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生まれ変わる
カミングアウト
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久しぶりに会う幼馴染の弦太との約束に、僕は緊張を覚えていた。どうせいつか知る事になるのなら、僕がオメガになってしまったことを今日告白してしまおうか。
一方で自分でもようやく自覚して来たその慣れない事実を、幼馴染とはいえ第三者に話すハードルの高さを思った。実際家族にも話していないんだ。遠方の両親はそれを聞いてどう感じるだろうと考えると話せなかった。
うちの家系にオメガは一人も居ない。きっと僕と同じく動揺するに違いない。
お正月は帰省するのだから、その時までに色々説明できる様に僕がまずこのオメガという身体に慣れないといけない。…それを言い訳に告知するのを遠ざけているのかな。
だから僕のことを理解してもらうのに、また会う様になった幼馴染の弦太にカミングアウトするのは手始めの一歩の様に感じていた。
待ち合わせより早めに到着して駅ビルの入り口で待っていると、久しぶりに晴れ間の休日のせいか人が多い。それに通り過ぎる周囲の人達がチラッと僕を見ていく様な気がして、我ながら自意識過剰だと苦笑した。
無意識に俯いてスマホで時間を確認して顔を上げると、こちらにやって来る弦太を見つけた。相変わらず漢を体現するラグビー選手あるあるのマッチョな体格はひと目を惹く。
それに反して彫りの深い少し垂れ目の甘い顔立ちは、何ともギャップ萌えだ。ツーブロの短髪はちょっとしたスパイスかな。周囲の人達が迫力あるアルファの弦太を目を見張って見上げるのを面白い気持ちで見ていると、手を振って僕の方に駆け寄って来た。
僕を探る様に見つめる弦太の視線を気にしながら、僕らは弦太の馴染みのフレンチに行く事になった。連れて行かれた隠れ家の様な店は、みるからに僕には敷居が高い。
洒落た店構えに少し緊張する。店の中は雰囲気が良くて、高級感とのバランスが良かった。
案内された中庭に面したテーブルは噴水の水音が耳に心地良い。僕は慣れた様子で案内にかしずかれている弦太を見つめた。
子供の頃から知る弦太は僕にとっては幼馴染だけど、一般的には荻原商事の後継者だ。一軒隣のあの家だってレンガの塀に囲まれた広い庭のあるとても大きな家だった。確か今も弦太のお祖父ちゃん達が住み続けているはずだ。
そう考えると、弦太もアルファらしい求心力を持つ雰囲気がある。身体のマッチョ感と相まって、それは疑いようもない。きっと大学でも取り巻きがいるんだろう。
だからデートにこんな店を使うのかと思わず揶揄いたくなった僕に、弦太は僕を恋人より大事だと言ってくれた。それってすごく嬉しい言葉だ。そんな幼馴染に心配だけかけて、僕はますます自分が最低に思えた。
落ち込んだ僕に弦太はいつもの様に明るく、笑うと糸目になるその柔らかな表情で美味しいご飯を食べさせてくれた。体調が戻った僕は目の前のご馳走をすっかり平らげた。うん、いつも通りだ。
そんな気分が上がった時に弦太に先輩との事を尋ねられて、僕は一気に現実に引き摺り落とされた。僕のしてしまった間違いは僕を逃してくれない。先輩を失ってしまった悲しみまで襲って来て、僕は鼻の奥がツンとしてしまった。ここで泣くな、それはずるい事だ。
瞼まで溜まった涙を目を見開いて引っ込ませようと頑張っていると、弦太が慌てた様に僕を慰めようと色々言ってくれた。無いものに惹かれ合う、確かにそうかもしれない。
先輩は焼け付く様な太陽で、僕は湖に映り込む月影だ。決して相容れないその関係が間違って交差してしまったのかもしれない。
困って取り繕ってくれている弦太に感謝と泣きそうになった事の気恥ずさで笑いかけると、途中だったデザートを食べ進めた。美味しいものは気分を落ち着かせるな。
そして僕は、いつでも僕を理解しようとしてくれる幼馴染にカミングアウトする決心がついた。だから思い切って自分が後天性オメガであることを弦太に伝えたんだ。
弦太は予想通り口を開けて呆然としていたけれど、視線を僕の首に向けるとそれはネックガードかと呟いた。
「それ?ああ、やっぱりこの薄手のニットじゃ隠し切れなかった?」
そう言って、僕は弦太にニットを下げて首のガードを少し見せた。カミングアウトしてしまえば、もう全て打ち明けたい。僕が自分だけで抱え込むには問題が大き過ぎた。
「…僕はオメガがどう振る舞うかとか全然分からないんだ。それは中川君の心配してるところなんだけど、そうは言っても僕はずっとベータとして過ごして来たんだからしょうがないと思わない?
