45 / 50
高等部二年生
044
しおりを挟む
翌日、ドクターストップならぬ桜川くんストップにより授業を休むことになった。
ただの寝不足だよ! と訴えても、全く聞いてもらえませんでした。
「暇だ……」
しかし気を失った原因が寝不足であることに変わりはなく、たっぷり十二時間は眠った今、ぼくはすこぶる快調だった。
元気なのにベッドでゴロゴロしていると、ズル休みをしている気しかしない。
スマホも取り上げられてしまって、いつも以上に時間の経過が長く感じられた。
「勉強でもしようかな」
生徒がいなくなった寮はとても静かで、世界が変わってしまったようだ。
静寂の中、時折耳に届く物音は、清掃員さんが掃除をしている音だろう。
ベッドから起き上がり、勉強机に向かう。
けれど椅子に座ったまではいいものの、参考書に手を伸ばす気になれなかった。
参考書を開くのは、毎日、寝る前の日課になっている。
それを今やってしまうと、守ってきた進度を崩してしまうことにならないだろうか。
願掛けというほどでもないけど、ペースは乱してしまわないほうがいい気がした。
「でも他にすることも……あー、手紙の整理?」
一人でいることに馴れていないせいか、どうしても独り言が多くなる。
このままだと寂しさを感じてしまいそうなので、飾ってあるテディベアを片腕に抱えた。
中等部の修学旅行でイギリスに行ったとき、怜くんと眞宙くんの三人で一緒に買ったものだ。
みんな同じ型のテディベアで、首に巻くリボンの色だけが違っている。
ぼくのは鮮やかな赤、怜くんのはエメラルドグリーン、眞宙くんのはオレンジ色といった具合に。
肌触りがいいテディベアの頭を無意識に撫でながら、週一で家族から届く手紙を放り込んだ箱を開けた。
他にも家族からは月一で、ぼくの好きなお菓子や紅茶の詰め合わせが届く。
今ではすっかり差し入れが届くと、生徒会室で消化される流れが出来上がっていた。
手紙は、両親と二人の兄からそれぞれ送られてくるので、結構なかさになっている。
内容はぼくの生活を気遣う定型句からはじまり、当人の日常が綴られているものがほとんどだ。
底から届いた順には重ねているものの、差出人ごとには分けていないので、いい機会だし分別していこうと思う。
捨てようかとも考えたけど、気が咎めて今に至っていた。
テディベアを片腕で抱えたまま、一通一通差出人に目を通す。
そして十通ごとに細い紐で縛っていく作業を黙々とこなした。
すぐには終わらない作業に、量の多さが窺える。
愛されてるなぁ、と思う。
家族に、兄弟。
それと。
――保、好きだ。愛してる。
「ふへへへへ」
「何、一人でニヤついてるんだ? やっぱりどこか悪いのか?」
「ふぁっ!?」
突然背後からかけられた声に肩が跳ねる。
危うくテディベアを落としそうになった。
振り向くと、そこには制服姿の怜くんが一人で立っていた。
「怜くん!? あれ、授業は!?」
「もう昼休みだ。チャイム聞こえなかったのか?」
慌てて時計を確認すると、時計の針は怜くんの言葉通り、昼休みを告げていた。
「気付かなかった……」
「そんなに集中してたのか? 誰からの手紙だ……って、家族からか。凄い量だな」
「やっぱり多い?」
「今時、手紙を送り合う生徒のほうが少ないんじゃないか? 連絡はスマホで取れるだろう」
言われてみれば、その通りだった。
ぼくの家族は筆まめらしい。
「体調が回復してるなら、昼食にしよう。購買部で適当に買ってきた」
「あれ? 眞宙くんは?」
「南に押し付けて来た。たまには二人で食べるのも良いだろ」
押し付けて来たって……南くんは大喜びだろうけど。
勉強机とは別に置いてあるローテーブルに、怜くんは買ってきたパンやおにぎりを並べていく。
「あ、お茶淹れるね!」
部屋に給湯の設備はないものの、小さな冷蔵庫は各部屋に置かれていて、食堂に行けばいくらでもお茶の補充ができた。
怜くんと二人でお昼をするのは久しぶりなので、妙にソワソワしてしまう。
お茶をこぼしてしまわないよう気を付けながら、コップをテーブルに置き、怜くんの隣に腰を下ろした。
怜くんは色々と買って来てくれたようで、どれから手を付けようか悩む。
けど、そこにいつかの光景がチラついた。
七瀬くんと一緒にパンを食べる怜くんの姿が。
「保? どうした、固まって」
「ううん、何でもない」
「何でもないって顔ではないな。やっぱり本調子じゃないのか?」
「そうじゃなくて」
ずっと、ぼくは怜くんを幸せにしたかった。
「怜くんは、七瀬くんじゃなくて、ぼくといて幸せ?」
「やけに七瀬にこだわるな? そんなに不安にさせていたか」
引き寄せられるまま、怜くんの腕の中に収まる。
服越しに体温を感じて、ようやく答えを見つけた気がした。
――あぁ、違う。
怜くんが、ぼくを不安にさせてたんじゃない。
「怜くん、ごめんね……ぼく……っ」
ぼくは、知っていたのに。
この温もりを、怜くんにも血が通っていることを。
「ぼく、怜くんを信じられてなかった……っ」
信じるって言ったのに!
