたイメージだったけれど、まさか軟禁させられる様な酷い状況だとは思っていなかった。

 それくらい現代のオメガは普通の生活を送っていると言って良い。自分の身体の変化についていくのに精一杯で、過去の事象まで遡る余裕もなかったとは言え、僕はまるで自分のことの様に身につまされた。

 そう感じてしまうのも、僕はすっかりオメガになった自分を不承不承受け入れたと言うことなのかもしれない。


 気づけば自分の身体が中川君に引き寄せられて、僕は温かな腕の中で慰めを受けていた。背中に回る優しい手のひらが僕のささくれた心を宥めるかの様に動いている。

 「…参ったな。田中を怖がらせるつもりじゃなかったんだ。ただ、現代でも翻弄されるバース性であるオメガは注意が必要だと言いたかっただけなんだ。

 田中が最近関係したアルファも無理強いした訳じゃないだろうけど、場合によっては田中が困ったことになった可能性もあるのだし。こんな事を言うとまた怖くなるかもしれないけれど、アルファの私達も自分達をそれほど過信している訳じゃない。

 時には感情のせいで暴走する事は普通にあるからね。」


 身体に響く静かな中川君の声色こわいろを聞きながら、僕は幼馴染の弦太とのあの時の事を思い出していた。弦太は僕のために実験してくれたに過ぎない。それを要求したのは僕自身だった。

 僕がアルファを怖がるのは、お門違いなんじゃないかな。結果的に幼馴染の一線を超えてしまったのは自業自得なのだから。

 すっかり冷静になった僕は、中川君の包み込む体温に後ろ髪をひかれながら身体を引き剥がした。いい年して中川君に甘え過ぎなんじゃないかな、僕。


 「…ありがとう、すっかり落ち着いたよ。中川君の話は良くわかった。…実は幼馴染のアルファに僕がオメガになった事を告白したんだ。いずれ知られてしまうと思ったし、自分の変化を抱えきれなくて。

 そしたらそいつが中川君のくれたネックガードについて色々言ってきてね?今考えると馬鹿馬鹿しいんだけど、まるで中川君が僕を囲い込んでいるみたいな事言われちゃって。

 無防備だとか責められて、結局アルファからオメガが受けがちな誘惑の実践を受けちゃったんだ。

 …ああ!無理矢理じゃないよ。僕も色々知っておいた方が良いと思って納得の上だったんだから。でもそうなったら全然コントロール出来なくなって、僕は自分からあいつに身体を投げ出しちゃったんだ。

 おまけにまるでヒートみたいだって言われて、あれ以上の状況になるのかって考えたらヒートが怖くなったって訳なの。…呆れた?」


 目の前の中川君がすっかり眉を顰めているのを見上げた僕は、ここまで暴露する必要は無かったかもしれないと気づいた。中川君が好意でくれたネックガードで困った事になったみたいな話になってしまったじゃないか。

 ああ、本当考えなしだ。僕は控えめな人間なんじゃなくて、他人を思いやれない甘ったれなだけだ。そんな自分に心底ガッカリする。

「…間違ってないよ。」


 中川君の言葉が項垂れた僕に届いて、僕は首を傾げて中川君を見上げた。

「え?何?」

 その時僕の背中に回っていた中川君の片手にグッと身体を引き寄せられて、僕の唇に中川君の体温を感じた。…キスされてる?柔らかなその唇の感触を残して、中川君は僕から顔を離した。それから酷く近い距離で僕と目を合わせて呟いた。

「そのアルファの言う事は間違ってないかもしれない。私がプレゼントしたネックガードは、田中のためにわざわざ買いに出掛けて手に入れたものだ。研究所にはいくらでも適当なネックガードが転がっているというのにね。

 私は自分のひよこちゃんに印をつけたかったのかもしれないな。その時はそれに気づいていなかったけれど、囲い込んでいると言われたら実際そうかもしれないよ?」


 問いかける様な中川君の眼鏡の奥の瞳が真剣で、僕は呼吸が浅くなった。触れられた唇がジンジンしてる気がする。これ以上目を合わせていたら、とんでもない行動をしてしまいそうだった。

「…フェロモン出してる?」

「どうかな。田中にキスしたいからしたのだとすれば、そこに感情が乗っていたら無自覚に出るかもしれない。でも私は抑制剤が効いているから…。」

 いつも通りキスまで実験の様な中川君の物言いに、僕は少し笑った。


 「中川君は凄く冷静なのに、自分の行動が分からないの?僕は中川君を見習いたいって思ってるのに、それじゃ困るでしょ?」

「だったら、もっと検証しても良いのかい?田中は普通のオメガと違って、私には未知の存在だ。こんな風に執着しているのは、後天性オメガのせいなのか、それともバース性関係無く田中だからなのか私にはまだ判断出来ないでいるんだ。」

 僕は本当に困った様子を見せる中川君に、酷く同情してしまった。

「僕が迷惑を掛けたせいで、白黒はっきり出来る中川君を困らせてるの?…それに後天性オメガだと何が普通と違うの?」


 中川君は掴んだ僕の手首を自分の鼻に近寄せて目を閉じた。眼鏡のフレームが指先に当たって少しひんやりと感じる。

「田中の匂いは好きだ。私は幼い頃からバース性の匂いに敏感で、普通のオメガの匂いでは攻撃的で少しキツ過ぎる。田中の匂いはじわじわと侵食して来て、しかも緩む様な良い匂いだ。

 もし興奮したらどんな匂いに変化するんだろうと何度も考えた。同時にその匂いを経験したら、私は田中の先輩にも、それ以外のアルファにも田中を渡したくなくなるかもしれないと怖くなる。

 そんな自分をコントロール出来ない執着は経験がないからね。タガが外れるのはいつだって未知で怖いだろう?」


 開けっ広げな中川くんの気持ちを聞かされて、僕は言葉に詰まった。僕の手首を握った中川君の手が熱い。

 中川君は僕が気になっているけど、これ以上近づく事に躊躇してもいると言う事なのだろうか。こんなにお世話になっている中川君の困りごとの元凶になってしまった事に、申し訳なさを感じている。

「…僕は中川君と距離を取るべきだよ…ね?そうすれば少なくとも僕は迷惑を掛けなくて済むでしょう?」

「駄目だ。距離を取るのは許さない。…私の気持ちがはっきりするまで、田中には付き合って貰いたい。」


 冷静ながら言葉はいつも柔らかい中川君が急に強い口調で言い放つので、僕はビクリと肩を揺らした。目の前で眉を顰めて葛藤を滲ませる中川君は、いつもの聖人君子の仮面を剥ぎ取っていた。

 そこには答えを欲しがる、僕と同い年の大学生が居た。

 僕が無意識に空いた手を伸ばして中川君を引き寄せたのは、僕にもどうしてそうしてしまったのか分からない。重なる唇が力を増して僕を圧倒し始めるのに応えてしまった訳も。

 ただ、その時はそうしたいと思ったんだ。



 中川君、僕だって自分の事なんてよく分からないよ。








 














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