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「この……裏切り者っ!」

 その少年が何かを投げる。
 僕はそれがぶつかる音を、間近で聞いた。

「っ!?」
「エリック!?」

 少年は、ジュースの入ったグラスを投げたのだ。
 しかも当たった場所が悪かったようで、エリックの顔からジュースと一緒に血が滴る。
 場が騒然となった。

「誰か医者を呼んでくれ! エリック、大丈夫か?」
「大丈夫です……ルーファス様、服が汚れます」
「そんなこと気にしている場合か!」

 エリックを仰ぎ見ながら、持っていたハンカチで傷口を押さえる。
 早く手当しないと。
 気持ちが急くものの、どうしたらいいのかわからない。

「ルーファス」

 喧騒の中でも、しっかりと耳に届いた低い声に顔を上げる。

「父上っ、エリックが、ケガを……」
「わかった」

 狼狽する僕に対し、父上の行動は早かった。
 エリックを抱き上げ、歩き出す。
 僕は慌てて後を追った。


◆◆◆◆◆◆


 父上が向かったのは、休憩室だった。
 社交の場では、体調を崩した人が休めるように、部屋が設けられていることが多い。
 医者も待機していたのか、すぐに駆け付けてエリックの手当をしてくれた。

「出血ほど傷は深くありません。二、三日もすれば塞がります」

 その言葉に安堵する。

「大事がなくて良かった」
「ルーファス様、申し訳ありません。元はといえば、自分が間違いを……」
「タイムから聞いた。勘違いが重なったのだろう? 僕は気にしていない」

 タイムの反応を見誤ったのは僕も同じだ。
 あのときのことを素直に白状すると、エリックは苦笑して視線を床に落とした。
 治療のため、椅子に座っていたエリックのつむじが見える。

「自分は、その前から間違っていたようです。ルーファス様のことをよく知りもせず……先ほどの騒ぎで肝が冷えました。自分も彼らと同じだったのかと」

 タイムの前では、エリックも彼らと同じだった。
 正しいおこないをしているつもりだったのだ。
 少し前の自分を客観的に見て、ぞっとしたとエリックは続ける。

「申し訳ありません。この口で、自分はとても酷いことを、ルーファス様に……」
「気付いてくれたなら十分だ」

 泣きそうな声音を聞いたら、自然と手が伸びていた。
 短い深緑の髪を撫でる。
 その触り心地は、前世のアウトドアブランドの店前に置かれたクマと一緒だった。
 どこか懐かしくて、ついよしよしと撫でてしまってから、エリックが自分と同じ年だったことを思いだす。
 見れば、ケガとは別に、エリックの頬が赤くなっていた。

「あ、子ども扱いしたわけではないんだ」
「はい……少し、驚きましたが、大丈夫です」

 本当に大丈夫だろうか。口調がたどたどしい。

「その、もっと……いえ、大丈夫です」

 何がどう大丈夫なんだろう。
 もっと撫でていいなら撫でるけど。
 お言葉に甘えて、懐かしい髪質を堪能していると、父上が咳払いをした。

「ルーファス、事の顚末を説明してくれるか?」

 そういえば父上もいたんだった。
 はじまりは、僕への悪口からだ。
 それを説明するのは気が引けるけど、エリックにケガを負わせた少年は、罪を償う必要がある。
 彼の身元はエリックが知っていた。
 僕とエリックは、二人で情報を整理しながら、父上に経緯を話した。
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