上 下
14 / 50
高等部二年生

013

しおりを挟む
 お昼休み、眞宙くんと二人で廊下を歩く。
 新一年生は午前中までだけど、二年生からは始業式の後も午後まで授業があった。

「怜とクラスが離れて残念だったね」
「うん、でも眞宙くんと一緒で嬉しい!」
「僕も保と一緒で嬉しいよ」

 エスカレーター式で見知った顔も多いけど、親しい人が同じクラスにいるのは心強い。
 やはりというか、怜くんとはクラスが分かれてしまったけど、中等部から覚悟はしていたので、大きなショックはなかった。

「怜くんは一人で寂しくないかな?」
「桜川くんが一緒だから、寂しくはないんじゃないかな」
「そっか!」

 そういえばゲーム主人公くんだけじゃなく、桜川くんとも怜くんは同じクラスなんだった。
 なら寂しくはないね、と何度も頷く。

「ところで昼食の前に掲示板に寄りたいって、気になることでもあるの?」
「ほら、怜くんのポスターが貼り出されてるでしょ?」

 結局ポスターの枚数は、全校生徒と教師の人数を足して、少し余裕を持たせた七百枚になった。
 枚数が増えたのは、前風紀委員長が胃薬を飲みながら怜くんに進言してくれたおかげだ。
 貼り出しが終わったら一枚残らず回収して、生徒に配られることにもなっている。やっぱりそれが一番争わなくて済みそうだもんね。
 ポスターは新一年生の教室を中心に、校舎のあちこちに貼られていた。
 回収して再配布することは周知されているので、今のところポスターが盗まれるようなことも起きていない。

「一枚ぐらい、キャッチコピーがあるポスターがあってもいいんじゃないかと思って」
「それでシルバーのカラーペンを持ってきたんだね。……うん、保、止めておこうか」
「何で!?」

 そっとカラーペンを眞宙くんに取り上げられる。
 身長差があるので、高く腕を上げられると、ぼくではジャンプしても届かない。

「くっ、あと十センチ身長が高ければ……」
「いい加減、僕も怜が不憫に思えてきたから、諦めて」
「ぐぬぬ」

 今期こそ「イエスッ、クールビューティ怜様!」を推していきたかったのに。

「諦めてね」
「ハッ!? 眞宙くん、ぼくの心を読んだね!?」
「顔に書いてあるよ」
「そんなバカな!?」

 咄嗟に両手で顔を隠すけど、後の祭りだった。

「ほら、早く迎えに行かないと、怜がお腹を空かせて待ってるよ」

 怜くんを誘う前に掲示板へ寄ったことを思いだし、仕方なくキャッチコピーの件は断念する。
 実はキャッチコピーのことは建前で、ゲーム主人公くんに会いたくないなぁという理由で遠回りをしているだけだった。……避けていてもはじまらないし、腹をくくろう。

 怜くんのクラス前まで来ると、先に着いていた南くんが笑顔で迎えてくれた。
 南くんともクラスが分かれちゃったんだよね。

 では、いざ行かん!

 遂にゲーム主人公くんを、この目に収めるのだ!

「保くん……?」

 意気込みとは裏腹に、入口の影から教室内をそろりと覗くぼくに、南くんが訝しげに声をかける。
 うん、今更怜くんに遠慮することなんてないし、おかしな行動に見えてるよね。
 けどやっぱり突入する勇気が……まずは遠目で確認してからでもいいかなーって。
 怜くんの銀髪は目立つので、まだ少し混雑している教室内でもすぐに見つけることができた。
 その怜くんが――。

「笑ってる……」

 正面にいる人物に向かって微笑んでいた。
 ぼくでも最近は見ることのなかった表情に、体が固まる。
 怜くんの正面に立つ人物に、見覚えがあった。
 きっと彼がゲーム主人公くんで間違いないだろう。
 もっさりとした黒髪に、分厚い瓶底眼鏡は、遠い記憶の中のゲームビジュアルと一致する。

 あぁ、やっぱり。

 怜くんを幸せにできるのは、ゲーム主人公くんなんだ。
 いくらぼくが、敵役になって怜くんを幸せに導く! と息巻いたところで、それは間接的な結果でしかなくて……直接、怜くんを幸せにするのは、重荷を軽くするのは、ゲーム主人公くんにしか……。
 だって仮に彼が怜くんを選ばなくても、怜くんがぼくを嫌いになるのは規定路線なんだ。

