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高等部一年生

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「うわぁああ!? ごめん、大丈夫!?」
「っ……」

 悶絶する怜くんに悪いと思いながらも、ぼくはソファから脱出して、服装を正した。
 よし、ここは逃げよう!

「怜くん、ごめんね!」
「まっ……!」

 きっと少し休めば、痛みも治まるはず。
 体の丈夫な怜くんなら大丈夫だよ! 昔は病弱だったらしいけど、今は元気だし!
 後が怖いけど、ここに留まるのも危ない気がするんだ! だから、ごめんね!
 心の中で何度も謝罪しながら、ぼくは生徒会室から逃げた。

 最後までしたいという怜くんの気持ちも、分からないわけじゃないんだ。
 BLゲーム「ぼくきみ」の世界でも、ぼくと怜くんはがっつり致してたみたいだし。
 けど、思うんだよ。
 「画面の中のぼく」は、何も知らないまま、最後まで行ったんじゃないかって。
 現物を見ないまま、あれよあれよと流されたんじゃないかって。
 じゃなきゃ怜くんのを目の当たりにして、素直に受け入れられるはずがない。
 無理だよ、どう見ても日本人の平均サイズより大きいんだもん! むしろどうやって入れたの「画面の中のぼく」!?
 アースホールがブラックホールに繋がってない限り無理じゃない!? ……誰が上手いこと言えと!?
 焦る頭で自分にツッコんでいたのが悪かったのか、ぼくは生徒会室を出て幾ばくもしない内に、人とぶつかった。

「うわっ!?」
「保!? 大丈夫?」

 顔を上げると、気遣わしげな赤茶色の瞳と目が合う。

「眞宙くん、ごめん」
「僕はいいけど、保は一人? 怜から逃げてきたの?」
「うっ……」

 ぼくが目を逸らしたことで、事の顛末を察したのか、眞宙くんは盛大に溜息をついた。

「はぁ……だから焦るなって言ったのに」

 ぼくと怜くんのことは、眞宙くんに筒抜けだ。
 怜くんがぼくのことを眞宙くんにグチるのが最大の理由だった。
 幼なじみの体の関係なんて知りたくもないだろうに、眞宙くんはよく気遣ってくれる。

「えっと、ごめんね」
「保が謝る必要はないよ。別に最後までしないといけない決まりはないんだから」

 優しく抱き締められて、頭をポンポンされると安心感に包まれた。
 そのまま甘えたくなるけど、ここが校舎で人目があることを思いだし、慌てて体を離す。
 自由行動する眞宙くんの傍に、彼の親衛隊長である南くんの姿がないわけがなかった。
 案の定、眞宙くんの後ろに、ふわふわのハニーブラウンの髪が見えて声をかける。

「南くんも、ごめんね!」

 好きな人が自分以外の誰かを抱き締める光景なんて、見たくなかったよね。
 謝るぼくに、南くんは首を横に振った。

「今更保くんに嫉妬することはないですよ。眞宙様が保くんを大事にしているのは知っていますから」
「うう、南くんは懐が深い……」

 ぼくだったらきっと、嫉妬にかられて醜い顔になってるよ。

「南くんはいい子だからね。さぁ、保も一緒に寮に戻ろうか」

 眞宙くんに背中を押されて歩き出す。
 二人の邪魔じゃないかと心配になるぼくを察したのか、南くんが手を繋いでくれた。

「実は保くんと一緒に帰りたくて待ってたんですよ」
「えっ!? 本当!?」
「どうせ怜は今回も逃げられるだろうと、予想してたからね」
「あははー……」

 逃げてきた身としては、乾いた笑いしか出ない。
 置き去りにしてきた怜くんのことが気にならないでもないけど、結局ぼくは眞宙くんたちと仲良く三人並んで寮へ帰った。


◆◆◆◆◆◆


 寮の部屋に帰ると、同室の桜川くんが出迎えてくれる。

「ただいまー」
「おかえり。今日は少し遅かったけど、相変わらず怜様と?」
「う……そんなところ」

 桜川さくらがわ 圭吾けいごくんは、高等部からの外部生なんだけど、代々名法院家に仕えている家柄もあって、ぼくも昔から顔なじみだった。
 怜くんの実家での身の回りの世話は、桜川くんが担当だからね。
 学園では、侍従を付けるのは禁止されているので、あくまで一生徒として桜川くんは通っている。
 だから学園では、気軽にタメ口で話してくれた。