ぼくは、ゲームのことしか頭になくて。
現実の残酷さにばかり気をとられて。
肝心の怜くんの気持ちを、蔑ろにしてた。
ぼくを好きだと、愛していると言ってくれた怜くんの気持ちを。
素直に受けとめられていなかったんだ。
「ごめん、ごめんね……っ」
「謝るな。お前は何も悪くない」
「違うよ、ぼくは」
「保、俺たちの関係は何だ?」
「え……?」
急に尋ねられて、思考が止まる。
ぼくと、怜くんの関係は。
「親衛隊長以外でだぞ」
「えっと、幼なじみ?」
ぼくの答えに、怜くんは後ろに倒れた。
床に大の字になる。
「怜くん……?」
「ちょっと今、自分の罪を噛みしめてる」
「罪?」
しばらく目を閉じていた怜くんは、起き上がるとぼくの両肩に手を置いて向き合う。
「俺の罪は罪として、確認だが、お前は幼なじみとだったら体を重ねるのか?」
「えっ、怜くんとだけだよ?」
「眞宙とはしてないな?」
「してないよ!?」
そもそも眞宙くんには、南くんがいるし!
「だったらどうして……いや、言葉にしなかった俺が悪い。俺はお前を、恋人だと思ってる」
「はぇ?」
ただの寝不足だよ! と訴えても、全く聞いてもらえませんでした。
「暇だ……」
しかし気を失った原因が寝不足であることに変わりはなく、たっぷり十二時間は眠った今、ぼくはすこぶる快調だった。
元気なのにベッドでゴロゴロしていると、ズル休みをしている気しかしない。
スマホも取り上げられてしまって、いつも以上に時間の経過が長く感じられた。
「勉強でもしようかな」
生徒がいなくなった寮はとても静かで、世界が変わってしまったようだ。
静寂の中、時折耳に届く物音は、清掃員さんが掃除をしている音だろう。
ベッドから起き上がり、勉強机に向かう。
けれど椅子に座ったまではいいものの、参考書に手を伸ばす気になれなかった。
参考書を開くのは、毎日、寝る前の日課になっている。
それを今やってしまうと、守ってきた進度を崩してしまうことにならないだろうか。
願掛けというほどでもないけど、ペースは乱してしまわないほうがいい気がした。
「でも他にすることも……あー、手紙の整理?」
一人でいることに馴れていないせいか、どうしても独り言が多くなる。
このままだと寂しさを感じてしまいそうなので、飾ってあるテディベアを片腕に抱えた。
中等部の修学旅行でイギリスに行ったとき、怜くんと眞宙くんの三人で一緒に買ったものだ。
みんな同じ型のテディベアで、首に巻くリボンの色だけが違っている。
ぼくのは鮮やかな赤、怜くんのはエメラルドグリーン、眞宙くんのはオレンジ色といった具合に。
肌触りがいいテディベアの頭を無意識に撫でながら、週一で家族から届く手紙を放り込んだ箱を開けた。
他にも家族からは月一で、ぼくの好きなお菓子や紅茶の詰め合わせが届く。
今ではすっかり差し入れが届くと、生徒会室で消化される流れが出来上がっていた。
手紙は、両親と二人の兄からそれぞれ送られてくるので、結構なかさになっている。
内容はぼくの生活を気遣う定型句からはじまり、当人の日常が綴られているものがほとんどだ。
底から届いた順には重ねているものの、差出人ごとには分けていないので、いい機会だし分別していこうと思う。
捨てようかとも考えたけど、気が咎めて今に至っていた。
テディベアを片腕で抱えたまま、一通一通差出人に目を通す。
そして十通ごとに細い紐で縛っていく作業を黙々とこなした。
すぐには終わらない作業に、量の多さが窺える。
愛されてるなぁ、と思う。
家族に、兄弟。
それと。
――保、好きだ。愛してる。
「ふへへへへ」
「何、一人でニヤついてるんだ? やっぱりどこか悪いのか?」
「ふぁっ!?」
突然背後からかけられた声に肩が跳ねる。
危うくテディベアを落としそうになった。
振り向くと、そこには制服姿の怜くんが一人で立っていた。
「怜くん!? あれ、授業は!?」
「もう昼休みだ。チャイム聞こえなかったのか?」
慌てて時計を確認すると、時計の針は怜くんの言葉通り、昼休みを告げていた。
