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指南の遠出

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 「…どこへ行くんですの?」

 侯爵家の馬車は王都を外れて、田園風景を後ろに流して行く。散策や食事の後に侯爵家に連れて行かれると思っていたビクトリアは、開放的な気分になりながらも、聞かずにはいられなくなった。

 ロレンソはビクトリアの美しい青い瞳に、一滴の疑いも滲んでいない事に湧き上がる喜びを感じながら、握った手を撫でて微笑んだ。

「せっかくの良い気候だからね。少し遠出はどうかと思ったんだ。子爵家には伝えてあるから荷物は万全だと思うよ。それに過不足なくこちらも用意させてあるしね。」


 ビクトリアはチラリと馬車の後ろに目をやって、そう言えば侍女の用意したものは、一泊分にしては大きな荷物だと感じたのを思い出した。

「まぁ、みんなしてグルなんですわね?もう良いわ。何処に連れて行かれるか楽しみにする事にしたわ。」

 ビクトリアはそう言いながら口元に笑顔を浮かべて、次々に変わる景色を楽しんだ。こんな風に遠出するのはいつ以来だろう。

 子爵家は縁戚の伯爵家領地の一部が専有なものの、基本伯爵家の領地の管理を任されている事から、子供達がそう滅多に帰ることも無かった。それこそ子供の頃に少し出かけたくらいで、その時も縁戚の伯爵の子供が絡んできて鬱陶しい記憶しか無い。


 しばらく行くと、遠くに湖が煌めく見晴らしの良い山際に美しい別荘が見えて来た。まるで絵画の様なその光景にビクトリアはすっかり釘付けになってしまった。

「到着した様だね。私も忙しくて中々来れなかったが、ここは子供時代に良く息抜きに来た思い出の多い別荘なんだ。君と来られるなんて嬉しいよ。」

 別荘を見つめながらそう呟いたロレンソの瞳が子供の様に輝くのを見たビクトリアは、ドクリと拍動した胸を無意識に撫でた。


 「美しい場所ね。お散歩も楽しそう。子供時代にこんな場所で遊べたら、私一日中外に居るわ。」

「君はそう言うタイプだと思ったよ。お転婆で可愛かっただろうね。」

 ロレンソに見つめられて軽い口づけを受けたビクトリアは、顔が熱くなるのを感じた。…何だかペースが乱されるわ。すっかりロレンソにしてやられてる気がする。

「当然でしょ?でも実際は年の離れたお姉様達が口うるさくて、私の遊び相手にはなってくれなかったの。せいぜい付き合ってくれるとしたら乗馬くらいで。本当はこんな場所に寝転がって、満点の星を見上げたかったわ。どんなに素敵かしら。」


 「ここは君の中に眠るお転婆娘も目を覚ましそうな素晴らしい場所だよ。さあ、到着だ。」

 馬車から降りると迎えてくれたのは何処かで見た様な顔ぶれだった。もしかしたら事前に侯爵家から前入りしているのかもしれない。それでも人数は絞っているので、ひとの気配が気になると言う事は無さそうだった。

 遠くに囲いが見える野原へ開かれたテラスの付いた部屋は、淡い水色とサーモンピンクに彩られている少し甘い色調の部屋だった。大きな天蓋付きのベッドが真ん中にあって、景色を臨む形に女性が好みそうな柔らかい造りのソファや椅子があちこちに配置されている。


 「素敵な景色だわ。それに可愛いお部屋!」

 ビクトリアがそう言いながら開け放たれたテラスの扉まで駆け寄ると、後ろからやって来たロレンソがビクトリアの腰に両手を回して抱き寄せた。

「お気に召していただいて光栄ですよ。実は君のために少々模様替えしたんだ。その瞳と甘い唇に似せてね。」

 ビクトリアはクスクス笑いながら顔を逸らして後ろに居るロレンソを見上げた。

「貴方、張り切りすぎじゃ無い?」

 するとロレンソは琥珀色の瞳を濃くして、ビクトリアを見つめて呟いた。

「ああ、張り切っていると言うより必死なんだよ。私の求婚に頷いて貰おうとね。」


 ビクトリアは急に心臓がドキドキと早くなってしまって、同時にロレンソのあの甘い口づけを受けたくて堪らなくなった。けれどロレンソはふと微笑んで身体を引き剥がすと、手を引いてテラスから外へと歩き出した。

「お転婆娘のビクトリアは、ここで何をしたいのかな。お花摘み?でも案外歩きにくいかもしれないね。」

 ビクトリアは周囲を見渡して、だだっ広いだけに見えた景色が意外に隆起していて、敷地内には小川まで流れているのに気がついた。

「あそこへ行きましょう。ロレンソは子供の頃は何をして遊んだのかしら。」

 ビクトリアがそう言いながらロレンソを見上げると、ロレンソは長めの金髪を掻き上げながら小川の方を見て楽しげに笑った。

「もちろん水遊びは欠かせなかったね。」


 ビクトリアはロレンソに思わず見惚れながら、王都に居る時のロレンソよりずっと魅力的だと思った。どの彼も本当の姿なのかもしれないけれど、こうして気を抜いている姿を自分に見せてくれるのを嬉しく思った。

 私、案外この人に絆されてるわ。ロレンソが本気になったら、私なんてひとたまりも無いんじゃないかしら。

 夜が来るのが少し怖い気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。










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