「保? どうしたの?」

 ポロリと、知らず涙が一つこぼれていた。
 嫉妬なのか、諦観なのか分からない感情がごちゃまぜになって、ぼくの胸を掻き乱す。

「保っ!?」

 そして気付いたときには。
 怜くんに、タックルをかましていた。

「ゴボァッ!!?」

 衝撃で、怜くんの体が横に大きく揺れた。
 視界の端では桜色の頭が大笑いしているのが見えるけど、ぼくは切実だった。
 ぼくは、南くんみたいないい子にはなれない。
 好きな人が、他の誰かを構っている姿を、笑ってなんて見ていられない。

 怜くん、ごめんね!

 ぼくは自分が思ってた以上に、嫉妬深いみたい!
 怜くんの腰にしがみつきながら、ゲーム主人公くんを睨む。
 彼も突然のことに、分厚い瓶底眼鏡の奥にある目を見開いていた。
 ようやく体勢を整えた怜くんが、ぼくの肩に手を置く。

「保……何を考えている」
「うぅ……」
「まさか泣いてるのか? おい眞宙っ、どういうことだ!」
「僕も急なことで把握できてないんだけど……保、どうしたの? 喋れる?」

 ポタポタと涙を落とすぼくに、眞宙くんは屈んで目線を合わすと頬にハンカチを当ててくれた。

「うう、ぼく……」
「よしよし、とりあえず一旦立ち上がろうか。中腰のままだと保も辛いでしょ?」

 その通りだったので、怜くんの体をよじ登るようにして立つ。
 すっかり怜くんの制服は皺だらけになっていた。
 後で桜川くんに綺麗にしてもらえるよう頼めるかな。
 しがみついてみて分かったことだけど、怜くんの腰は意外としっかりしている。
 あれだけの勢いでタックルしたのに、転ばなかったのがいい証拠だ。
 長身だから細身に見えるけど、やっぱ体格はしっかりしてるんだなぁ……貧相な体つきの自分をかえりみると、羨ましい。

「で? 何があって、お前は泣きながらぶつかって来たんだ?」
「れ、怜くんが……」
「俺が?」

 若干ヨレた感じになってしまったけど、ぼくを見下ろす怜くんの顔に怒りはない。
 泣いていたことで、どうやら心配をかけてしまったようだ。
 怜くんは、立ち上がったぼくを正面から胸に抱き込むと、背中を優しくさすってくれる。
 その優しさに、また涙が溢れそうになるのを感じながら、しっかりしなきゃと自分に活を入れる。
 息を吸って、大きめの声で答えた。

「怜くんが、笑ってたから!」
「……俺が笑ってたのが、そんなにショックだったのか?」
「ち、違うよ! そうじゃなくて!」

 ちょうどタイミング的には、怜くんとゲーム主人公くんが談笑しているところを、ぼくが邪魔した感じになってるはず。
 うん、性悪の親衛隊長としては、何ら間違った行動ではないよね! だってぼくは、怜くんとゲーム主人公くんのお邪魔虫なんだからっ。
 なんだ、よくよく考えてみれば問題ないじゃないか。
 BLゲーム「ぼくきみ」でも、ぼくは嫉妬深い性格だった。
 ぐっと目に力を入れて、怜くんのエメラルドグリーンの瞳を見上げる。

「ぼくにだけ……ぼくにだけ笑って欲しかったの! 怜くんが、ぼくの知らないところで、楽しそうにしてるのが……寂しいっていうか、嫉妬しちゃったっていうか……心が狭くて、ごめんね!」

 最後まで言い切ると、怜くんの胸に顔を埋めてぎゅうっと抱き付く。
 きっと今頃、心底呆れた顔をされてる。
 分かっていても、目にする勇気はまだ持てなかった。

「あー……そうか、嫉妬か……」
「怜様、爆ぜてください。ニヤついてる怜様なんて、イエスッ、クールビューティ怜様! らしくありませんよ」
「圭吾、お前を一発殴らせろ」