「気付かなかった……」
「そんなに集中してたのか? 誰からの手紙だ……って、家族からか。凄い量だな」
「やっぱり多い?」
「今時、手紙を送り合う生徒のほうが少ないんじゃないか? 連絡はスマホで取れるだろう」
言われてみれば、その通りだった。
ぼくの家族は筆まめらしい。
「体調が回復してるなら、昼食にしよう。購買部で適当に買ってきた」
「あれ? 眞宙くんは?」
「南に押し付けて来た。たまには二人で食べるのも良いだろ」
押し付けて来たって……南くんは大喜びだろうけど。
勉強机とは別に置いてあるローテーブルに、怜くんは買ってきたパンやおにぎりを並べていく。
「あ、お茶淹れるね!」
部屋に給湯の設備はないものの、小さな冷蔵庫は各部屋に置かれていて、食堂に行けばいくらでもお茶の補充ができた。
怜くんと二人でお昼をするのは久しぶりなので、妙にソワソワしてしまう。
お茶をこぼしてしまわないよう気を付けながら、コップをテーブルに置き、怜くんの隣に腰を下ろした。
怜くんは色々と買って来てくれたようで、どれから手を付けようか悩む。
けど、そこにいつかの光景がチラついた。
七瀬くんと一緒にパンを食べる怜くんの姿が。
「保? どうした、固まって」
「ううん、何でもない」
「何でもないって顔ではないな。やっぱり本調子じゃないのか?」
「そうじゃなくて」
ずっと、ぼくは怜くんを幸せにしたかった。
「怜くんは、七瀬くんじゃなくて、ぼくといて幸せ?」
「やけに七瀬にこだわるな? そんなに不安にさせていたか」
引き寄せられるまま、怜くんの腕の中に収まる。
服越しに体温を感じて、ようやく答えを見つけた気がした。
――あぁ、違う。
怜くんが、ぼくを不安にさせてたんじゃない。
「怜くん、ごめんね……ぼく……っ」
ぼくは、知っていたのに。
この温もりを、怜くんにも血が通っていることを。
「ぼく、怜くんを信じられてなかった……っ」
信じるって言ったのに!
ぼくは、ゲームのことしか頭になくて。
現実の残酷さにばかり気をとられて。
肝心の怜くんの気持ちを、蔑ろにしてた。
ぼくを好きだと、愛していると言ってくれた怜くんの気持ちを。
素直に受けとめられていなかったんだ。
「ごめん、ごめんね……っ」
「謝るな。お前は何も悪くない」
「違うよ、ぼくは」
「保、俺たちの関係は何だ?」
「え……?」
急に尋ねられて、思考が止まる。
ぼくと、怜くんの関係は。
「親衛隊長以外でだぞ」
「えっと、幼なじみ?」
ぼくの答えに、怜くんは後ろに倒れた。
床に大の字になる。
「怜くん……?」
「ちょっと今、自分の罪を噛みしめてる」
「罪?」
しばらく目を閉じていた怜くんは、起き上がるとぼくの両肩に手を置いて向き合う。
「俺の罪は罪として、確認だが、お前は幼なじみとだったら体を重ねるのか?」
「えっ、怜くんとだけだよ?」
「眞宙とはしてないな?」
「してないよ!?」
そもそも眞宙くんには、南くんがいるし!
「だったらどうして……いや、言葉にしなかった俺が悪い。俺はお前を、恋人だと思ってる」
「はぇ?」
56
お気に入りに追加
1,956
あなたにおすすめの小説
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
風紀委員長様は王道転校生がお嫌い
八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。
第十王子は天然侍従には敵わない。
きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」
学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話
藍
BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。
ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる