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親切な友人

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 先輩が立ち去った後、怖い顔をした弦太に先輩とどう言う関係なのかと問い詰められた僕は、初めて他人にそれを言ってしまった。先輩が今までにない行動をしてくれた事に動揺してしまったからなのか、聞かれた相手が弦太だったからなのか。

「…僕の好きな人だよ。片思いなのははっきりしてるんだけどね。…先輩は僕をセフレだとしか思ってないから。」

 幼馴染の弦太は眉を顰めて黙り込んでいたけれど、ため息を吐いて言った。


 「真面目な陽太をセフレ扱いする奴なんか俺は気に入らないね。…アルファとしてのオーラを見れば、陽太があいつに惹かれる気持ちは分からなくはないけどさ。

 …今夜はもう帰るよ。陽太も動揺してるみたいだし、日を改めて遊びに来させてよ。」

 そう言って、強張った笑みを浮かべた弦太はエレベーターから帰ってしまった。独り取り残された僕は部屋の鍵を開けると玄関に座り込んだ。ふと、手に持った先輩からの差し入れに気づいて、もう一度中身を見た。


 大好きなあんこ白玉、他にも幾つかのコンビニデザートが入っていて、僕は思わず笑った。

「買いすぎ…。」

 僕は何も考えずに先輩に電話していた。これを買ってくれた時、先輩は何を思っていたのだろう。

 けれど先輩は電話の向こうで、どこか気のない風で僕の誘いをあっさり断った。それはそうだ。先輩が自分の事を少しでも気にかけてくれたからって、僕の都合の良いお願いになんて答えてくれる訳がない。


 電話を切った僕はふらつきながら立ち上がると、セフレなのに先輩に期待してしまった自己嫌悪と、幼馴染とは言え他人に自分の秘密を暴露してしまった動揺で、ぐったりとベッドに身体を投げ出した。

 さっきまでご機嫌で弦太と楽しく笑い合っていたのがまるで嘘の様に、僕の心はグラグラと揺れている。そうしていると何だか気分まで悪くなって来て、僕はトイレへ駆け込んだ。


 最近時々だけど急に気分が悪くなる事があった。お腹の奥がモヤモヤしてスッキリしない。特に先輩とした後は身体の痛みと疲労感では説明できないモヤモヤとした具合の悪さがあって、鎮痛剤を飲んで誤魔化していた。

 今も洋風居酒屋で食事はしたけれど、未成年なので酒を飲んだ訳じゃない。ストレスだとしたら、僕は相変わらず打たれ弱さに進歩がない。…セフレなんてやっぱり向いていないんだ。




 その週の木曜日になっても、僕のスマホは鳴らなかった。夜11時を過ぎると、流石にもうメッセージが来ないのだと諦めがついた。もしかしたら明日かも?それか連絡なしで家に来てくれた土曜日みたいに週末?

