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デビュタント

デビュタントの日

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 何度も試着したせいで、眼を閉じてもどんなドレスか思い浮かぶ社交界デビュー用のドレスを腕に通しながら、私は時間を気にしていた。

「お嬢様、時間はまだたっぷりありますから気を逸らさないでくださいね。私どももちゃんと準備に余念はありませんから、ご安心なさって下さい。奥様、こちらの髪飾りでよろしいでしょうか。」

 デビュタントは白いドレスと決まっている。それは他の未婚の参加者のご令嬢達と見分けが付きやすくする意味も有るだろうし、昔からの意味のある様な無いような伝統というものだ。


 そうは言っても真っ白というわけでもなくて、ベースが白であればアレンジは自由自在だった。だから大抵のご令嬢達はピンクのリボンで飾り立てたり、色のついた布を取り込んで自己主張していた。

 だから私は敢えて真っ白でいこうと、仕立て屋と顔を突き合わせてああでも無い、こうでも無いとドレスを準備したのだった。もっとも今回は公爵家からのデビュタントが存在するという事で、公爵家ご令嬢の使用する色だけは他の令嬢が使用しないという暗黙の了解があった。

 所詮社交界デビューも貴族の政治の上の催し物だという事だ。


 私のドレスはシンプルな真っ白なドレスベースに透ける布をふんわりと何枚か重ねた。胸元は強調する向きもあるのかもしれないけれど、16歳でそれをする必要は感じなかったので美しいプリーツを畳んで、禁欲的なデザインを強調した。

 見頃の中心と腕の山には少し光を集めるガラス玉を取り込んだレースをライン状に縫い付けて、動いた時に目に留まるようにデザインした。

 もっとも、美しい鎖骨と肩の骨のラインは露出している。胸元は上品にラインを仄めかして、華奢な肩を敢えて強調させたのだ。ドレスがシンプルなので、銀の髪に飾るものは1日経っても萎れない、真っ白な生花や緑の葉を使用した。


「まぁ、まるで神々しい様ですわ。普通デビュタントはこれでもかと飾りたてますけど、このドレスだとお嬢様の銀色の髪色や美しい青い目がより印象的に思えますもの。

 首飾りはどうしますか?」


 私は鏡の中の姿を見つめて、箱の中からリボンを侍女に取って貰った。この青い基調のうっとりする様な美しい刺繍リボンは去年お母様から誕生日に贈られたものだ。

「お母様、私、このリボンを首に飾りたいと思うのですけど。」

 するとお母様は嬉しげに私からリボンを受け取るとスルリと首に巻きつけて結んでくれた。長いリボンは後ろに垂らして髪の間からチラチラと見える様にして貰った。

「苦しくは無いかしら。まるで元々このドレスに合わせたみたいなリボンだったわね?あら、もしかしてこのリボンのためにこのドレスのレースを選んだのかしら。」


 私と侍女はクスクス笑いながらお母様に頷いた。

「私、お母様から頂いたこのリボンが大好きなんです。だからいつか大事な場面で使いたいと思ってて。お母様が側に付ていてくれていると思えば、きっと緊張しない筈ですし。」

 私がそう言うと、優しくて良い匂いのするお母様は私をぎゅっと抱きしめて、微かに声を震わせた。

「ああ、何て一人前の令嬢になったのかしら。色々あったけれど、こうして美しい姿を見る事が出来てどんなに嬉しい事でしょう。さぁ、今夜は楽しんでらっしゃいな。ゴードン様にお任せすれば大丈夫よ。」


 私が「チェルシー」になってから、ずっと変わらない愛情を見せてくれたお母様に感謝しかなかった。それと同時に本物のチェルシーが本当はここに立っているべきだったのではないかと、自分が偽物になっている気分になって少し気分が落ちてしまう。

 私がここにいなければ、チェルシーの魂は戻ってきたのだろうか。考えてもしょうがない事を、こんな一生の晴れ舞台だからこそ考えてしまうのだった。


 手袋の上から嵌められたブレスレットを指で撫でながら、私をイメージして選んだと言ったゴードン様の言葉が、偽物のチェルシーでも許される言い訳になっている事に苦笑してしまう。

 確かにこのブレスレットは私に贈られた物だわ。それにドレスも自分で着たい物を考えたじゃないの。そう心を奮い立たせても、鏡の中から見つめ返す私は一体誰なのかしら。チェルシーという名前の誰か。

 私の顔は強張っていたに違いない。お母様が勇気づけるように手を握った。

「大丈夫よ。きっと楽しめるわ。」
 


 執事が支度のできた私を呼びに来た。

「チェルシーお嬢様、ゴードン様がお見えになりました。」

 今夜はエスコート役の青年貴族が、それぞれの令嬢の元へ馬車で迎えにきてくれる。時間に余裕を持って来てくれるのは、さすがそつのないゴードン様だった。

 執事に従って皆で応接へ向かうと、お父様とゴードン様が丁度談笑している所だった。お兄様達はそれぞれエスコート相手の家へ出向いたのか既に姿は見えなかった。


 お父様は私の姿を見ると、満面の笑みを浮かべて両手を差し出した。

「素晴らしく可憐じゃないか、我が娘よ。いつの間にそんなに立派な令嬢になったんだい?マリアンナ、我々の娘は今夜一番の輝きになるぞ?ははは。」

 親バカだとは思いながらも、お父様が喜んでくれるのが嬉しくて、私はそっと腕の中に身を預けた。

「お父様、ありがとう。今夜は楽しんでくるわ。問題を起こさない様に見張っていてね?」

 私とお父様のいつもの冗談にクスクス笑いながら、私はそう言えば今夜はもう1人登場人物が居たのだと思い出した。


視線を向けると、自分の順番を辛抱強く待っていたゴードン様が、微笑みながら私の手を取ると手袋越しに手の甲に唇を押し当てた。

「今夜はチェルシーが一番の輝きだと仰る伯爵のお言葉に賛成です。…私もこの様な妖精をエスコート出来て、こんな嬉しいことはありません。」

相変わらず本心が見えないゴードン様のそつのなさに、私は無邪気に喜ぶことも出来なかった。私ったら、どうしてゴードン様には素直になれないのかしら。



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