 誰かの声が聞こえると思って顔を上げると、桜川くんが近くまで来ていた。

「素直に殴らせるバカがいると思いますか? はっ、名法院家のご令息ともあろう方が、そんな短絡思考とは嘆かわしい限りです。さっさと皺になった上着をお渡しください。あぁ、シャツは結構ですよ、主人を露出狂にするわけにはいきませんから」
「……」

 桜川くんの言葉に、怜くんのこめかみの血管が浮き上がっているのが見える。
 とりあえずぼくが抱き付いたままだと上着が脱げないので、そっと体を離した。

「桜川くん、手間を増やしちゃってゴメンね?」
「笑わせてもらったからチャラでいい。怜様の奇声を聞けるなんてレアだからな。ぷっ、『ゴボァッ』だって。あ、保、そのまま怜様と腕を組んでてくれ。拳が飛んできそうだから」

 ぼくと喋りながらも、桜川くんは器用に怜くんの上着を脱がせていく。

「貴様……!」
「はい、怜様はこのまま保と腕を組みながら食堂へどうぞー。ちゃんとエスコートしてあげてください」

 結局、怜くんは桜川くんに言い返せないまま、ぼくを連れて食堂へと向かった。
 腕を組んで歩けるなんて、ぼくとしては役得だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元社畜の俺、異世界で盲愛される!?

彩月野生
BL
「にゃあにゃあ」 「かっわいいなあおまえ~、できれば俺の部屋で飼ってやりたいなあ」 佐原尚輝(三十代後半)は、彼女いない歴年齢の、夢に破れた社畜である。 憂鬱な毎日を過ごしていたが、綺麗な野良猫と出会い、その猫を飼うために仕事に精を出すが、連日のサービス残業と、上司のパワハラに耐えられず会社を辞めてしまう。 猫に別れを告げるが、車道に飛び出た猫を助けようとして、車に轢かれて死んでしまった。 そこに美しい男の神が現れ、尚輝は神によって異世界へと転生し、理想の生活を手にいれることに。 ナオキ=エーベルは家族に愛されて育ち、十八歳になると冒険の旅に出た。 そんなナオキは、ある三人の男(聖者、闇の一族の王、神様)に何故か言い寄られて彼らに翻弄される羽目になる。 恋愛経験のない男が愛を知る物語。 ※一人と相思相愛エンド。 ※ハッピーエンドです。 (誤字脱字報告はご遠慮下さい・ひとますスルー&脳内保管でお願いいたします)

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

さがしもの

猫谷 一禾
BL
策士な風紀副委員長✕意地っ張り親衛隊員 (山岡 央歌)✕(森 里葉) 〖この気持ちに気づくまで〗のスピンオフ作品です 読んでいなくても大丈夫です。 家庭の事情でお金持ちに引き取られることになった少年時代。今までの環境と異なり困惑する日々…… そんな中で出会った彼…… 切なさを目指して書きたいです。 予定ではR18要素は少ないです。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

僕のお兄様がヤンデレなんて聞いてない

ふわりんしず。
BL
『僕…攻略対象者の弟だ』 気付いた時には犯されていました。 あなたはこの世界を攻略 ▷する  しない hotランキング 8/17→63位!!!から48位獲得!! 8/18→41位!!→33位から28位! 8/19→26位 人気ランキング 8/17→157位!!!から141位獲得しました! 8/18→127位!!!から117位獲得

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】夢魔の花嫁

月城砂雪
BL
勇者と魔王の戦いを半世紀前に終えたファンタジー世界。敗れた魔界側の深刻な少子化解決のためにと、夢魔の貴公子の伴侶に選ばれた心根の綺麗な大人しい少年が、魔界に連れ去られてエッチの限りを尽くされて赤ちゃんをたくさん産むことになる話(身も蓋もないあらすじ)実際赤ちゃんを産んだりするのでご注意ください。 目指すは官能小説+♡喘ぎ。全編R18、挿入表現有りの回には#付き。サブカップルとして百合夫婦が時々顔を出します。 ※12/1 ちょっと遅くなりましたが、番外編完結しました(´▽`)久し振りで楽しかったです! ご愛顧ありがとうございました。二人をイチャコラさせたくなったらまた更新します。

処理中です...