怜くん、ごめんね!親衛隊長も楽じゃないんだ!

楢山幕府

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高等部一年生

002

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 ぼくが前世の記憶を取り戻したのは、中等部に上がり、立ち寄った職員室で高等部のパンフレットを目にしたときだった。

 舞台となる私立鳳来ほうらい学園高等部は、全国から集まった 財閥名家の子息が多く在籍する、全寮制の男子校だ。
 学園には付属の幼稚舎があり、大学までエスカレーター式になっている。
 高等部だけは全寮制で、優秀な人材を集めるべく、外部からの編入も受け付けていた。
 都内でも自然が多く残る山手に位置し、森に囲まれた緑豊かな立地は、学園を忙しない社会から隔絶するのに一役買っている。
 おかげで学園では、どうしても特殊な環境が形成されがちだった。

 「親衛隊」も、その一つ。
 簡単に言えば、ファンクラブなんだけど。
 特に狂信的な生徒を隊員にして、相互監視させることで暴走させない機能がある。
 怜くんの他には眞宙くんの親衛隊もあって、隊長は南くんというハニーブラウンのふわふわ髪の可愛い癒やし系男子だ。
 そんな南くんは、今、眞宙くんの後ろについて歩いていた。
 目が合うと微笑んでくれて、つられてぼくも笑顔になる。可愛い。
 南くんとは中等部からの友達で、眞宙くんの親衛隊長に選ばれたときは、ぼくも一緒になって喜んだ。
 ぼくと怜くんは幼稚舎からの幼なじみというのもあって、高等部の寮に入る頃には、自然と親衛隊の人たちには隊長として受け入れられてました。
 自他共に認める怜くん好きーだからね! 狂信的だとも認められたわけだけど!
 そこはほら、南くんも一緒だし、開き直ってます。

「こら、どこ見てる」
「南くん」
「お前は俺の親衛隊長だろうが」
「南くんの親衛隊ができたら兼任したーーうひょです、うひょだから!」

 ほっぺた抓らないで!

「もう、腫れたら怜くんのせいだからねっ」
「責任は取ってやるから安心しろ」

 責任、という言葉に少し胸がチクリとする。
 ぼくはそこに未来がないことを知っているから。
 気持ちを誤魔化すように、明るく話題を変える。

「そうだ! 責任といえば、市くんの話聞いた?」
「……どうしてお前の口から市の名前が出てくるんだ」

 名法院みょうほういん いちくんは、ゲームには出てこない怜くんの二つ下の弟だ。
 今は学園の中等部で、生徒会長をしている。生徒から人気が高いのは言わずもがな。

「噂で聞いたんだけど、体育のバスケで『チームの責任は自分が取る!』って言って、最後にスリーポイントシュートを決めて逆転したんだって!」
「ほう?」
「格好良いよね! 怜くんのところは、弟の市くんまで格好……どうしたの?」

 廊下の壁際に追い込まれて目を瞬く。
 怜くんの顔は険しい。
 ……これは、もしかして市くんの話題は地雷だった?

「お前は、どうしてそう次から次へと他の男の名前を」
「えぇっと、ここ男子校だし……」
「俺の名前だけで十分だろうが」
「ひゃい……」

 怜くんの影に覆われるくらい、顔を近付けられる。
 うう、嫌われるのは想定の範囲内だけど、それでも怒られたら怖いぃ……!
 ぎゅっと目を瞑ったところで、怜くんからの圧が消えた。

「だから怜、ここは廊下。所構わず盛らないでくれる? 幼なじみとして恥ずかしいよ」
「うるさい、俺たちのことは放って行けばいいだろ」
「今にも襲われそうな保を置いていけるわけないでしょ」

 いつも助け船を出してくれるのは眞宙くんだ。
 怜くんと同じ、ゲームの攻略キャラであり、ぼくのもう一人の幼なじみ。
 佐倉さくら 眞宙まひろ、通称、眞宙様。
 生徒会役員で、今は会計補佐を務めている。まだ一年生だからね。ちなみに次期生徒会長の怜くんは生徒会副会長で、ぼくは書記補佐。
 眞宙くんも怜くんに負けず劣らず容姿端麗だ。
 柔らかなワインレッドの髪に、目はどこか妖艶な雰囲気がある桃花眼で、瞳の色は赤よりの茶色。光の加減によっては、夕焼けのようなオレンジ色を見せることもあった。
 いつも柔らかな笑みを絶やさず、誰に対しても人当たりがいいことから、怜くんと学園の人気を二分している。
 そんな眞宙くんは、呆れ半分で怜くんを睨みつけていた。
 あれ? いつの間にか一触即発の雰囲気になってる!?

