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手探りの指南
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「下履きも脱いで見せてくれるのか?…随分と大胆なんだな、君は。」
喜ぶどころか少し嫌悪さえ滲ませる男の物言いにむくむくと湧いた反発心で、ビクトリアは躊躇なく屈んで下履きも脱いだ。腹立ちついでに指の先にまだ温かなレースの塊をぶら下げると、挑発的にそれを男の足元へと投げた。
こんな男なら気にせずに、ビクトリアが今まで妄想してきたあれこれ、姉達の英才教育を実際に試してみる好機だとほくそ笑んだ。もし自分が好意を持った相手だったのなら、こんな風に大胆な事など出来ないだろう。
どこの誰だか知らない、けれど無理強いしないと分かっている身元の確かな相手だからこそ出来る振る舞いだった。
…それに彼はきっと受け身に違いないわ。直接お父様から聞いた訳ではないけれど、姉様達からの話ぶりでは私のお試しの相手にはぴったりだと言う事だったもの。
『お父様の仰るには、その青年貴族は若い頃のトラウマでずっと女性とは距離を取ってきたそうなの。でも流石に適齢期で、困った親御さんがお父様に相談を持ち掛けた様だわ。
何と言っても我が家はグロウ子爵家ですからね?
でも私達はもう皆既婚でしょう?独身はビクトリアしかいない上に生身の男を知らないのだもの。でも幸いな事に、そのお相手もほとんど女を知らないらしいの。だったら最後までしなければ問題ないって私達もお父様に賛同したのよ?』
姉達の問題ないに問題はないのかと思いはしたけれど、ビクトリアも良い加減箱入りの自分にうんざりしていた事もあって、今回の飛び抜けてあり得ない話に乗る事にしたのだった。
ベッドサイドは暗く、男の顔は見えない。高貴と言う程なのだからきっと人前に出られない醜さという訳ではないのだろう。
ふと、男の手がビクトリアの放った下履きに伸びて、それをベッドの上でゆっくりなぞるのをビクトリアはじっと見つめた。
…男は目の前の生身の身体より下履きの方に関心があるらしい。
ビクトリアは肩をすくめてガーターを腰から外して椅子に掛けると、太腿までの絹のタイツと靴のまま浴室がありそうな方へ歩き出した。
「…湯浴みしてまいりますから、お待ちになって?」
自分の後ろ姿に視線が食い込むのを感じながら、さてこれからどう料理しようかとビクトリアはため息をついた。経験が無さそうだからもっとガツガツ来るかと思いきや、妙に静観している高貴な男に、自分から仕掛ける必要があるみたいだ。
「指南って本当にこれで合ってるのかしらね?」
ビクトリアは少し自信無げにため息をつきながら、豪勢な湯浴み場を見回した。子爵家に迎えにきた馬車に侍女と乗ってきたので、ここが何処なのかはよく分からない。高貴というだけあって、何もかもが子爵家と比べ物にならないくらい豪華だった。
ひと通り終わったら、ここでゆっくり湯を貰うのも良いかもしれないし。我が家よりずっと広くて使用する石鹸も高級なものだ。
少し楽しい気持ちでビクトリアは全裸になって手早く湯浴みを済ませた。
裸で戻るのは芸がないと周囲を見回すと、台の上に女物の美しいナイトドレスが準備されていた。透ける淡い水色の薄いドレスを胸元で留めると、鏡に映る自分はまるで新婦のような清純そのものの出立ちで、指南役としては相応しくないように思える。
ビクトリアが夫を持つとしたら、こんなドレスで夜を共にしたいと思ってしまうほどにビクトリアによく似合っていた。
