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生まれ変わる

戸惑い

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 自分の荒い息遣いが部屋に響くのに気を散らしながら、僕はこの終わらない体調不良と戦っている。明らかに熱っぽい身体の熱さと、お腹や腰の捻れるような痛みというか違和感に恐怖さえ感じている。

「何でこんな目に遭うの…。」

 弱気になった自分の口から溢れる恨み言はベッドの下に積み重なるばかりだった。ずっと続く鈍痛に呻きながら、痛み止めを処方してもらうべきかと枕元の時計を見た。


 意外に時間が経っているので、所々で眠れているのかもしれない。その時尻が濡れた感触がして、思わず顔を顰めた。薄いパットを付けているとは言え、この分泌に慣れないし戸惑う。

 自分の身体が着実にオメガになっていくのを突きつけられる気もして、複雑な気持ちを埋め込むように枕に顔を押し付けた。

『肛門から分泌が始まりましたね。オメガ分化の初期の際はよくある症状です。オメガの身体はご存じのように男性でも妊娠出産が可能なので、そのために必要な機能の一つです。

 完全にオメガに移行してしまえば、この分泌は性的に興奮した場合のみに出る症状になりますよ。…慣れるまでしばらくはパットを使用していた方が良いかもしれません。』


 オメガである男性看護師の小林さんから聞かされたその最悪な未来に、僕は正直絶望を感じた。今まで考えもしなかった事を人生に課せられていく事に、その重さをまだ受け止めきれない。
 
 妊娠出産って…。女性や男女のオメガがそれを当然の事として受け止めているとしたら、彼らは何て強い生き物なんだろう。僕はずっと自分には関係がないものとして、それこそ彼らにその役割を当然の様に押し付けていた。

 自分がその立場になって初めて、妊娠出産を自分の事として受け止めざるを得なくなっている。


 先輩に嫌われるかもしれないと思いながらもあの時ゴムをつけてくれる様に頼んだのも、当事者ならそうする必要に迫られたせいだ。人間の生命と自分の身体に関係あると思えば、無視できる事じゃない。

 ぐったりと額に汗を滲ませながら横になっていると、枕元のインターホンが鳴って声が掛かった。

『看護師の小林です。診に来ました。入りますね。』

 この具合の悪さを解消して欲しい一心で、すがる様な眼差しを僕は部屋の扉に向けた。


 暗証番号を打つ電子音が聞こえた後、小林さんは微笑みを浮かべて部屋に入って来た。

「調子は…あまり良くなさそうですね。」

 そう言いながら同情的な眼差しを向けると、体温や血圧をキビキビと測り始めた。

「…うんざりするほど調子が悪くて…。小林さんはオメガに分化する時こんな風に大変だったんですか?」

 雑談で気を紛らわしたくて僕がそう尋ねると、小林さんはモバイルに数字を打ち込みながら微笑んだ。


 「私は普通に14歳でしたから、多少の違和感程度でゆっくり身体が変化しました。不定愁訴はありましたけどね。田中さんは後天性ですから、どうしてもオメガホルモン値が急激に増幅して負担も大きいですよ。

 子宮に関しては身体に備わっていたものがホルモンによって使える様に機能性を高められている最中なので、鈍痛の様なものを感じる方が多い様です。」


 僕は小林さんの言葉に集中しながらも、尋ねずにはいられなかった。

 「僕は妊娠するとか出産するとか考えたこともなかったんです。自分の身体の中に子宮があるとか言われても未だに信じられないし。でも小林さんは14歳の時にそれを宣告されたという事ですよね。…受け止めるのって大変でしたか?」

 小林さんは医療道具やモバイルをカートに戻して、僕のベッドの側の椅子に座った。


 「…どうでしょう。実は私の両親はアルファとオメガだったので、どちらかの出現率は高かったんです。田中さんもご存じの通り、アルファは判定が出る前にかなり予想できるでしょう?オメガもそう言う意味では同じです。

 私も物心がつく頃には周囲からオメガかもしれないと言われていましたから、無意識に覚悟があったと言えばそうです。幸運な事に両親の仲の良さを見て育ちましたから、自分もあんな風に運命の相手に会えるかもしれないと嬉しささえ感じました。

 田中さんの様に後天性オメガの方はそうした下準備もなく、いきなり予想外の事を突きつけられて受け止めきれないのは想像出来ますよ。実際事故でCTを撮った際に子宮の様なものが写り込んで発覚した症例もあるそうですから。それこそ青天の霹靂でしょうね。

 …さて、少し熱が高いので着替えをして、解熱剤を飲みましょうか。」



 着替えをして心地良くなったせいか、さっきより随分楽になった。ホッと息をつきながら、小林さんが話してくれた事をぼんやり反芻している。

 アルファとオメガは運命の相手と番う事が出来る。小林さんが自分がオメガである事を積極的に肯定出来るほど、それは幸せを描くものなのだろう。

 僕がこのままオメガになってしまったら、もしかしてアルファである誰かと運命の番になる可能性もあるのだろうか。


 …アルファである先輩も、オメガを嫌っていても運命の番なら抗えないのかな。

 僕はオメガなのに、先輩が運命のオメガと番うのをぼんやり眺める羽目になるのかもしれない。ベータなら諦められた先輩との未来を、オメガになったら可能性が出たせいで余計に恨めしく感じるのかと、僕は自分の執着心に笑うしかなかった。

 先輩とはもう会わないのに、こんな事考えるだけ無駄だ。そう思いながら、何処かでスマホが鳴るのを待っている自分が浅ましい。

 そんな事を考えていたせいか、その夜間髪を入れずにスマホが何度か震えた。


 「…弦太?…先輩も。」

 一体どう言う事だろう。二人が僕のマンションの前で鉢合わせしてるなんて。弦太に心配しないでとメッセージを送ってから、先輩に何て返していいか指が止まった。

 …先輩が心配してマンションまで来てくれた?もう会わないと決めたのに、嬉しくて堪らない。けれども何て返していいか分からなくなって、素っ気ないひと言だけ送ってしまった。


 かと言ってそれ以上メッセージを送るのはやっぱり躊躇われた。オメガになってしまう僕を知られるのはずっと後で良い。同じ大学だからいつかは知られてしまうかもしれないけど、もっと元気にならなくちゃ先輩と顔を合わせる勇気も出ない。

 解熱剤が効いたのか昼間よりずっと体が軽くなっていたせいで、僕は少し元気になって先輩との今までのやり取りをスクロールして眺めた。最後に会ってから、先輩は時々気遣いのあるメッセージをくれていた事に今更ながら気がついた。


 [体調悪いのか?]
 [大丈夫?]
 [今ってマンションに居ないのか?]
 [困った事になってるのか?]
 [弦太って言うアルファとマンションの前でカチあったんだけど、どうなってる?]

 僕は弦太と先輩が睨み合っているのを想像して、思わずクスクス笑ってしまった。弦太はきっと先輩に喧嘩腰だろうし、先輩もアルファである弦太を苦々しげな顔で見つめた事だろう。
 
 でも直ぐに胸が詰まって、メッセージが滲んで見えなくなってしまった。

 やっぱり僕は先輩が好きで、先輩がどんな僕でも良いって抱きしめてくれたらって、どこかで願ってしまうんだ。…先輩、会いたいよ。







 





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