竜の国の人間様

コプラ

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学生の本分

発情期じゃありません!

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 僕はシンディの言葉にギョッとした。フェロモンてどう言うこと?でも僕には確信があった。発情期なんかじゃ無いって。だって僕は別にムラムラしてしょうがないって感じじゃ無いんだ。だからセーフだ。うん。

アガードが僕に顔を近づけて妙に顔を赤らめて言った。

「ああ、そうか。これってフェロモンなのか。こんな感じのは初めてだ。普通発情期だといかにもな濃厚なやつを撒き散らすけど、好みじゃなければ不快なだけだからな。ディーのはなんて言うか、うっとりするって言うか、引き寄せられるって感じだ。ディーもケロッとしてるしな。発情期とは違うのかなぁ。」


 僕がアガードの講釈を顔を引き攣らせて聞いていると、ゲオルグがやって来て顔を顰めて言った。

「アガード、席に戻れよ。ディーは別に発情期じゃない。シンディが適当なことを言っただけだ。大体発情期だったらこんな風に何でもない顔をしてるか?」

そう言って僕の顔を見たけど、ゲオルグは急に眉を顰めた。

「…なるほど。いつもと雰囲気が違うのは確かにそうだ。ディー調子はどうなんだ?身体が熱くなったりしてないか?」


 僕は慌てて首を振った。確かに朝は変だったけど、今は全然普通だ。僕はパーカスに言われた、身体の変化については考えない様にして、内心動揺していたけれどポーカーフェイスでバックから教科書を出した。

「ほら、もう先生が来るよ。」

皆がハッとして授業の用意をするのを眺めながら、僕は困ったことになったとため息をついた。実際今は本当にいつも通りなんだ。なのに何かが出てるの?匂い?

ああ、人間にだってフェロモンはあるらしいけど、体臭的なものだよね。それが急に匂ったりするのかな。


 ふと視線を感じて横を向くと、シンディがいつもとまるで別人の様な顔をして僕を見つめている。僕が口パクで『なに?』と尋ねると、ハッとしてから急に頭を抱えて呻いた。

僕がゲオルグの背中を突っついてシンディの方を指差すと、ゲオルグは難しい顔をして俯いたシンディに言った。

「…おい、手出すなよ。嫌われたくはないだろ?」

シンディは顔を上げてゲオルグを睨むと、歯軋りしながら言った。


 「ディーがめちゃくちゃ可愛く見えるんだよぉ!ぎゅっとして、ペロペロして、揉みくちゃにしたいんだよぉ!ね、ちょっとだけチューさせて?あー、私何言ってんだ!」

僕にそっちの食指が伸びないシンディまでもが、何やら葛藤しているのを見て、ますます困ったことになったと思った。要は僕は何も感じないけど、周囲に何やら媚薬的な何かを撒き散らしてるみたいだ。

僕が机に突っ伏して足をガタガタさせているシンディをどうしたものかと眺めていると、呻き声が目の前から聞こえた。


 「ぐぅ…。確かに理性を保つのが大変だ。気を抜くとディーを捕まえたくなる…。」

そう言ってゲオルグが、いつもより怖い眼差しで僕を見つめて来た。うん、ピンチ。ゲオルグとシンディがこの調子だと、僕はこの学院で非常に危うい状況なんじゃない?

ここは発情期の生徒みたいに、先生に守ってもらった方が良いかもしれない。丁度その時、先生が教室に入って来た。ハッとした様にキョロキョロ見回すと、僕を見た。


 「先生、僕、隔離部屋に行ったほうが良いみたいです。」

発情期の生徒が家族が迎えに来るまで入室させられる部屋の事は聞いていたので、僕は自分からそこに閉じ篭もることにした。先生が何か懐中時計の様なものを取り出して呟くと、すぐに廊下から二人の先生がやって来た。

「最近頻繁だな。で?今日はどの子だ。」

そう言えば昨日も生徒を抱えて行ったのは、この先生達だ。…先生は大丈夫なんだよね?


