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生まれ変わる

追跡

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 [お騒がせしてすみません]

 陽太のマンションの外廊下でスマホを震わせたメッセージに、省吾の眉間の皺はますます深くなった。目の前にいるマッチョな陽太の幼馴染には、もう少しマシなメッセージが送られてきた様子だったけれど、それを悟られるのは負ける感じがする。

 マッチョの呟いた言葉から陽太に何か起きている事を察知した省吾は、強引にID交換すると足早にマンションを出た。

 自分が陽太に振り回されている事がまったく気に入らない。かと言って放っておく事も出来ずにこうして足を運んでいる。今まで都合の良いセフレに、ここまで気を配った事があっただろうか。


 そもそも一人の相手とこんなに長く関係を続けることの方が珍しい。省吾は小さくため息をつくと独りごちた。

「…面倒くせぇな。」

 それは本音だったけれど、一方でこのまま陽太を手放す気にもならなかった。最後に会った時のいつもと違うあの感じに違和感を感じたのは、やはり正解だったのかもしれない。

 いつになく積極的で、縋り付くように自分を欲しがった陽太を思い出すだけで身体が熱くなる。

「高校生かよ…。」



 とは言え元々陽太の私生活など殆ど知らなかった。と言うより知ろうとしなかった。陽太の理工学部は別棟だったし、ごく稀に中央カフェで姿を見かける事はあっても陽太は自分に声を掛けてくるようなタイプじゃない。

 その記憶を引っ張り出していた省吾は、陽太の側に眼鏡を掛けた男がいたのを思い出した。なぜ今その男が気になったのかと、省吾は夜道で足を止めると目を閉じて考え込んだ。


 陽太とその男以外にも一緒に誰かしら居た筈だ。けれどもその眼鏡は陽太と話していた顔をふと上げると、遠くからぼんやり見ていた自分と目を合わせた。

 その時間が1秒も無かったと思うのに、今思えば眼鏡の奥のそれは自分をどこか憐れむような目つきだった。しかも気に入らない事にその男は明らかにアルファだ。

 


 自分でも信じられないけれど、こうしてあの眼鏡の男の後をつけるような事をしている。しかもこれが三度目とか信じられない。二回とも駅に向かったので空振りだったが、今回は明らかに予想した方角へ歩き進んでいた。

 決定的な場面を抑えるまで、用心深く尾行している自分に笑ってしまうが、もしかしてあの男に陽太が囚われている可能性もないとは言えないので、こうしているだけだと自分に言い訳している。

 それはあの時のマッチョの様な行動だと考えると無性に笑えてくる。


 結局陽太の親は何も知らない様だと、あの幼馴染は簡単なメッセージを寄越した。大学に来ていない事を親にも言っていない、とは言え陽太の意思も感じるこの失踪は、理由がハッキリしないせいでこのまま放り出すことなど出来そうになかった。

 理工学部の眼鏡が陽太のマンションの玄関へ入っていくのを見咎めて、省吾は近くの建物の陰でどうしたものかと考え込んだ。案の定直ぐにハガキの様なものを数通手に持った男は、それを自分のバックへと入れた。


 我慢できなくなった省吾は、後先考えずに眼鏡のアルファの前に近づいた。まるでそれを待っていたかの様に、男は省吾を見ておかしそうに口元を歪めた。

「もっと早く声を掛けて来るかと思いました、桐生省吾さん。何か私に聞きたいことでもあるんですか?」

 動揺などまるで見せずに、その男は省吾にそう尋ねてきた。省吾は舌打ちすると一筋縄ではいきそうにないこの男に言った。

「陽太の居場所を知ってるな?どこにいるのか教えろ。」


 すると今の今まで微笑んでさえいた男は急に顔を顰めた。それから蔑むような眼差しで省吾を見つめて口を開いた。

「田中は自分の意思であなた方に会わないと決めているんですよ?私が教えられるとでも?とは言え安心してください。とても安全な場所に居ますから。彼は今外に出るのは危険な状態なんです。もうしばらくしたらきっと大学へも行けると思います。」

「…チッ、陽太はどこか悪いのか?最近具合が悪いって言ってたんだ。」

 目の前の冷静沈着な男を殴りつけて居場所を吐き出させたい気持ちを抑えて、けれどもそれをしたらもう二度と陽太に会えなくなる気がして拳を握りながら省吾はそう尋ねた。


 「…確かにある意味静養している様なものですね。でも私からそのことについて詳しく説明はできません。お聞きするなら本人から聞くしかないでしょうけど、話せるならもうお聞きになっているのではありませんか?