「怜くん、ごめんね! 次からは気を付けるから!」
「はぁ……保も、甘やかさなくていいよ」

 咄嗟に怜くんに抱き付くと、険悪な空気は霧散した。
 よかった……ぼくのせいで、二人がケンカして欲しくない。
 ほっとすると、制服越しに怜くんの体温が伝わってくるのを自覚する。
 少し冷たい手の平とは違い、密着した体は温かかった。
 意識すると頭が沸騰しそうになって、慌てて手を放す。

「なんだ、もういいのか?」

 頬を指で撫でられる。
 何となく、声に妖艶な響きがあった。
 これはあれだよね、やっと放したかってことだよね!?
 ちらりと見上げれば、息が届く距離に怜くんの綺麗な顔があった。
 想像以上の近さに、離れようとして背中が壁に当たる。
 あああっ、壁際に追い込まれたままだった!?
 パニクるぼくを尻目に、怜くんが眞宙くんへ振り返る。

「これで煽られるなっていうほうが無理だろ」
「……保は、もっと意識しようね」
「えっ、無理!」

 これ以上、怜くんを意識したら死んじゃうよ!?

「そういう意味じゃなくて……もう、どうして僕の幼なじみはこうなんだろう……」

 眞宙くんがどこか疲れた表情で遠くを見る。
 あれっ!? 怜くんだけじゃなく、眞宙くんのヘイトまで稼いじゃった!?

 その夜。

〈もしもし、保さん?〉
「市くん? 珍しいね、市くんから電話なんて」

 高等部と中等部では校舎が分かれているので、学園内で顔を合わせる機会は限られた。
 それに全寮制の高等部とは違い、中等部は通学する生徒がほとんどなので、市くんと前に会ったのは、名法院のお屋敷でだ。

「聞いたよ、バスケ凄かったんだってね」
〈ありがとうございます。それなんですが、どうして保さんが知ってるんですか?〉
「市くんは高等部でも人気なんだ。だから噂が耳に入ってくるんだよ」
〈なるほど。……できれば、今後は内密にお願いします〉
「どうして?」
〈今日の放課後、兄に体育館へ呼び出されまして〉
「怜くんに?」
〈スリーポイントシュートを見せろと、百本ほど投げさせられました〉
「百本!? 何で!?」
〈理由は見当がついています。いいですか、保さん。兄はああ見えて独占欲が強いんです〉

 うん、知ってる。
 ゲームの終盤、今までの塩対応が実は照れ隠しだとわかった後、すっごくデレるから!
 デレのターンに入ると、ゲーム主人公を抱き締めて離さない勢いで、独占欲を露わにするんだ。
 その序盤とのギャップがもうね……!

〈今後は、兄の前で自分の名前は出さないでください〉

 市くんからのお願いに、一瞬で頭が冷える。
 これが、電話の本題であることは明白だった。
 どうしてすぐに気付かなかったんだろう。

「市くん、ごめん……勝手に噂されて、気分良くないよね……」
〈いや、あの! 怒ってるわけではなくて!〉
「ううん、ぼくも軽率だったよ」
〈違うんですっ。あぁもう、全部兄さんのせいだ……!〉
「怜くんは何も……あ、シュート百本は流石に酷いよね」
〈そうです、酷いのは兄さんです! えっと、噂自体はいいんです〉
「市くんの名前を出さなければいいんだよね。わかった」
〈はい、お願いします〉

 最後におやすみなさいを言って、電話を切る。
 あぁー、やっちゃったぁー……。
 ぼふんっと、ベッドに背中を預ける。
 市くんまで嫌な気分にさせちゃった。
 怜くんが市くんのところにまで行ったのは意外だけど……怜くんも弟の格好良い姿を見たくなったのかな? 表には出さないけど、怜くんは市くんのこと凄く大事にしてるし。
 となると、軽々しくぼくが噂話を口にしたのも良く思ってないよね。

 ――ゲーム主人公くんが編入してくるまで、あと三か月。

 考えようによっては、順調だとも言える。
 性悪でいるのって、案外難しい。
 でもゲームのぼくは、周囲から嫌われても怜くんへの愛を貫き通した。
 プレイヤーとしてはいけ好かないキャラだったけど、そのメンタルの強さだけは見習いたいかな!
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