 僕は皆のまとわりつく様な視線を感じながら二人の先生に守られて教室を出た。幸い授業が始まっていたので、廊下には誰も居ない。僕が平気で歩いているのを見ると、先生達はまるで呑気な様子で最近多いですねと雑談しながら僕を少し離れた一室へ連れて行った。

「君の発情期は独特だね。竜人のせいかな?保護者が迎えに来るまでここで内鍵をして待っていなさい。」

そう言うと僕が部屋に入るのを確認して立ち去った。


 僕は隔離室に入って鍵を閉めると、部屋の中を見回した。中庭に面している様だったけど、腰窓には頑丈そうな鉄柵がついている。とは言え、水回りが完備されて最低限暮らせそうなこの部屋は、中々居心地が良さそうだった。

僕は内側から窓を開けて空気を入れ替えると、お茶を淹れた。授業時間にこんな風にのんびり一人お茶を飲むのも、公然のサボりという感じで楽しい。

しかし自覚のない発情期もどきってのは、自分では気づけないだけに面倒だ。以前見たクラスメイトの発情は本人が辛そうなだけで、僕を含めて周囲の生徒達は影響されていた様には見えなかった。

一方僕はまるで逆で、何とも面倒な事になってしまった。まぁ、これが発情期もどきならだけど。参ったな。


 暫くすると部屋の前に数人の足音がして、何とも心強いパーカスの声が聞こえて来た。僕は扉の覗き窓からパーカスの姿を見ると意気揚々と扉を開けた。

「パーカス!こんなに早く迎えに来て貰えるなんて思わなかったよ。はは、僕自身は何ともないから元気なんだけど。周囲にどうも迷惑をかけてるみたい。」

僕がそう苦笑すると、パーカスは僕をじっと見つめてため息をついた。


 「朝、どうもおかしいと思ったんじゃよ。まぁ、何事も無くて良かったのう。私は番い持ちじゃから影響は受けないが、確かに何がしらのフェロモンの様なものがテディから出てるのう。朝よりはっきりしておるわ。」

やっぱり僕が何か発してるのは間違いないみたいだ。僕は廊下をパーカスと歩きながら、付き添いの先生に挨拶するとダダ車に乗り込んだ。真っ直ぐに屋敷に向かいながら、パーカスと暫く学院は休んだほうがいいだろうと話し合った。


 突然ぽっかりとサボり休暇が出来たのに、外出出来ないのは辛いものがある。パーカスは騎士達の訓練を抜けて出て来た様だったので、僕は屋敷で大人しくしているからと約束して、心配そうに戻っていくパーカスを見送った。

僕は暫く助っ人も来ないので、暇に空かせて家の中を片付けた。と言っても汚す人も居ないこの屋敷は一通りの掃除をすれば直ぐに綺麗になって、いつもの助っ人が普段細かなところまで掃除してくれているお陰なんだと有り難く思った。


 テラスから湖に続く庭を歩いて行くと、柔らかな芝の様な下草が足の裏に気持ち良い。この世界はそんなに四季らしい四季は感じないものの、少し涼しい風を目を閉じて楽しんだ。

目の前に広がる湖を木製のベンチに座って眺めていると、一艘の舟が近くで釣りをしていた。この湖では珍しくない光景だったけれど、舟の上にいた猫科獣人らしき青年が僕の方をじっと見つめて来る。

僕はハッとして恐る恐る立ち上がった。その舟がゆっくりとこちらの岸へと寄って来るのが見えたからだ。


 もしかして風で僕のフェロモン?が彼に届いてしまったのかな。否応なく関係のない彼を巻き込んでしまった事に困惑しつつも、身の危険も感じて僕は屋敷に戻ることにした。

踵を返す前に、舟の上から青年が声を掛けて来た。

「ねぇ、君!少し話さないか?…ここって舟を寄せる場所ないのかな…。」

彼は上陸するつもりなのかな…。それって不味いよね?僕は自分が獲物になった気持ちで、初めてこの世界を怖いと感じたんだ。それは拉致された時とはまた違った感覚だった。




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