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北の森を抜ける前、勇者パーティーの移動経路を予想していた。
東から大森林沿いに北上し、カネフォラ王国へ帰還するだろうという予想は見事に当たり、運悪く鉢合わせしてしまったようだ。
一触即発。
緊張した空気に体が固くなるのを感じた。
そんな中、勇者パーティーの後方で、黒髪の女の子が魔法を放とうとしているのを見る。
「お願い! 使わせないで!」
咄嗟に叫んでいた。
彼女に力を貸さないで!
ぼくの叫びは、彼女の元にいた精霊に届く。
魔法が不発に終わったことに、黒髪の女の子は目を見開いた。
「きみっ、無事だったのか!」
ぼくに気付いた勇者が嬉しそうに声を上げる。
心配されるいわれはないんだけど……。
しかしぼくがガルに抱えられているのを見て、雰囲気が変わった。
「その子を、離せぇぇえええええ!」
勇者が、怒号と共に剣を振り上げる。
「いけません! 勇者の攻撃は距離があっても届きます!」
「うおおおっ!?」
見えない刃がガルの足を襲う。
鱗で覆われたドラゴン形態のディンブラをも傷つけた刃が。
ガルが体勢を崩す。
刃が、ガルの両足を奪った。
「ガル!?」
――かに見えた。
寸でのところで、ガルが刃をかわす。
これには黒髪の女の子の次に、勇者が愕然とした。
「おおっ、あっぶねぇ!!!」
「ガル、刃が見えるの?」
「見えるわけねぇだろ。勘だよ、勘。それより、坊主! お前がそこにいたらディンブラが動けねぇ!」
ガルはぼくを抱えたまま後ろに下がりながら、ディンブラの傍で怯えているスオーロを呼ぶ。
けど耳を伏せ、尻尾を丸めたスオーロは、体が竦んで動けないようだった。
そんなスオーロの体に、ディンブラの大きな尻尾が巻きつく。
ディンブラはチラリとガルの位置を確認すると、尻尾でスオーロを投げた。
「おおっと」
ガルが片手でスオーロを受けとめる。
スオーロはわたわたとガルの太い首に抱き付いた。全身がもふもふしているから、ガルが首に毛皮を巻いているようにも見える。
「俺たちは引くか?」
「ディンブラを置いてはいけないよ」
スオーロを守る必要がなくなったディンブラは、ぼくたちに攻撃がいかないよう勇者とその隣にいる甲冑の女の子に睨みを利かせていた。
後方では黒髪の女の子が魔法を使おうとするけど、全て不発に終わっている。
獣人の女の子だけは、ぼくやルフナの姿を見て戸惑っているようだった。エルフとは交流があるからだろう。ルフナは担当じゃないけど、別の「移り人」が獣人のツッケロ部族連合に、薬を卸しているとも聞いている。
「リゼ様、人間が徒歩でこのあたりを移動しているとは考えられません。近くに馬車を停めているはずです」
「馬車を壊せば、足留めができるね。わかった!」
トレントの集落近くの川で遭遇してから、勇者パーティーは大森林沿いに北西に向かって移動してきたはずだ。
大体のあたりをつけて、精霊さんにお願いする。
するとすぐ近くの岩場の影に、馬車があることがわかった。
「荷台を燃やして!」
精霊さんが行動を起こしてくれるまでの間、ルフナも弓矢をかまえて時間を稼ぐ。
ディンブラは勇者と甲冑の女の子二人を相手取りながらも、遅れを見せない。
そして遂に、馬車の荷台から炎が上がる。
最初に気付いたのは、獣人の女の子だった。
「ヤバいミャ! 馬車が燃えてるミャ!」
勇者パーティーの気が逸れた隙を狙って、ディンブラが尻尾で甲冑の女の子を弾き飛ばす。
「ディンブラ、逃げますよ!」
「あいわかった!」
跳躍し、ディンブラが勇者パーティーから離れるのを見るなり、ガルとルフナも走り出す。
「大森林へ入りましょう!」
「了解だ!」