 桜川くんも身長が高いので、ぼくはいつも見上げる格好になる。
 体を鍛えているのもあって、白いシャツの上からでも、筋肉が引き締まっているのが見て取れた。
 髪はサッパリと短く、その佇まいにはいつも清涼感が漂っている。
 苗字と同じ桜色の髪は目を引くけど、彼はBLゲーム「ぼくきみ」の攻略キャラではなかった。
 攻略対象ではないけど、ゲーム主人公くんの相談役兼お友達ポジションだ。
 外部生同士で気が合うという設定。
 ついでに怜くんの情報も教えてもらえて、攻略しやすいようになっている。
 来年からぼくへの風当たりがどうなるのか考えると、ちょっと胃が痛い。
 覚悟はしているつもりなんだけどね。
 いかんせん、周囲はゲームに登場する人ばかりなので、気が滅入るときがあった。
 はぁ……性悪になりきるのは大変だ。

「その様子だと、赤飯はまだ必要ないか」
「うぇっ!?」

 肩を落としたぼくを見て何を勘違いしたのか、そんな爆弾が投下される。
 今更だけど、ぼくと怜くんの関係って、周囲に筒抜け過ぎないかな!?

「自分が怜様と保のことで、知らないことがあると思うか?」
「だ、だよねー……」
「自分としては、保はまだしばらく、可愛い保でいて欲しいと思うけどな」
「そ、そう?」

 無理をしなくていいんだぞ、と頭を撫でられる。
 眞宙くんといい、桜川くんといい、彼らは優しい。
 すぐにぼくを甘やかしてくれるから、つい楽なほうへ逃げてしまいそうになる。

「一線を越えられなくて、ヤキモキしてる怜様を見るのは面白いからな。で、今回はどうやって逃げてきたんだ」
「あー、それ聞いちゃう?」
「むしろこれを聞かずして、何を聞けと?」

 怜くんの立場を考えると言いにくい。
 けど怜くんの体調に関することは、桜川くんも知っておかないといけなくて……。
 渋々顛末を話すと、仕える主人が足蹴にされたと聞いてショックだったのか、桜川くんはその場に蹲った。

「れ、怜様が……鳩尾、蹴られっ……」
「わざとじゃないんだよ!? 咄嗟に膝を曲げたら、当たっちゃって!」
「しかも、その後、放置……!」
「ぼ、ぼくの膝が当たったぐらいなら、少し休めば大丈夫だと思ってね!?」

 オロオロと言い募るぼくに、プルプルと震える桜川くん。
 これは怒られるかと思った矢先、軽快な笑い声が部屋に響いた。

「あははははは! 保の前じゃ、怜様も形無しだ! こうしちゃいられない、怜様をからか、違った、様子を確認してくる」
「完全にからかいに行くつもりだよね!?」
「だってこんな面白いことないだろ! ほら、ちゃんと痣になってないかも見てくるからさ。ぷふっ、保に蹴られた場所をな!」
「取って付けたような理由でからかうつもりだ!?」

 いつも思うけど、大丈夫かな、ここの主従関係!?
 実は昔、桜川くんに「もっとフランクな対応でも怜くんは怒らないよ」って言っちゃった手前、いつか逆鱗に触れやしないかと心配になる。
 しかしそんなぼくをよそに、桜川くんは軽快な足取りで部屋を出ていった。
 この後、とても不機嫌な怜くんを、ぼくが宥めることになったのは言うまでもない。
 ……置き去りにして、逃げてごめんなさい。
 痣は大したことないみたいでよかった。
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