 貴方が今の時点で知らないって事は、それまでの間柄って事なんでしょうね。失礼。」

 言いたいことだけ言うと、このいけすかない男は横をすり抜けて駅へと歩き去った。男の言葉を反芻しながら、駅とは反対の方向へ当てもなく歩き出した。あの男の言ってる事が本当なら、陽太は自分を徹底的に避けているって事だ。

 メッセージさえ会えませんばかりで、完全な拒絶だ。


 急に馬鹿馬鹿しくなった桐生はスマホを取り出すと、アルファ仲間に電話した。

「ああ、俺。今どこ?…はは、まあね。じゃあそっち行くわ。」

 別に陽太がそう言うつもりなら構わない。アルファの自分がベータごときの陽太にそこまで譲歩する理由もないし。そう考えながら省吾は大通りに出るとタクシーを拾って乗り込んだ。




 「…省吾!?えー、久しぶりじゃない?」

 しばらく顔を見せなかったせいで、会員制クラブの面子が煩い。省吾は適当にあしらいながら奥のVIP席へ座った。遊び仲間のアルファの中に葉月の姿を見つけて、思わず顔を顰めた。

 陽太との事を知っている相手に今夜は会いたくなかった。

 けれども省吾と同じ上位アルファである遠慮の無いあいつが自分を放っておく気がないのは分かっていたので、諦めと共に近くに座ったオメガの男から酒を受け取った。


 「桐生サン、初めまして♡ここで桐生サンにお会いするの初めてかもぉ。」

 男ながら細い首に巻き付いたネックガードにダイヤを光らせたオメガの男は、誘惑する様に省吾の肩に手を掛けた。

「そう?最近来てなかったからな。あんた誰と来てるの?」

 化粧でもしてるのか妙に血色の良い頬と赤い唇を見つめながら、陽太の唇の方がずっと透明感があって綺麗だったと考えてしまってハッとする。ベータの男に綺麗とか…。


 「ミキ、俺のことほったらかしで省吾に鞍替えとか酷いしー。」

 そう言いながら葉月がミキと呼ばれたオメガの男を引っ張り上げて、代わりに自分が省吾の横に座り込んだ。キョトンとしたミキは自分が放り出された事に気づいて、顔を引き攣らせながらホールの方へ行ってしまった。

「良いのか?あれ、お前が連れて来たんだろ?」

「お前の方がレアモノだから大丈夫だ。ミキは俺っていうより、ここに顔を出したいだけだからな。」


 相変わらず淀んだ雰囲気の会員制クラブを見回して、省吾は小さくため息をついた。

「なぁ、もしかしてベータのセフレちゃんと別れた?…あれ?まさか振られたのか?…ぷ、マジ?」

「…元々付き合ってないって言ったろ?だから振られたわけでもない。」

 本当にそうだろうか。自分は会う気があっても会えないという事は、葉月の言う通り振られたって事なんじゃないか?ちょっとした間を読んだ葉月は、ニヤニヤしながら周囲に呼びかけた。

「省吾の失恋パーティやるぞ!今日は俺の奢りだ!」

 クラブがワッと盛り上がって、省吾と乾杯しようとメンバーが代わる代わる寄って来た。省吾は葉月を横目で睨みながら、この騒がしさに心を放り出した。

 ああ、もう色々考えるのも面倒だ。本来はこんな日々だったのだから、元に戻るだけだ。

 

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