指南役だったら黒いナイトドレスが相応しいわ。でもこれは好き。真っ直ぐな黒髪と濃い青い目が引き立つもの。まぁ髪飾りのメッシュで隠されているけれど。
すっかりご機嫌になったビクトリアは意気揚々と元の薄暗い部屋に戻った。透ける布一枚でも着ているだけで強気になれるのは不思議なものだ。
それでもさっきよりも部屋が明るく感じられるのは目が慣れたせいかもしれない。それともあの男が消した蝋燭に火を灯したのかしら。揺れる蝋燭を見ようとしたビクトリアに男が声を掛けて来た。
「さぁ、さっさと指南を始めたまえ。」
ぶっきらぼうな物言いに自分のペースを崩された気がして、ビクトリアはムッとしながらベッド上の男を見つめた。滑らかなガウンを着た男の喉元まで灯りが届いて、逞しい身体が浮き出ていた。
女にトラウマがあるなんて聞いたから、どんなに神経質な線の細い男かと思ったけれど、恵まれた体格を見る限りどちらかと言うと傲慢さが滲む様な男に思える。
身体が大きな男は、とかく自信家で鼻持ちならない。肉体で会話をしなくても、近づいてくる男には途切れがないビクトリアは、男の生態にはそこそこ経験則があった。
ビクトリアは広いベッドににじり登ると、四つん這いになってゆっくりと男に近づいた。男の股間がガウンを突き上げているのを確認したビクトリアは、ドキドキしながらも内心ほくそ笑んで、ベッドサイドに寄り掛かかる男をメッシュ越しに見つめた。
ガッチリした顎と引き締まった大きめの唇、なめし革の様な皮膚と印象的な鼻や高い頬骨のせいか目元は深く、薄暗いせいで何色かはっきりしないけれど暗い色の瞳だ。
年齢も自分よりはずっと年上に見える。正確に何歳なのか聞いておけば良かったとビクトリアは顔を顰めた。
どう考えても目の前の男が女を知らないなんて思えない。トラウマ云々の詳しい話を聞いた訳ではないけれど、ビクトリアは男のオーラに正直怯んでしまっていた。
けれど男の体臭がうっとりする様な良い匂いに感じられて、ビクトリアは誘われる様に這い進むと男の首筋に鼻を押し付けた。手練手管の一つではあったけれど、最初からこうする予定ではなかった。
鼻先でなぞる様に移動しながら、ビクトリアは男の耳元でくすぐる様に小さく息を吐いた。頬に相手の明るい色の毛先が触れて、案外髪が長いのだと知った。
自分の目元を隠しているメッシュが邪魔に感じられたけれど、取り払う勇気も無かった。指南役として振る舞えるのも、この目隠しあればこそなのだ。ビクトリアは唇を緩ませると甘く囁いた。
「先ずは貴方の身体に触れさせてくれる?」
喜ぶどころか少し嫌悪さえ滲ませる男の物言いにむくむくと湧いた反発心で、ビクトリアは躊躇なく屈んで下履きも脱いだ。腹立ちついでに指の先にまだ温かなレースの塊をぶら下げると、挑発的にそれを男の足元へと投げた。
こんな男なら気にせずに、ビクトリアが今まで妄想してきたあれこれ、姉達の英才教育を実際に試してみる好機だとほくそ笑んだ。もし自分が好意を持った相手だったのなら、こんな風に大胆な事など出来ないだろう。
どこの誰だか知らない、けれど無理強いしないと分かっている身元の確かな相手だからこそ出来る振る舞いだった。
…それに彼はきっと受け身に違いないわ。直接お父様から聞いた訳ではないけれど、姉様達からの話ぶりでは私のお試しの相手にはぴったりだと言う事だったもの。
『お父様の仰るには、その青年貴族は若い頃のトラウマでずっと女性とは距離を取ってきたそうなの。でも流石に適齢期で、困った親御さんがお父様に相談を持ち掛けた様だわ。
何と言っても我が家はグロウ子爵家ですからね?