弦太はオメガと付き合ったりしたことある?もし参考になる様な事があったら教えて欲しいんだけど。」
僕がそう言うと、弦太は気を取り直した様子で僕をじっと見つめた。そんな風にマジマジと見られるとそれはそれで居た堪れないな…。
「別に外見が変わった訳じゃないと思うよ。だから僕は今まで通りベータにしか見えないと思うし。」
弦太は至極真面目な顔をして口を開いた。
「夏休み明けに三年ぶりに会った時、俺は陽太にもっと早く会えば良かったって後悔した。昔からお前は可愛かったけど、なんかそれだけじゃなくて、放って置けない感じがしたんだ。
だからお前があのいけすかない男とセフレだって聞いてどんなに驚いたか分からない。一方で、遅かったって後悔もしたんだ。俺は陽太があんな男のモノになって欲しくなかった。
今日も待ち合わせ場所で、陽太が周囲の目を惹き寄せてるのには気づいていた。垢抜けたと言うか、説明のつかない変化があったのは確かだよ。だからオメガになったって聞いて、色々腑に落ちたってのが正直なところなんだ。」
弦太にそう言われて、僕は目を瞬いた。何か色々情報があり過ぎる。でも目の前の弦太の眼差しに色が帯びている気がして、それは覚えのあるアルファの…。
僕はハッとして両手を突き出した。
「弦太、お願いだからアルファのフェロモン出さないで!僕はまだ上手く対処できないから、困るんだ。」
弦太もハッと我に返って、テーブルの水をグビグビと飲んだ。
「…悪い。無意識だった。感じたのか?」
僕は首を振った。
「ううん、でもそんな目つきになったアルファがフェロモンを出すのは知ってるから…。」
すると苦々しい表情になった弦太は、自分の首を手で撫でると少し肩を回した。
「…陽太の経験値を感じるのは嫌な気分だ。でも俺だって人の事をジャッジする様な生活を送って来た訳じゃ無いからな。それより中川君て誰なんだ?」
僕は弦太に中川君に今回のことに尽力して貰った事を説明した。すると弦太は腕を組んでますます眉を顰めた。
「はぁ?そいつもアルファなのか?…今回の事で陽太が助かったのは感謝するけど、そいつも陽太の事狙ってるとしか思えないんだけど。陽太は友達だって言うけど、アルファってそこまで他人のために骨折ったりしないぜ。
俺だったらしない。研究所に任せて放っておくけどな。…もしかしてさっき見せてくれたネックガードってそいつに貰ったんじゃないのか?」
僕が研究対象だったからと説明しても弦太は納得してくれなかった。それどころか中川君が僕を囲い込もうとしてるとさえ言い出す始末だった。でも確かにこの高そうなネックガードは中川君からのプレゼントだ。
「…研究のお礼だって言ってたし、実際弦太は考え過ぎだと思う。」
すると弦太は呆れた様子で僕の両手を掴むと、ぎゅっと握って言った。
「アルファがオメガにネックガードを贈るのは意味があるんだ。自分のものにしたいという求愛を暗に意味してるんだよ。だから絶対中川って奴は陽太を特別視してる筈なんだ。…参ったな。陽太が無防備過ぎて何から教えて良いか困るよ。」
一方で自分でもようやく自覚して来たその慣れない事実を、幼馴染とはいえ第三者に話すハードルの高さを思った。実際家族にも話していないんだ。遠方の両親はそれを聞いてどう感じるだろうと考えると話せなかった。
うちの家系にオメガは一人も居ない。きっと僕と同じく動揺するに違いない。
お正月は帰省するのだから、その時までに色々説明できる様に僕がまずこのオメガという身体に慣れないといけない。…それを言い訳に告知するのを遠ざけているのかな。
