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我ながら意志が弱いと思う。
運命に任せるにしても、運命に抗うにしても、結局理性より感情のほうが勝ってしまうんだ。
目の前で不安そうにしている子がいたら、放っておけない。
「闇の化身」にならないよう、もっと考えて行動しないといけないのに。
幸い今はまだ、悪いほうへは進んでいないと思う。
アルフレッドとも、イアンとも関係は良好だ。
けど、今後もそうだとは限らない。
誰も悲しませない、そう決めたんだから。
僕はまず自分を律する必要がある、んだけど――。
「ズルいですわ……」
エントランスホールで、青い瞳を潤ませてむくれるヴィヴィアンを見ると、早くも決心が揺らいでしまいそうだった。
考えてから、行動する。
考えてから、行動する。
考えてから、行動……。
念仏を唱えるように頭の中で繰り返すものの、体は勝手にヴィヴィアンの頭を撫でていた。
……精進が足りないにもほどがある。
「二年後には、ヴィーも一緒だよ」
「まだまだじゃありませんの……!」
二年なんてあっという間だと僕には思えてしまえるけど、十歳の体感だと途方もない長さなんだろうか。
いかんせん、前世の記憶があるせいで、子ども特有の感覚が薄れてしまっている気がする。
「ヴィー、ワガママを言ってはダメよ。淑女らしく、見送りなさい」
つい機嫌を取ってしまう僕とは違い、母上は厳しかった。
これも教育の一環なのだ。
侯爵家に生まれた以上、子どもであっても相応の礼節が求められる。
二年後のデビュタントで、ヴィヴィアンが恥をかかないためにも必要なことだった。
母上を見習って、僕も心を鬼にしないと。
これから父上と母上、そして僕の三人で夜会に出かける。
夜会といっても、今日のパーティーは未成年者の交流がメインなので、はじまるのは夕方だ。
大人たちだけの夜会とは違い、帰りも遅くならないんだけど、それまでヴィヴィアンが一人で留守番することに変わりはない。
僕のデビュタントでは、緊張がヴィヴィアンにも伝わったのか、彼女がぐずることはなかった。
前は文句を言わず見送れた分、母上も厳しくなるんだろう。
「ヴィヴィアンは、デビュタントしなくてもいいのではないか」
「父上?」
どういう意味か尋ねるより先に、ヴィヴィアンが反応する。
「申し訳ありませんっ、ちゃんとお見送りしますわ! お父様、お母様、お兄様……いってらっしゃいまし」
目に涙を溜めたままの見送りだった。
どこか腑に落ちないまま、馬車にのる。
「旦那様、デビュタントを取り上げるのは、やりすぎなのではなくて? ヴィーも普段は一生懸命、頑張っていますのよ?」
「えっ、そういう意味だったのですか?」
母上の指摘で、ヴィヴィアンがすかさず反応した理由に納得がいった。
ヴィヴィアンは、このままワガママを通せば、デビュタントさせてもらえなくなると思ったんだ。
けれど僕と母上の視線を受けた父上は、首を横に振る。
「違う。惜しくなっただけだ」
惜しく……? 僕は首を傾げたけれど、母上は父上の言葉を理解できたのか、額に手を置いて溜息をついた。
「旦那様、ヴィーもいつかは家を出なければなりませんのよ?」
「別に出なければならない決まりはないだろう」
「あの子を行き遅れさせる気ですの?」
……行き遅れ?
