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いつもと何か違う

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 「久しぶりだな、陽太。陽太が一人暮らししてるとか全然知らなかったんだけど。親父さん転勤だったって?」

 萩原弦太は高校から引っ越してしまって、お互い学校生活が忙しくて疎遠になっていた幼馴染だった。

「そう。郊外の一軒家に一人で住むのもアレだからって、大学の近くにマンション借りて貰ったんだ。実家には田中の方の従兄弟夫婦が住んでる。弦太があの大学に入ったのは聞いてたけど、何やかんや会えてなかったよね。」


 「ほんとそれ。やっと落ち着いたと思ったらもう夏休み明けだろ?でも住んでる家も結構近いし、もっと会おうぜ。ああ、今度うちにも遊びに来てよ。親が喜ぶからさ。うちの親、陽太の事凄い贔屓してんだよ。

 お前昔から良い子ちゃんだったろ?俺とは別の生き物だって、めちゃくちゃ可愛がってたからな。実際可愛かったよ、お前。」

「今は見る影もないよね。僕も随分育ったからさ。」


 そう言って僕はクスクス笑った。大学で体育会系ラグビー部に在籍する弦太は、相変わらず気さくで温かい。アルファらしく抜きん出ている割に威圧感が無いのは、性格としか言いようがない。そのせいで幼馴染とは言え、ベータの僕ともずっと仲良くしてくれていた。

 だからアルファの桐生先輩とこうして半年もセフレを続けていられるのも、アルファの幼馴染がいたせいで、アルファにそこまで尻込みしないせいかもしれないと思った。

 僕をじっと見つめていた弦太は、ニヤリと笑って言った。


 「育つと言っても俺ほどじゃないだろ。陽太は想像通りの育ち方だけどな。水泳は辞めちゃったんだっけ?お前の泳ぎ方、俺凄い好きだったんだけどな。何か魚みたいって言うかさ。」

「それを言うならイルカみたいだって言ってよ。…まぁ怪我もあったけどさ、僕は他人と競い合うってのがそもそも性に合わないんだ。男らしくないって言えばそうなんだけど。

 今は理系の学部だから、ちょっと優秀さの競い合いってのに腰が引けてるところ。でも周囲の事気にしない奴が多いから、そう言う面では気楽かな。」


 弦太は大きな手を急に伸ばして、僕の頭をガシガシ撫でて微笑んだ。

「偉いぞ。頑張ってるな、陽太。俺、自分には全然無い、陽太の奥ゆかしさって言うか、柔らかいところを凄い尊敬してるんだ。それ、お前のチャームポイントだからさ、男らしさは俺に任せて陽太は陽太のままでいてよ。」

 急にそんな風に慰め?られて、僕は困惑と照れ臭さでボサボサになった髪を文句を言いながら直した。

「はは、陽太は下手な女子よりよっぽど可愛いよ。」


 それから二時間ほど近況報告を済ませて馬鹿な事を言い合っていると、テーブルの上のスマホが震えた。滅多に鳴らない僕のスマホを見つめながら、僕は一瞬ドクリと心臓を鳴らした。見るかどうか迷っていると、弦太が僕に言った。

「いいの?見なくて。」

 もし先輩だとしても、今夜は弦太と会ってるし、それに体の調子も今ひとつで相手は出来ない。僕は苦笑すると首を振った。けれど、それから何度もスマホが震えて、僕はしょうがなくメッセージを見た。


 [今出先の用が終わった。21時過ぎに会えるか?]

