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人気者

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 ピコン、ピコンと鳴り止まない着信の知らせに、僕は歯磨きしながらテーブルに置いたスマホを持ち上げた。

「ふふ、今日も凄い反響。さすがAIの僕、人気者だな。」

そう言いながら頭の片隅では虚しさも感じてる。人気者なのはAIで作られた僕であって、僕自身は一人寂しく狭いワンルームで寝支度をしているのだから。

それでもネットの向こうでAIの僕に繋がってくるのは明らかに生々しい男達で、僕は彼らのコメントにドキドキしながら慰められ、同時に『ミコト』になりきって返事を時々返すのが一番の楽しみになっていた。


 それはちょっとした悪戯心だった。虚構のAIはもはや現実と区別など難しくなっていた。その時浮かんだのはAIで僕の身代わりを作ることだった。

高校生の頃の初恋をきっかけに、僕は自分が同性愛者だと知った。けれども現実にそれを実行できるかというとハードルが高過ぎた。平凡と真面目を絵に描いたような僕は、それこそそっち側の世界に踏み込む勇気もなく、時々の片思いに胸を焦がす程度で生きてきた。

 
 その寂しい人生をこれからも続けるのだと達観したある夜、SNSで流れてきたのは現実と区別のつかない作り物のAIの美少女に群がる生身の男達だった。結局その悪戯に引っ掛かった男達を笑いものにするだけの出来事は、しばらく僕の胸の中で渦巻いていた。

だから自分に言い訳をしながら、自分で撮ったポーズを読み込みさせてさせて作ったAIの僕は、自分とはまるで似ていない淫靡な笑顔のイケメンAIだった。そこから熱中して細かな指示を書き加えて作り上げた『ミコト』は誰が見ても魅力的に見えただろう。


 そして僕は自分の分身とも言えるミコトに、左胸の天辺の直ぐ下に自分と同じ二つ並んだ黒子をつけた。決して誰にも見せる訳ではない自分の裸の印をミコトにも刻みたかったのは、僕の満たされない願いだったからなのか。

それから週末に一度、僕は自分のポーズを元にミコトを作った。最初はビールを片手になんて事のない乾杯ポーズだったけれど、イイねのハートマークがポコポコと流れてきて、ハッシュタグのゲイに引き寄せられた男達がいやらしいコメントを投げかけてくる様になってからは、僕もまたタガが外れていった。


 [ミコトくん、今度会おうよ。凄いタイプなんだけど。]

そんなコメントが増えていくにつれて、僕は生身の自分とのギャップに苦しさを感じる様になった。けれどもアップするのはやめられなかった。完成度が高すぎなかったのが良かったのか、ミコトをAIだと感じる人もいない様で、僕の週末の楽しみは過激にはなれど、止めるという選択肢にはならなかった。

世の中は僕が存在しようがしまいが、どうでも良いんだ。ただ画面の奥で自分たちの欲望を刺激して、楽しければ文句などない。そんな風に思ってしまえば、僕を引き留めていた羞恥心など無くなってしまった。


 現実では叶えられない内に秘めた僕のいやらしい気持ちが、ミコトを通して溢れ出る様になってからは、閲覧数もフォロワーも一気に増加した。男達の過激な煽りコメントは僕をゾクゾクさせもした。

しかしいつまでこんな事が続けられるだろう。SNSでしか登場しない僕は、いつの間にか閲覧する男達の妄想の中で大きくなっていって、今更AIであるなどと言ったら炎上間違いなしだろう。

そうなったら裏切りに怒った執拗なストーカー達によって、生身の僕自身の破滅にも繋がるかもしれない。僕はそろそろ潮時かもしれないと思いながら、少しづつ公開の間隔を空けて行こうと決心した。



 [仕事で忙しくて、これからちょっと低浮上…。]

そうコメントをつけて、四つん這いになった際どい下着姿の振り返り画像をアップしたのが数分前だった。いつもより激しい着信音に僕は眉を顰めた。そう普段より際どい訳ではないのに、何かやらかしてしまったんだろうか。

写真画像と違って、AIで描いたリアル画像は生々しい背景を取り込まない。それはうっかり個人情報を漏らす事がないので、AI画像はその点も安心材料だった。


 [ミコトくん、社会人だったの?滾るわ。]僕がつけたコメントのに反応した彼らが、僕の生々しい実態を手にしようと好き勝手にコメントを投げてきていたんだ。そう言えば私的なコメントは書いた事がなかった。いつもエロい発言ばかりで、それは反対に実体への接近を拒んでいた。

僕は次々に並ぶ社会人ミコトへの生々しい欲望のコメントに只々呆然として、同時に酷く興奮していた。痛いくらい張り詰めた僕自身を自覚しながら、まるで生身の僕を欲しがられている様な気がして、喉を鳴らした。


 ああ、僕はもう一人の僕である「ミコト」を止めることなど出来るんだろうか。






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