竜の国の人間様

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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衝撃

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 自業自得とは言え、勘の良いジョッシュに追い詰められた僕はどう答えたら良いか分からなかった。大体ただでさえ僕の素性が怪しいのに、妊娠までして注目を浴びてしまっているんだから、こうなったら最悪力技で押し切るしかなくなっていた。

 とは言えジョッシュはあの元砦の警備隊長の息子だし、僕の仲良しであるジャックの兄だ。実際警備隊長は王国騎士団内でも上役だから、僕のメダに取り憑かれた話を知っていてもおかしくはない。

 僕はチラッとジョッシュを見つめて微笑んだ。


 「それで?ジョッシュは僕が何者だって言いたいの?」

 僕の問いかけにジョッシュは黙っていたけれど、聞こえて来た鐘の音にため息をひとつつくと、僕の手を引いて広場に向かって歩き出した。

「…特別な男の子と龍神様が何か関係しているとは思うけど、ディーがそれについて話す必要があればきっといつか教えてくれるだろう?今は昼休みが終わるって事の方が実際的だ。

 それよりディーの妊娠については今日中に皆が知るところになるのは間違いないよ。一番皆が知りたいのはお相手だろうね。どうするつもりだい?公表するのかい?」


 ジョッシュもまた、ジャックのお兄さんらしく冷静で賢さを滲ませていると思った。僕がすべき事の優先順位を示してくれている。僕はジャックにもこうして小さな僕の面倒を見て貰った事を懐かしく思い出してクスッと笑った。

「ご心配ありがとう。お相手か…。僕の愛人は二人だって言ったらみんな驚くかな。僕にとっては二人とも、比べようのない大事な相手なんだけどね。」

 するとピタリと足を止めたジャックが、振り返って言った。

「…そう言う事なのか。どちらかの子なのか分からないんだね?それだったら余計、結婚を急いだ方が良い。いくらディーがブラック家とは言え、スキャンダルにならないとは言えないよ。

 ああ、もう時間切れだ。また相談に乗るから、いつでも言ってくれ。」


 そう言って僕を魔法学科の棟への分かれ道で見送ってくれたジョッシュに感謝しながら、僕は学校に通う限り、結婚については早いところどうにかしなければならない問題なのだと理解したんだ。

 教室に戻ると、時折僕をチラッと見る者が居ないとは言えなかったけれど、直ぐに僕の妊娠の話は皆の中では過去のことになっていった様だった。魔法学科の良いところは、他人のゴシップより自分の研究に夢中な事だ。


 しばらく魔法学科の棟から出ない方が良さそうだと思った僕だったけれど、それでも残り二週間ほどの寮生活をこうして閉じこもっているのも馬鹿馬鹿しく思い始めていた。

 そもそも僕が人間であることも、龍神に憑かれている事も、妊娠も逃れられないのだ。だったらもういっそのこと開けっぴろげにした方が良いのではないのかな。

 それで全て丸く収まる気がして、僕はパーカスに相談したい事があると手紙に書いた。もっともそれをどうやって公表するかとか、まるで妙案は無かったけどね。



 次の日の放課後、僕に面会があると知らされた。それはパーカスとロバート、バルトさんの三人組の様だった。今や僕の護衛の様に付き従っているマードックと一緒に、僕らは管理棟へと向かった。

 広場でたむろっている総合学科や騎士科の学生たちが、僕らを遠巻きにしながらニヤついて、あるいは眉を顰めて噂しているのを、流石に気にしない訳にいかなかった。けれどもマードックが顔を強張らせつつも真っ直ぐ前を向いて頑張ってくれているのを見ると、僕もこの状況に負けてはいられない気がした。

 彼らが噂しているのはある意味しょうがない事だし。きっと反対の状況なら、僕も好奇心でそうしていただろう。


 「ディーは入学当初から注目されてたけど、まさかこんな酷い状況になるなんて考えもしなかったよ。いくらなんでもあからさま過ぎるだろう?」

 少し苛立った様子でマードックが息巻くのを、僕は有り難い気持ちで微笑んで言った。

「僕のために怒ってくれるの?ありがとう、マードック。でも僕もおかげで腹が決まったんだ。全てを公表することにしたよ。僕の全てをね。…マードックが僕の全部を知っても、今までと関係を変えないでくれると嬉しいけど、こればっかりはどう感じるかは任せるよ。