 僕は思わず眉を顰めた。何だかいつもとメッセージが違う。言い訳めいた言葉と、僕の意志を尊重する様な物言い。何だか桐生先輩らしくない。

「ちょっとメッセージだけ返して良い?」

 弦太にそう断ると、僕は先輩にメッセージを送り返した。

 [友人と出先なので、今日はすみません。]


 [はい]以外のメッセージを送ったのは初めてだと妙な気分になりながら、僕はスマホをバックに放り込んだ。もうメッセージは来ないだろう。

「大丈夫?何か急用だったのか?」

 弦太が心配そうに見て来るので、僕は苦笑して言った。

「高校時代の先輩と大学でばったり会ってさ、時々会ってるだけ。一昨日も会ったのに、今日も誘って来るの珍しいからちょっと驚いた。」

「そっか、陽太の仲良しか。陽太は敵を作るタイプじゃ無いけど、自分を曝け出すのは得意じゃ無いだろ?仲良しの先輩がいて良かったな。あーあ、俺が大学一緒なら、お昼とか一緒に食べたかったけどなぁ。」


 「僕、嫌だよ。弦太と一緒にご飯食べてたら、絶対でこぼこコンビって言われるよ。」

「あっは、懐かし!そう言えばそんな事言われてたっけ。弦太くん、陽太くんの分も食べちゃいけません!って先生に怒られてさ。あれは陽太が嫌いなもの俺に押し付けただけなのに、陽太が可愛いからさ、先生まで騙されちゃって。陽太って本当得な性格だよ。」

 僕と弦太は昔の懐かしい思い出に思わず楽しく笑い合った。

 僕がそんなに可愛いと思われていた自覚は無かったけれど、弦太の側はいつも居心地が良かった事を思い出していた。


 結局店を出たのは9時を少し回ったところで、僕は弦太に尋ねた。

「これからどうする?カラオケでも行く?」

 すると弦太は悪戯っぽい目つきをして言った。

「陽太の一人暮らしのマンション行ってみたいな!こっから近いだろ?俺も家出たいんだけど、大学も近いしさぁ。」

 僕はチラッと先輩のメッセージが頭をよぎったけれど、断ってしまったのだし、今は弦太との楽しい時間を終えるのは名残惜しい気持ちになっていたので、近くのコンビニに寄ってから家に向かった。


 マンションの近くは静かな住宅街なので、僕らは声を顰めて少し浮かれついでに身体をぶつけ合ってふざけていた。もっとも僕が手加減されていたとしても軽く吹っ飛ばされていたけれど。

「弦太ヤバいって。何その厚み。何詰まってんの?」

 声を顰めながら忍び笑いでマンションの部屋へ向かうと、部屋の近くに誰か立っているのが見えた。その姿に僕はドクリと心臓を震わせた。何で。


 スーツ姿の桐生先輩がコンビニの袋を手に突っ立っていた。僕は混乱して、足を止めて先輩とじっと目を合わせた。

「誰?知り合い?デカいな…。」

 弦太が後ろから僕に囁きかける。すると先輩は僕にゆっくり近づいて来ると、見たことのない笑顔で僕にコンビニの袋を差し出して言った。

「メッセージ見たんだけど、近くにいたから寄ってみたんだ。こんばんは、陽太のトモダチ?これ良かったら食べてよ。」

「先輩…。あ、ありがとうございます!あ、あの…。」


 先輩はそのまますれ違うと、マンションの階段を降りて行った。二階の部屋だから僕が一人の時は階段を使うけど、先輩が一緒の時はいつもエレベーターしか使わないのに。

『え?階段使うの?何で?面倒じゃん。』

 …そう言ってたのに。コンビニの袋の中を覗き込んだ僕の目に、いつもの飲み物とコンビニデザートが飛び込んできた。

『陽太コンビニデザート好きなの?あれ美味しい?食べた事ないけど、俺。きっと口に合わないだろうな。ははは。』

 そう言ってたのに。何かやっぱり先輩らしくない。


 「なぁ、今のが高校一緒の先輩?アルファだろ、あの人。陽太、あの人とどう言う関係?」

 先輩の消えた階段を見つめながら、弦太が真剣な眼差しで僕を見つめてきた。え?どう言う関係って?…セフレって言うべき?
















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