だから僕のことを理解してもらうのに、また会う様になった幼馴染の弦太にカミングアウトするのは手始めの一歩の様に感じていた。
待ち合わせより早めに到着して駅ビルの入り口で待っていると、久しぶりに晴れ間の休日のせいか人が多い。それに通り過ぎる周囲の人達がチラッと僕を見ていく様な気がして、我ながら自意識過剰だと苦笑した。
無意識に俯いてスマホで時間を確認して顔を上げると、こちらにやって来る弦太を見つけた。相変わらず漢を体現するラグビー選手あるあるのマッチョな体格はひと目を惹く。
それに反して彫りの深い少し垂れ目の甘い顔立ちは、何ともギャップ萌えだ。ツーブロの短髪はちょっとしたスパイスかな。周囲の人達が迫力あるアルファの弦太を目を見張って見上げるのを面白い気持ちで見ていると、手を振って僕の方に駆け寄って来た。
僕を探る様に見つめる弦太の視線を気にしながら、僕らは弦太の馴染みのフレンチに行く事になった。連れて行かれた隠れ家の様な店は、みるからに僕には敷居が高い。
洒落た店構えに少し緊張する。店の中は雰囲気が良くて、高級感とのバランスが良かった。
案内された中庭に面したテーブルは噴水の水音が耳に心地良い。僕は慣れた様子で案内にかしずかれている弦太を見つめた。
子供の頃から知る弦太は僕にとっては幼馴染だけど、一般的には荻原商事の後継者だ。一軒隣のあの家だってレンガの塀に囲まれた広い庭のあるとても大きな家だった。確か今も弦太のお祖父ちゃん達が住み続けているはずだ。
そう考えると、弦太もアルファらしい求心力を持つ雰囲気がある。身体のマッチョ感と相まって、それは疑いようもない。きっと大学でも取り巻きがいるんだろう。
だからデートにこんな店を使うのかと思わず揶揄いたくなった僕に、弦太は僕を恋人より大事だと言ってくれた。それってすごく嬉しい言葉だ。そんな幼馴染に心配だけかけて、僕はますます自分が最低に思えた。
落ち込んだ僕に弦太はいつもの様に明るく、笑うと糸目になるその柔らかな表情で美味しいご飯を食べさせてくれた。体調が戻った僕は目の前のご馳走をすっかり平らげた。うん、いつも通りだ。
そんな気分が上がった時に弦太に先輩との事を尋ねられて、僕は一気に現実に引き摺り落とされた。僕のしてしまった間違いは僕を逃してくれない。先輩を失ってしまった悲しみまで襲って来て、僕は鼻の奥がツンとしてしまった。ここで泣くな、それはずるい事だ。
瞼まで溜まった涙を目を見開いて引っ込ませようと頑張っていると、弦太が慌てた様に僕を慰めようと色々言ってくれた。無いものに惹かれ合う、確かにそうかもしれない。
先輩は焼け付く様な太陽で、僕は湖に映り込む月影だ。決して相容れないその関係が間違って交差してしまったのかもしれない。
困って取り繕ってくれている弦太に感謝と泣きそうになった事の気恥ずさで笑いかけると、途中だったデザートを食べ進めた。美味しいものは気分を落ち着かせるな。
そして僕は、いつでも僕を理解しようとしてくれる幼馴染にカミングアウトする決心がついた。だから思い切って自分が後天性オメガであることを弦太に伝えたんだ。
弦太は予想通り口を開けて呆然としていたけれど、視線を僕の首に向けるとそれはネックガードかと呟いた。
「それ?ああ、やっぱりこの薄手のニットじゃ隠し切れなかった?」
そう言って、僕は弦太にニットを下げて首のガードを少し見せた。カミングアウトしてしまえば、もう全て打ち明けたい。僕が自分だけで抱え込むには問題が大き過ぎた。
「…僕はオメガがどう振る舞うかとか全然分からないんだ。それは中川君の心配してるところなんだけど、そうは言っても僕はずっとベータとして過ごして来たんだからしょうがないと思わない?