 あ、管理棟だ。ありがとう、一緒に着いてきてくれて。もうここで大丈夫。助かったよ。流石に僕一人でここまで来るのは神経がやられそうだったからね。」


 そう言って僕が踵を返した瞬間、マードックが僕に声を掛けてきた。

「ディー!あの、私は君がぶっ飛んでるって事はもうよく分かっているから、だから君がどんな奴だろうと、友達はやめないから!そう、ミルの研究もあるし!君は利用価値が高いからね!…だから、その、私たちは君の味方だから!」

 僕はマードックに笑顔で手を振ると、管理棟へと足を踏み入れた。今のマードックのセリフは不器用ながら結構感動ものだったなんて、目頭を熱くさせながらね。


 管理棟の受付に顔を出すと、スタッフが慌てて僕を応接まで連れて行ってくれた。

 扉を開けると、そこにはウロウロと歩き回っているロバートとバルトさんが見えた。二人を呆れた様に見上げているパーカスも。僕の姿を見て慌ててやって来た二人を見て、僕は一気に張り詰めていた緊張が切れたのか、馬鹿みたいに顔を顰めてしまった。

 頬に熱い水が伝うのを誤魔化し切れなくて、二人から抱き抱えられて潰されている。でもそれが嬉しかった。


 「…テディ、学校中の噂の的になって随分辛い目に遭ったね。もう大丈夫だ。私達がいるからね。…もういっその事休学したらどうだろう。神経が張り詰めていたら身体にも良くないだろう?」

 目から出る水をそっとバルトさんの指先で拭われて、僕は一瞬だけだけどバルトさんの提案に乗リたくなった。僕はこの世界に人間が一人ぼっちだと知った時の、心もとない気持ちを思い出していたのだから。


 けれども今目の前で心配そうにして僕を見ているロバートやバルトさん、そしてソファに座りながらも僕を気遣う顔をしているパーカスを見て、僕もまた彼らを醜聞から守りたいと思ったんだ。

 パーカスから座る様に言われて、僕は二人に挟まれてパーカスの前に座った。

「…テディが私達を呼んだのは何か考えがあっての事なんじゃろう?ロバートもバルトも言いたい事はあるじゃろうが、先ずはテディの話を聞いてからじゃ。テディ、話してみなさい。」


 僕はさっきマードックに言われた言葉を勇気の糧にして、思い切って話しをすることにした。

「僕の妊娠と年齢で、三人が醜聞に巻き込まれつつあるって事、知ってたよね?僕はもっと簡単な話だと思ってたけど、この世界の常識を本当のところでは理解していなかったせいで全然気づかなかった。…それはメダと同罪に近いよね。

 だから僕は全てを公表することにしたよ。最初からそうすべきだったのかも。僕が人間だって事も、メダの愛し子だって事も。それを隠そうとするから、酷い誤解を受けて三人まで悪く言われるんだ。僕はそんなの耐えられないよ。」


 僕の意思表明に、三人が顔を見合わせた。それからロバートが僕の手を握って優しく言った。

「そんな事を公表したらもっと注目されてのんびりしてられないだろう?私達は噂なんてどうだって良いんだ。テディが一番大事だからね。」

 僕は手を絡ませてロバートの手を握り返して微笑んだ。

「僕自身の事を噂されるのは耐えられるよ。それが事実ならね。

 でも僕がこの世界であまりにも若くして妊娠してしまったせいで、これからロバートとバルトさんがロリコン的犯罪者みたいな視線で噂されるのは耐えられないし、パーカスも明らかに巻き込まれている事を考えると僕だけの問題じゃないんだ。」


 三人は今度は戸惑った様に顔を見合わせた。ロリコンが分からなかったのかな。でも何となくニュアンスは受け取ってくれたみたいだ。バルトさんは僕のこめかみに唇を押し当てて囁いた。

「今妊娠させたかったかは置いておいて、私がテディの年齢を棚に上げて誰かに見つかる前に自分のものにしたかったのは本当のことだけどね。でもテディが私達のために怒っている事は分かったよ。ありがとう。」


 僕が二人と微笑み合っていると、パーカスがため息をついて言った。

「もう、テディの考えは変えられない様じゃな。後は私の出番の様じゃ。龍神様と長老、そして王と話をしなければならんのう。テディ、私の望みはお前の幸せだけなんじゃよ。それだけは忘れないでおくれ。」

 ああ、まったく。みんなして僕を泣かせに来るんだから!僕がこんなに簡単に涙が出るのって、妊娠のせいだよね?

















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