あ、そういうことか。
「父上は、ヴィーを嫁に出したくないのですか」
社交界は、交流を広げると共に、将来の相手を探す場でもある。
家を継ぐ僕とは違い、ヴィヴィアンは嫁にいく身だ。
父上は、言うことを聞かないとデビュタントさせないぞ、という脅しではなく、しなくていいんじゃないかと提案したかったようだ。
それをヴィヴィアンはしっかり脅しとして受け取ったと。
「何故、可愛い娘を嫁に出さなければならないのだ?」
「旦那様、現実を見ましょうね?」
どうやら感情が理性より優先されるのは、僕だけじゃなかったらしい。
運命に任せるにしても、運命に抗うにしても、結局理性より感情のほうが勝ってしまうんだ。
目の前で不安そうにしている子がいたら、放っておけない。
「闇の化身」にならないよう、もっと考えて行動しないといけないのに。
幸い今はまだ、悪いほうへは進んでいないと思う。
アルフレッドとも、イアンとも関係は良好だ。
けど、今後もそうだとは限らない。
誰も悲しませない、そう決めたんだから。
僕はまず自分を律する必要がある、んだけど――。
「ズルいですわ……」
エントランスホールで、青い瞳を潤ませてむくれるヴィヴィアンを見ると、早くも決心が揺らいでしまいそうだった。
考えてから、行動する。
考えてから、行動する。
考えてから、行動……。
念仏を唱えるように頭の中で繰り返すものの、体は勝手にヴィヴィアンの頭を撫でていた。
……精進が足りないにもほどがある。
「二年後には、ヴィーも一緒だよ」
「まだまだじゃありませんの……!」
二年なんてあっという間だと僕には思えてしまえるけど、十歳の体感だと途方もない長さなんだろうか。
いかんせん、前世の記憶があるせいで、子ども特有の感覚が薄れてしまっている気がする。
「ヴィー、ワガママを言ってはダメよ。淑女らしく、見送りなさい」
つい機嫌を取ってしまう僕とは違い、母上は厳しかった。
これも教育の一環なのだ。
侯爵家に生まれた以上、子どもであっても相応の礼節が求められる。
二年後のデビュタントで、ヴィヴィアンが恥をかかないためにも必要なことだった。
母上を見習って、僕も心を鬼にしないと。
これから父上と母上、そして僕の三人で夜会に出かける。
夜会といっても、今日のパーティーは未成年者の交流がメインなので、はじまるのは夕方だ。
大人たちだけの夜会とは違い、帰りも遅くならないんだけど、それまでヴィヴィアンが一人で留守番することに変わりはない。
僕のデビュタントでは、緊張がヴィヴィアンにも伝わったのか、彼女がぐずることはなかった。
前は文句を言わず見送れた分、母上も厳しくなるんだろう。
「ヴィヴィアンは、デビュタントしなくてもいいのではないか」
「父上?」
どういう意味か尋ねるより先に、ヴィヴィアンが反応する。
「申し訳ありませんっ、ちゃんとお見送りしますわ! お父様、お母様、お兄様……いってらっしゃいまし」
目に涙を溜めたままの見送りだった。
どこか腑に落ちないまま、馬車にのる。
「旦那様、デビュタントを取り上げるのは、やりすぎなのではなくて? ヴィーも普段は一生懸命、頑張っていますのよ?」
「えっ、そういう意味だったのですか?」
母上の指摘で、ヴィヴィアンがすかさず反応した理由に納得がいった。
ヴィヴィアンは、このままワガママを通せば、デビュタントさせてもらえなくなると思ったんだ。
けれど僕と母上の視線を受けた父上は、首を横に振る。
「違う。惜しくなっただけだ」
惜しく……? 僕は首を傾げたけれど、母上は父上の言葉を理解できたのか、額に手を置いて溜息をついた。
「旦那様、ヴィーもいつかは家を出なければなりませんのよ?」
「別に出なければならない決まりはないだろう」
「あの子を行き遅れさせる気ですの?」
……行き遅れ?
あ、そういうことか。
「父上は、ヴィーを嫁に出したくないのですか」
社交界は、交流を広げると共に、将来の相手を探す場でもある。
家を継ぐ僕とは違い、ヴィヴィアンは嫁にいく身だ。
父上は、言うことを聞かないとデビュタントさせないぞ、という脅しではなく、しなくていいんじゃないかと提案したかったようだ。
それをヴィヴィアンはしっかり脅しとして受け取ったと。
「何故、可愛い娘を嫁に出さなければならないのだ?」
「旦那様、現実を見ましょうね?」
どうやら感情が理性より優先されるのは、僕だけじゃなかったらしい。
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