 僕はスマホを片時も側から離さずに結局月曜日を迎えた。ほとんど家に居て手持ち無沙汰だったので、家の中が妙に綺麗になっている。僕はため息をついて大学へ向かった。

 それから一週間、メッセージはやはり来なかった。


 大学の共用部分では無意識に先輩の姿を探してしまうけど、連絡が来ない今、僕は先輩と顔を合わすのも辛い気がして理工学部エリアに籠っていた。

「最近なんか暗いね、田中。」

 クラスメイトの中川君に声を掛けられて、僕は誤魔化す様な笑みを浮かべた。取り巻きを引き連れた中川君のアルファ味に、僕は先輩を思い出して胸が痛んだ。

「…具合悪い?顔色悪いみたいだよ?」


 そう言って額に手を伸ばして来る中川君が少し怖い気がして、僕は誤魔化す様に席を立つと微笑んだ。

「大丈夫。でも医務室に行くことにするよ。ありがとう、心配してくれて。」

 荷物をまとめて移動しようとした僕をじっとその場で見つめていた中川君は、取り巻きに何か言うと僕の荷物を奪い取る様にして歩き出した。

「次の講義ないからさ、私が送ってくよ。…何か田中って前からそんな感じだった?最近びっくりするくらい肌も白いし、儚げって言うか。変な病気とかじゃないよね?」



 さっき中川君を怖いと思ってしまった罪悪感で、僕は苦笑して軽口を叩いた。

「怖い事言わないでよ。僕はただでさえ気が弱いんだから。それよりこの間の中川君のプレゼン、凄い感動した。嫉妬する隙もないって、あんなプレゼンを言うのかなって思ったよ。教授も突っ込みどころが無くてそれは笑ったけど。

 でもあれ準備するのは大変だったんじゃないかなって、そっちを想像してゾッともしたよ。ふふふ。」


 すると中川君は口元を緩めて少し笑った。

「そんな風に思ってる事私に言うのって、田中くらいだよ。アルファの彼らならともかく、他の人って壁があるって言うか。取り巻きでさえ、私に思ってる事言わないよ。それって寂しいだろう?

 それに、アルファの私は出来て当たり前って捉えられるから、それはそれで嫌になる時もあるし。大体私まだ大学一年だよ?プレッシャー掛けないで欲しいって時々思うよ。」


 僕はアルファである中川君なりに色々葛藤があるのだと思った。特別視されるのは中川君の優秀さのせいだけど、それは彼自身の心とは別物なんだ。

「僕はプレッシャーに弱いから、中川君みたいになりたいって思ってたのは撤回するよ。ふふ。あ、ここだね。ありがとう、送って来てくれて。」

「私も次講義ないって言ったろ。医務室の先生居なかったら困るから、付き合うよ。」

 そう言う中川君の好意に甘えて、僕はドアを開けた。丁度医務室から先生が出ようとしていて、体温を測って僕に寝ている様に言うと直ぐに戻るからと出て行ってしまった。


 「良かった。閉め出されるところだったね。田中、パーカー脱いでTシャツになったら?」

 そう言う中川君にお世話されて、僕は体温計とパーカーを預けるとベッドに横たわった。やはり本調子ではないかもしれない。横になるとてきめんに脱力してしまう。

 中川君が動きを止めて僕を見下ろしているのに気がついて、僕が顔を見上げると、ハッとした様子の中川君はぎこちなく微笑んだ。

「…じゃあ、私はもう行くよ。おやすみ。ゆっくり休んで。」


 中川君の足音が遠ざかるのを、うとうとと薄れる意識で聴きながら、僕はあっという間に眠ってしまっていた。気がつけば医務室の先生がいて、僕はだいぶスッキリしたのを自覚しながらベッドから降りた。

「あの、ありがとうございました。だいぶスッキリしました。」

「ちょっと微熱だったみたいね。案外そのくらいの方が具合悪いから。ああ、付き添いの彼、ずっとついててくれたわよ。私も直ぐに戻るつもりだったのに足止めされちゃって、20分ぐらい掛かっちゃって慌てて戻って来たら、彼がついててくれたのよ。

 優しいわね。お礼言っておきなさいね。」

 中川君は直ぐに出て行ったと思っていたけれど、戻って来て診ててくれた?あいつマジで良いやつだ。


 それをきっかけに僕は中川君と学部内で以前より話をする様になった。

 取り巻きが怖いからお昼を一緒に食べるのは時々だけど、授業でも中川君が呼んでくれて一緒の実験チームになる事が多くなった。大学生活は桐生先輩中心に考えていた僕に、ようやく自分主軸の生活が始まった気がした。
 
 だからあの日、僕は酷い目に遭った先輩が放って置けなくて身体が動いたのかもしれない。先輩の前ではいつも高校時代の自分に引き戻されていたけれど、ようやく僕は先輩の前でもありのままの今の自分でいられたんだ。









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