弦太はオメガと付き合ったりしたことある?もし参考になる様な事があったら教えて欲しいんだけど。」
僕がそう言うと、弦太は気を取り直した様子で僕をじっと見つめた。そんな風にマジマジと見られるとそれはそれで居た堪れないな…。
「別に外見が変わった訳じゃないと思うよ。だから僕は今まで通りベータにしか見えないと思うし。」
弦太は至極真面目な顔をして口を開いた。
「夏休み明けに三年ぶりに会った時、俺は陽太にもっと早く会えば良かったって後悔した。昔からお前は可愛かったけど、なんかそれだけじゃなくて、放って置けない感じがしたんだ。
だからお前があのいけすかない男とセフレだって聞いてどんなに驚いたか分からない。一方で、遅かったって後悔もしたんだ。俺は陽太があんな男のモノになって欲しくなかった。
今日も待ち合わせ場所で、陽太が周囲の目を惹き寄せてるのには気づいていた。垢抜けたと言うか、説明のつかない変化があったのは確かだよ。だからオメガになったって聞いて、色々腑に落ちたってのが正直なところなんだ。」
弦太にそう言われて、僕は目を瞬いた。何か色々情報があり過ぎる。でも目の前の弦太の眼差しに色が帯びている気がして、それは覚えのあるアルファの…。
僕はハッとして両手を突き出した。
「弦太、お願いだからアルファのフェロモン出さないで!僕はまだ上手く対処できないから、困るんだ。」
弦太もハッと我に返って、テーブルの水をグビグビと飲んだ。
「…悪い。無意識だった。感じたのか?」
僕は首を振った。
「ううん、でもそんな目つきになったアルファがフェロモンを出すのは知ってるから…。」
すると苦々しい表情になった弦太は、自分の首を手で撫でると少し肩を回した。
「…陽太の経験値を感じるのは嫌な気分だ。でも俺だって人の事をジャッジする様な生活を送って来た訳じゃ無いからな。それより中川君て誰なんだ?」
僕は弦太に中川君に今回のことに尽力して貰った事を説明した。すると弦太は腕を組んでますます眉を顰めた。
「はぁ?そいつもアルファなのか?…今回の事で陽太が助かったのは感謝するけど、そいつも陽太の事狙ってるとしか思えないんだけど。陽太は友達だって言うけど、アルファってそこまで他人のために骨折ったりしないぜ。
俺だったらしない。研究所に任せて放っておくけどな。…もしかしてさっき見せてくれたネックガードってそいつに貰ったんじゃないのか?」
僕が研究対象だったからと説明しても弦太は納得してくれなかった。それどころか中川君が僕を囲い込もうとしてるとさえ言い出す始末だった。でも確かにこの高そうなネックガードは中川君からのプレゼントだ。
「…研究のお礼だって言ってたし、実際弦太は考え過ぎだと思う。」
すると弦太は呆れた様子で僕の両手を掴むと、ぎゅっと握って言った。
「アルファがオメガにネックガードを贈るのは意味があるんだ。自分のものにしたいという求愛を暗に意味してるんだよ。だから絶対中川って奴は陽太を特別視してる筈なんだ。…参ったな。陽太が無防備過ぎて何から教えて良いか困るよ。」
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