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高等部二年生

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 翌日、ドクターストップならぬ桜川くんストップにより授業を休むことになった。
 ただの寝不足だよ! と訴えても、全く聞いてもらえませんでした。

「暇だ……」

 しかし気を失った原因が寝不足であることに変わりはなく、たっぷり十二時間は眠った今、ぼくはすこぶる快調だった。
 元気なのにベッドでゴロゴロしていると、ズル休みをしている気しかしない。
 スマホも取り上げられてしまって、いつも以上に時間の経過が長く感じられた。

「勉強でもしようかな」

 生徒がいなくなった寮はとても静かで、世界が変わってしまったようだ。
 静寂の中、時折耳に届く物音は、清掃員さんが掃除をしている音だろう。
 ベッドから起き上がり、勉強机に向かう。
 けれど椅子に座ったまではいいものの、参考書に手を伸ばす気になれなかった。
 参考書を開くのは、毎日、寝る前の日課になっている。
 それを今やってしまうと、守ってきた進度を崩してしまうことにならないだろうか。
 願掛けというほどでもないけど、ペースは乱してしまわないほうがいい気がした。

「でも他にすることも……あー、手紙の整理?」

 一人でいることに馴れていないせいか、どうしても独り言が多くなる。
 このままだと寂しさを感じてしまいそうなので、飾ってあるテディベアを片腕に抱えた。
 中等部の修学旅行でイギリスに行ったとき、怜くんと眞宙くんの三人で一緒に買ったものだ。
 みんな同じ型のテディベアで、首に巻くリボンの色だけが違っている。
 ぼくのは鮮やかな赤、怜くんのはエメラルドグリーン、眞宙くんのはオレンジ色といった具合に。
 肌触りがいいテディベアの頭を無意識に撫でながら、週一で家族から届く手紙を放り込んだ箱を開けた。

 他にも家族からは月一で、ぼくの好きなお菓子や紅茶の詰め合わせが届く。
 今ではすっかり差し入れが届くと、生徒会室で消化される流れが出来上がっていた。
 手紙は、両親と二人の兄からそれぞれ送られてくるので、結構なかさになっている。
 内容はぼくの生活を気遣う定型句からはじまり、当人の日常が綴られているものがほとんどだ。
 底から届いた順には重ねているものの、差出人ごとには分けていないので、いい機会だし分別していこうと思う。
 捨てようかとも考えたけど、気が咎めて今に至っていた。

 テディベアを片腕で抱えたまま、一通一通差出人に目を通す。
 そして十通ごとに細い紐で縛っていく作業を黙々とこなした。
 すぐには終わらない作業に、量の多さが窺える。
 愛されてるなぁ、と思う。
 家族に、兄弟。
 それと。

――保、好きだ。愛してる。

「ふへへへへ」
「何、一人でニヤついてるんだ? やっぱりどこか悪いのか?」
「ふぁっ!?」

 突然背後からかけられた声に肩が跳ねる。
 危うくテディベアを落としそうになった。
 振り向くと、そこには制服姿の怜くんが一人で立っていた。

「怜くん!? あれ、授業は!?」
「もう昼休みだ。チャイム聞こえなかったのか?」

 慌てて時計を確認すると、時計の針は怜くんの言葉通り、昼休みを告げていた。

「気付かなかった……」
「そんなに集中してたのか? 誰からの手紙だ……って、家族からか。凄い量だな」
「やっぱり多い?」
「今時、手紙を送り合う生徒のほうが少ないんじゃないか? 連絡はスマホで取れるだろう」

 言われてみれば、その通りだった。
 ぼくの家族は筆まめらしい。

「体調が回復してるなら、昼食にしよう。購買部で適当に買ってきた」
「あれ? 眞宙くんは?」
「南に押し付けて来た。たまには二人で食べるのも良いだろ」

 押し付けて来たって……南くんは大喜びだろうけど。
 勉強机とは別に置いてあるローテーブルに、怜くんは買ってきたパンやおにぎりを並べていく。

「あ、お茶淹れるね!」

 部屋に給湯の設備はないものの、小さな冷蔵庫は各部屋に置かれていて、食堂に行けばいくらでもお茶の補充ができた。
 怜くんと二人でお昼をするのは久しぶりなので、妙にソワソワしてしまう。
 お茶をこぼしてしまわないよう気を付けながら、コップをテーブルに置き、怜くんの隣に腰を下ろした。
 怜くんは色々と買って来てくれたようで、どれから手を付けようか悩む。
 けど、そこにいつかの光景がチラついた。
 七瀬くんと一緒にパンを食べる怜くんの姿が。

「保? どうした、固まって」
「ううん、何でもない」
「何でもないって顔ではないな。やっぱり本調子じゃないのか?」
「そうじゃなくて」

 ずっと、ぼくは怜くんを幸せにしたかった。

「怜くんは、七瀬くんじゃなくて、ぼくといて幸せ?」
「やけに七瀬にこだわるな? そんなに不安にさせていたか」

 引き寄せられるまま、怜くんの腕の中に収まる。
 服越しに体温を感じて、ようやく答えを見つけた気がした。
 ――あぁ、違う。
 怜くんが、ぼくを不安にさせてたんじゃない。

「怜くん、ごめんね……ぼく……っ」

 ぼくは、知っていたのに。
 この温もりを、怜くんにも血が通っていることを。

「ぼく、怜くんを信じられてなかった……っ」

 信じるって言ったのに!
 ぼくは、ゲームのことしか頭になくて。
 現実の残酷さにばかり気をとられて。
 肝心の怜くんの気持ちを、蔑ろにしてた。
 ぼくを好きだと、愛していると言ってくれた怜くんの気持ちを。
 素直に受けとめられていなかったんだ。

「ごめん、ごめんね……っ」
「謝るな。お前は何も悪くない」
「違うよ、ぼくは」
「保、俺たちの関係は何だ?」
「え……?」

 急に尋ねられて、思考が止まる。
 ぼくと、怜くんの関係は。

「親衛隊長以外でだぞ」
「えっと、幼なじみ?」

 ぼくの答えに、怜くんは後ろに倒れた。
 床に大の字になる。

「怜くん……?」
「ちょっと今、自分の罪を噛みしめてる」
「罪?」

 しばらく目を閉じていた怜くんは、起き上がるとぼくの両肩に手を置いて向き合う。

「俺の罪は罪として、確認だが、お前は幼なじみとだったら体を重ねるのか?」
「えっ、怜くんとだけだよ?」
「眞宙とはしてないな?」
「してないよ!?」

 そもそも眞宙くんには、南くんがいるし!

「だったらどうして……いや、言葉にしなかった俺が悪い。俺はお前を、恋人だと思ってる」
「はぇ?」
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