醜いアヒルの子と漆黒の貴公子

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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デビュタント

歌劇

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 美しい装飾の施された騒めくホールを見回しながら、私は期待に心が弾むのを感じていた。歌劇場に入場が許される14歳の頃から両親と一緒に年に二、三度足を運ぶのが楽しみの一つだった。

 去年は初めて両親以外の相手、レベッカと一緒に足を踏み入れた。親友と鑑賞する楽しさはまた格別のものだったけれど、流石にこうして殿方と二人で歌劇場に来るのは初めての経験だ。

 ゴードン様は良い鑑賞相手なのかしら…。


 私は無作法にもそんな事を考えながらチラリとさっきよりも格上の衣装に身を包んだゴードン様を見上げた。ジャケットのベルベットの光沢が、ホールに散りばめられたランプの光に反応して大柄なゴードン様を引き立たせている。

 胸元に飾られたシルクのボウタイを止める、大きなオニキスをぐるりと囲んだ美しい銀細工のブローチが品良く男らしさを引き立たせている。少なくともゴテゴテと飾り立てる貴族の優男よりは好感が持てるわ。


 「チェルシー、私の装いは及第点だったかな?」

 じっと見つめていたのに気づかれて、ゴードン様が片眉をあげて私と目を合わせてきた。私は慌てて前を向いて視線をずらしながら何でもない様に呟いた。

「いつだってゴードン様はそつがありませんもの。周囲の視線を見ればそんな事私に聞く必要もございませんわ。」

 するとゴードン様の腕に絡めた自分の手をもう片方の手でぎゅっと握ったゴードン様は、私の耳に顔を近づけて囁いた。

「いや、私は他の誰かよりチェルシーがどう感じたのか興味があるね。」

 思わせぶりなゴードン様の言葉にドキドキしてしまう自分に妙にイライラした気持ちになって、私はこの揺さぶられる感情を持て余した。…だからゴードン様と一緒に居たくないのに。


 でも今夜は予約が取れないと話題の悲哀の歌劇だから、相手がゴードン様だろうと我慢しなくては。

 周囲の顔見知りに軽く挨拶を返すゴードン様を横目に、私はいちいちその相手から好奇の眼差しを受ける羽目になった。デビューしたとは言え、社交に出ている訳でもないので、私の事を誰だろうと窺っているのだろう。

 しかも人が多くて長々と挨拶する訳じゃないので、今夜のパートナーの私を紹介する訳でもない。そんな中途半端なゴードン様の腕の飾りになった気分で、私は早く幕が開かないかとジリジリしていた。


 ようやく美しい席に座り込むと、私はホッと息をついた。それにしてもこの舞台を見下ろす壁沿いの個室は何とも贅沢だ。流石に伯爵家では経験がない。

「この眺めは素晴らしいですわね。ああ、本当に楽しみですわ。」

 ウキウキした声になってしまったのは仕方がないし、思わず満面の笑みでゴードン様に話しかけてしまったのも無自覚だった。ゴードン様はそんな私の顔をじっと見つめてから急にそっぽを向くと、咳払い一つして呟いた。


 「ああ、そうだな。」

 それだけ?殿方と歌劇に来ても会話が楽しめないんじゃ、レベッカと一般席で観た方がマシだったかもしれないわね。私はゴードン様にあまり期待するのはやめて、歌劇場が暗くなるのを黙って見つめた。

 評判通り歌劇は素晴らしかった。笑える場面があったかと思えば一気に物語が動いて、心を震わす嘆きの歌が歌劇場を震わせる。ストーリーに感情があちこちに動かせられて、ゴードン様にハンカチで涙を拭われるまで自分が酷く泣いているのにも気付けない程だった。


 覗き込んだゴードン様が私の頬にハンカチを押し当てるのを、私は舞台の幕が引き下がる気配と喝采と共にそれを受け入れていた。

「…子供みたいに泣いて。この舞台の何が君をここまで泣かせたのかい?」

 主人公が別の人間に成り代わって生きていく、その緊張と楽しさ、そして最後には本来の自分を見失って、愛まで失ってしまったことへの後悔の物語は、私の心を乱暴に揺さぶったのだった。

 私もまるで同じ。チェルシーは私だけど、本当にそうなのだろうかといつも後ろを振り返ってしまう。


 涙が止まらないのを見たゴードン様は従者に個室の窓にレースを下ろさせると、私をそっと膝に抱き抱えて子供をあやす様に何度も背中を撫でてくれた。

「大丈夫。何も心配は要らない。…君を脅かすものは何もない。君は愛されし人だ。力を抜いてあるがままで良いんだ。」

 ゴードン様の言葉はじわじわと悲嘆に暮れる私の心に沁みてきた。あるがままで良いの?本当に?

 ひとしきり涙と共に積み重なったこれまでの葛藤が流れ出してしまうと、私は急に今の状況を自覚し始めた。


 もしかして私は醜態を晒してしまったんじゃないだろうか。しかもこの状況。私が座っているのは逞しいゴードン様の腿の上だわ。そして包み込んで居心地の良い胸と腕。

 頭の何処かでずっとここに居られたら良いのにと囁く自分の声に蓋をしながら、私は鼻を啜りながら恐る恐るゴードン様を見上げた。

 ゴードン様は私と目を合わせながら、何だか戸惑う様な表情を浮かべてから小さく呟いた。

「…君のみっともない赤い鼻も可愛く見えるなんて、私もどうかしてるな。」

 それからため息まじりに私をもう一度ぎゅっと抱きしめた。…ああ、正気になると完全に居た堪れないわ!




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