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高等部二年生

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「寝不足で気を失ったから休ませたのに、また気を失わせるとか、怜様はバカですか? バカ様ですか?」
「……」

 ぼんやりと戻った視界の端に、怜くんと桜川くんがいる。
 よく見えるよう体を起こそうとして失敗した。
 全身に疲労感が充満していて、力が入らない。ダルい。
 高熱を出したときのように、体を思い通りに動かせなかった。

「保、目を覚ましたのか?」

 布団の中でモソモソしているぼくに気付いた怜くんが、こちらに顔を向け、近寄ってくる。

「怜様! まだ終わってませんよ!」
「お前のお小言より、保の体調を確認するほうが先だろうが」
「そう思うなら自制してください! あー! お赤飯炊かないと!」
「うるさい、黙れ! 保の声が聞こえないだろ。あと赤飯は炊くな!」

 えーと……桜川くんが部屋にいるってことは、もう授業は終わってるのかな。
 怜くんは桜川くんに怒鳴り返しながら、ぼくの額に手を添える。
 その手がヒンヤリと気持ち良くて、目を細めた。

「熱が出てるな」
「本当ですか? 頭を冷やすものを用意します。怜様は保に水分を取らせてください」
「分かった」

 どうやら本当に熱が出ているみたいだ。
 怜くんにストローを刺したペットボトルを差し出されて、口に咥える。
 喉を通る水に、倦怠感が薄れていく。

「ん、ありがと……」
「悪いな。無理をさせるつもりはなかった」
「でも……そんな、痛くは、なかったから……」

 はじめては、もっと激痛に悩まされるのかと思ってた。
 けど、熱を出す程度で済んだなら、ぼくとしては御の字だ。
 どこか切れでもしたら、大変だもんね。
 しかしぼくがそう答えても怜くんは気になるのか、雰囲気がいつもよりしゅん、と沈んでいる。
 思いの外、桜川くんのお小言が効いているのかもしれない。

「保はもっと怜に怒ってもいいと思うけどね」

 そこへ、頬に湿布を貼った眞宙くんが顔を出した。

「眞宙、何しに来た」
「保のお見舞いに決まってるじゃない。この調子だと明日も休んだほうがいいね」

 よしよしとぼくの頭を撫でる眞宙くんに対し、怜くんは憎々しげだ。
 まだぼくとのことを許せていないらしい。
 これからは気を付けないと。
 は、晴れて、恋人同士になったんだもんね!
 にへら……とつい顔が緩んでしまうぼくを見て、眞宙くんが苦笑する。

「保と怜の関係が一段落したのは、めでたいことなのかな」

 今、眞宙くんがどんな気持ちでいるのかは、ぼくには推し量れない。
 ぼくは怜くんと一緒にいたくて。
 怜くんを、幸せにしたかった。
 七瀬くんと結ばれなかった怜くんが、これからどうなるのかは分からない。
 けど怜くんは、ぼくと一緒に幸せになりたいと言ってくれていて……。
 眞宙くんの気持ちに応えられないのは確かだ。
 きっとこれからも悩みは尽きないと思う。
 それでも。
 視線を向けると、エメラルドグリーンの瞳を揺らしながら、怜くんはぼくの手を握った。

「無理するな。今はゆっくり休め」
「ふふっ、怜くん、桜川くんに怒られて泣きそうな顔してる」
「熱でお前の視界が歪んでるだけだろ。……お小言のせいじゃない、保が心配なんだ」

 「名法院怜」ではなく、「怜くん」として目の前にいる人を見て、頬が緩む。

「怜くん、熱が引いたら……」
「何だ」
「話を、たくさんしよう?」
「……そうだな。無理をさせた詫びに、俺の格好悪いところを教えてやる」
「楽しみにしてる」

 どこかふわふわする意識の中で笑った。
 まさか眞宙くんから聞けなかった怜くんの情けないエピソードを、本人から聞けることになるなんて。

「はいはい、お話ししたい気持ちも分かりますが、保は熱を出してるんですから、お二人ともその辺で。……氷枕を作ってきたから、少し頭を上げてくれ」

 言葉通り氷枕を片手に戻ってきた桜川くんが、前半は怜くんと眞宙くんに、後半はぼくに語りかける。

「それじゃ僕は部屋に戻るとするよ。怜は?」
「俺は保が寝付くまで見ている」
「眠った保にイタズラしないようにね。桜川くん、監視よろしく」
「承りました」
「おい」

 怜くんが不満を漏らすけれど、桜川くんはそ知らぬ顔だ。
 いつもの二人のやり取りに和む。
 まだ梅雨にも入っていないというのに、二年生に上がってから、やけに濃厚な期間を過ごしてる気がする。
 ぼくが七瀬くんのことを意識し過ぎたのかな……。
 前世の記憶がなければ、どうなっていたんだろう。
 記憶のおかげで視野が広がった自覚もあるから、ないほうが良かったとは思えないけど……でも、そのせいで、見るべきものも見落としていた。
 眞宙くんが、ぼくを変化球だと言っていた通りに。
 怜くんの悩みを解決するのはゲーム主人公くんで、ぼくには関係ないと。
 そんなこと、全くなかったのに。
 これからは、BLゲーム「ぼくきみ」には描かれていない、現実を生きることになる。
 怜くんと、一緒に。

「卒業したら、どうなるかな」
「高等部をか? どうせ三人揃って大学に進学するだろ。その後は、海外に渡るのもいいな」
「海外……?」
「結婚できるだろ。ここでも籍は入れられるがな」
「そう、だね……ふふっ」

 夢を見ている気がする。
 まどろみの中でぼくは笑った。

「自分には市様が苦労される未来しか覗えないのですが。怜様、保を休ませる気はございますか?」
「分かった。黙ればいいんだろう」

 話かけたのはぼくなんだけど、怜くんが怒られてしまった。
 きっと桜川くんは遠回しに、ぼくにも休めと言ってるんだよね。
 でもつい、口が動いてしまう。

「黙ってる怜くんも、格好良いよ」

 ぼくの言葉に怜くんは静かに頷いた。
 表情が大きく変わることはなかったけど、微かに頬が緩んでいるのが見えて、ぼくは目を閉じる。

 現実は残酷だ。

 だけど。
 怜くんと一緒に歩いていけるなら……そんな現実も怖くない。
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