そのまま来た道を戻るのではなく、大森林へ進路を変える。
大森林に入ったほうが、ぼくたちには有利だからだ。
甲冑の女の子だけは追いかけてきたけど、すぐに距離が開いて諦めた。重い甲冑を着て、長距離を走るのは無理だろう。
視界に入る木の本数が増えてきたところで、ガルが速度を落とす。
「もう大丈夫そうだな」
「獣人の子なら追いついたかもしれませんが、真っ先に馬車へ向かっていましたからね。馬で我々のあとを追うにしても、森の中では馬も自由に走れません」
「森でエルフに敵う奴はいないしな」
一先ず危機は脱せたようで、ぼくは脱力した。
背中をガルに預け、目の前のスオーロを窺う。
「スオーロも大丈夫だった?」
「ご、ごめんなさいぃぃ」
自分のせいだとわかっているのか、キューンと鳴きながらスオーロはガルの首に巻きつく。
「一人でもやってやろうっていう気概はいいけどよ、勇気と無謀を間違えるんじゃ……待て待て、首が絞まっ、ぐえっ」
勢い余って喉仏を絞められたガルは、スオーロの首根っこを掴んで放した。
ぼくと反対側の腕に収められる。
「このまま森の中を北西に進み、再度北の森を抜けてコボルトの村へ戻りましょう。スオーロも、いいですね?」
「うん……」
勇者パーティーと遭遇したときのことを思いだしたのか、スオーロは尻尾を足の間に挟む。
伏せる耳に頭を撫でようとしたら、ビクッと肩を弾ませられた。
「あ、首元のほうが、落ち着く……」
「こっちのほうがいいんだね」
スオーロは頭より首を掻かれるのが好きらしい。
わしゃわしゃと撫でると、強張っていた体が弛緩していく。
気持ち良さそうな姿に目を細めれば、ガルが額をぼくの頭に擦りつけてきた。
「リゼ、あんま甘やかすなよ」
ガルの言葉に視線を移すと、ルフナもディンブラもどこか物欲しそうな目でぼくを見ていた。
ぼくはそってスオーロから手を離す。
「う?」
けどスオーロが、もっとと離した手に頭を擦りつけてくる。
うん、ちょっとお兄さんたちの視線が怖いから、このへんにしておこうね。
東から大森林沿いに北上し、カネフォラ王国へ帰還するだろうという予想は見事に当たり、運悪く鉢合わせしてしまったようだ。
一触即発。
緊張した空気に体が固くなるのを感じた。
そんな中、勇者パーティーの後方で、黒髪の女の子が魔法を放とうとしているのを見る。
「お願い! 使わせないで!」
咄嗟に叫んでいた。
彼女に力を貸さないで!
ぼくの叫びは、彼女の元にいた精霊に届く。
魔法が不発に終わったことに、黒髪の女の子は目を見開いた。
「きみっ、無事だったのか!」
ぼくに気付いた勇者が嬉しそうに声を上げる。
心配されるいわれはないんだけど……。
しかしぼくがガルに抱えられているのを見て、雰囲気が変わった。
「その子を、離せぇぇえええええ!」
勇者が、怒号と共に剣を振り上げる。
「いけません! 勇者の攻撃は距離があっても届きます!」
「うおおおっ!?」
見えない刃がガルの足を襲う。
鱗で覆われたドラゴン形態のディンブラをも傷つけた刃が。
ガルが体勢を崩す。
刃が、ガルの両足を奪った。
「ガル!?」
――かに見えた。
寸でのところで、ガルが刃をかわす。
これには黒髪の女の子の次に、勇者が愕然とした。
「おおっ、あっぶねぇ!!!」
「ガル、刃が見えるの?」
「見えるわけねぇだろ。勘だよ、勘。それより、坊主! お前がそこにいたらディンブラが動けねぇ!」
ガルはぼくを抱えたまま後ろに下がりながら、ディンブラの傍で怯えているスオーロを呼ぶ。
けど耳を伏せ、尻尾を丸めたスオーロは、体が竦んで動けないようだった。
そんなスオーロの体に、ディンブラの大きな尻尾が巻きつく。
ディンブラはチラリとガルの位置を確認すると、尻尾でスオーロを投げた。