でも私達はもう皆既婚でしょう?独身はビクトリアしかいない上に生身の男を知らないのだもの。でも幸いな事に、そのお相手もほとんど女を知らないらしいの。だったら最後までしなければ問題ないって私達もお父様に賛同したのよ?』
姉達の問題ないに問題はないのかと思いはしたけれど、ビクトリアも良い加減箱入りの自分にうんざりしていた事もあって、今回の飛び抜けてあり得ない話に乗る事にしたのだった。
ベッドサイドは暗く、男の顔は見えない。高貴と言う程なのだからきっと人前に出られない醜さという訳ではないのだろう。
ふと、男の手がビクトリアの放った下履きに伸びて、それをベッドの上でゆっくりなぞるのをビクトリアはじっと見つめた。
…男は目の前の生身の身体より下履きの方に関心があるらしい。
ビクトリアは肩をすくめてガーターを腰から外して椅子に掛けると、太腿までの絹のタイツと靴のまま浴室がありそうな方へ歩き出した。
「…湯浴みしてまいりますから、お待ちになって?」
自分の後ろ姿に視線が食い込むのを感じながら、さてこれからどう料理しようかとビクトリアはため息をついた。経験が無さそうだからもっとガツガツ来るかと思いきや、妙に静観している高貴な男に、自分から仕掛ける必要があるみたいだ。
「指南って本当にこれで合ってるのかしらね?」
ビクトリアは少し自信無げにため息をつきながら、豪勢な湯浴み場を見回した。子爵家に迎えにきた馬車に侍女と乗ってきたので、ここが何処なのかはよく分からない。高貴というだけあって、何もかもが子爵家と比べ物にならないくらい豪華だった。
ひと通り終わったら、ここでゆっくり湯を貰うのも良いかもしれないし。我が家よりずっと広くて使用する石鹸も高級なものだ。
少し楽しい気持ちでビクトリアは全裸になって手早く湯浴みを済ませた。
裸で戻るのは芸がないと周囲を見回すと、台の上に女物の美しいナイトドレスが準備されていた。透ける淡い水色の薄いドレスを胸元で留めると、鏡に映る自分はまるで新婦のような清純そのものの出立ちで、指南役としては相応しくないように思える。
ビクトリアが夫を持つとしたら、こんなドレスで夜を共にしたいと思ってしまうほどにビクトリアによく似合っていた。
指南役だったら黒いナイトドレスが相応しいわ。でもこれは好き。真っ直ぐな黒髪と濃い青い目が引き立つもの。まぁ髪飾りのメッシュで隠されているけれど。
すっかりご機嫌になったビクトリアは意気揚々と元の薄暗い部屋に戻った。透ける布一枚でも着ているだけで強気になれるのは不思議なものだ。
それでもさっきよりも部屋が明るく感じられるのは目が慣れたせいかもしれない。それともあの男が消した蝋燭に火を灯したのかしら。揺れる蝋燭を見ようとしたビクトリアに男が声を掛けて来た。
「さぁ、さっさと指南を始めたまえ。」
ぶっきらぼうな物言いに自分のペースを崩された気がして、ビクトリアはムッとしながらベッド上の男を見つめた。滑らかなガウンを着た男の喉元まで灯りが届いて、逞しい身体が浮き出ていた。
女にトラウマがあるなんて聞いたから、どんなに神経質な線の細い男かと思ったけれど、恵まれた体格を見る限りどちらかと言うと傲慢さが滲む様な男に思える。
身体が大きな男は、とかく自信家で鼻持ちならない。肉体で会話をしなくても、近づいてくる男には途切れがないビクトリアは、男の生態にはそこそこ経験則があった。
ビクトリアは広いベッドににじり登ると、四つん這いになってゆっくりと男に近づいた。男の股間がガウンを突き上げているのを確認したビクトリアは、ドキドキしながらも内心ほくそ笑んで、ベッドサイドに寄り掛かかる男をメッシュ越しに見つめた。
ガッチリした顎と引き締まった大きめの唇、なめし革の様な皮膚と印象的な鼻や高い頬骨のせいか目元は深く、薄暗いせいで何色かはっきりしないけれど暗い色の瞳だ。
年齢も自分よりはずっと年上に見える。正確に何歳なのか聞いておけば良かったとビクトリアは顔を顰めた。
どう考えても目の前の男が女を知らないなんて思えない。トラウマ云々の詳しい話を聞いた訳ではないけれど、ビクトリアは男のオーラに正直怯んでしまっていた。
けれど男の体臭がうっとりする様な良い匂いに感じられて、ビクトリアは誘われる様に這い進むと男の首筋に鼻を押し付けた。手練手管の一つではあったけれど、最初からこうする予定ではなかった。
鼻先でなぞる様に移動しながら、ビクトリアは男の耳元でくすぐる様に小さく息を吐いた。頬に相手の明るい色の毛先が触れて、案外髪が長いのだと知った。
自分の目元を隠しているメッシュが邪魔に感じられたけれど、取り払う勇気も無かった。指南役として振る舞えるのも、この目隠しあればこそなのだ。ビクトリアは唇を緩ませると甘く囁いた。
「先ずは貴方の身体に触れさせてくれる?」
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