「おおっと」
ガルが片手でスオーロを受けとめる。
スオーロはわたわたとガルの太い首に抱き付いた。全身がもふもふしているから、ガルが首に毛皮を巻いているようにも見える。
「俺たちは引くか?」
「ディンブラを置いてはいけないよ」
スオーロを守る必要がなくなったディンブラは、ぼくたちに攻撃がいかないよう勇者とその隣にいる甲冑の女の子に睨みを利かせていた。
後方では黒髪の女の子が魔法を使おうとするけど、全て不発に終わっている。
獣人の女の子だけは、ぼくやルフナの姿を見て戸惑っているようだった。エルフとは交流があるからだろう。ルフナは担当じゃないけど、別の「移り人」が獣人のツッケロ部族連合に、薬を卸しているとも聞いている。
「リゼ様、人間が徒歩でこのあたりを移動しているとは考えられません。近くに馬車を停めているはずです」
「馬車を壊せば、足留めができるね。わかった!」
トレントの集落近くの川で遭遇してから、勇者パーティーは大森林沿いに北西に向かって移動してきたはずだ。
大体のあたりをつけて、精霊さんにお願いする。
するとすぐ近くの岩場の影に、馬車があることがわかった。
「荷台を燃やして!」
精霊さんが行動を起こしてくれるまでの間、ルフナも弓矢をかまえて時間を稼ぐ。
ディンブラは勇者と甲冑の女の子二人を相手取りながらも、遅れを見せない。
そして遂に、馬車の荷台から炎が上がる。
最初に気付いたのは、獣人の女の子だった。
「ヤバいミャ! 馬車が燃えてるミャ!」
勇者パーティーの気が逸れた隙を狙って、ディンブラが尻尾で甲冑の女の子を弾き飛ばす。
「ディンブラ、逃げますよ!」
「あいわかった!」
跳躍し、ディンブラが勇者パーティーから離れるのを見るなり、ガルとルフナも走り出す。
「大森林へ入りましょう!」
「了解だ!」
そのまま来た道を戻るのではなく、大森林へ進路を変える。
大森林に入ったほうが、ぼくたちには有利だからだ。
甲冑の女の子だけは追いかけてきたけど、すぐに距離が開いて諦めた。重い甲冑を着て、長距離を走るのは無理だろう。
視界に入る木の本数が増えてきたところで、ガルが速度を落とす。
「もう大丈夫そうだな」
「獣人の子なら追いついたかもしれませんが、真っ先に馬車へ向かっていましたからね。馬で我々のあとを追うにしても、森の中では馬も自由に走れません」
「森でエルフに敵う奴はいないしな」
一先ず危機は脱せたようで、ぼくは脱力した。
背中をガルに預け、目の前のスオーロを窺う。
「スオーロも大丈夫だった?」
「ご、ごめんなさいぃぃ」
自分のせいだとわかっているのか、キューンと鳴きながらスオーロはガルの首に巻きつく。
「一人でもやってやろうっていう気概はいいけどよ、勇気と無謀を間違えるんじゃ……待て待て、首が絞まっ、ぐえっ」
勢い余って喉仏を絞められたガルは、スオーロの首根っこを掴んで放した。
ぼくと反対側の腕に収められる。
「このまま森の中を北西に進み、再度北の森を抜けてコボルトの村へ戻りましょう。スオーロも、いいですね?」
「うん……」
勇者パーティーと遭遇したときのことを思いだしたのか、スオーロは尻尾を足の間に挟む。
伏せる耳に頭を撫でようとしたら、ビクッと肩を弾ませられた。
「あ、首元のほうが、落ち着く……」
「こっちのほうがいいんだね」
スオーロは頭より首を掻かれるのが好きらしい。
わしゃわしゃと撫でると、強張っていた体が弛緩していく。
気持ち良さそうな姿に目を細めれば、ガルが額をぼくの頭に擦りつけてきた。
「リゼ、あんま甘やかすなよ」
ガルの言葉に視線を移すと、ルフナもディンブラもどこか物欲しそうな目でぼくを見ていた。
ぼくはそってスオーロから手を離す。
「う?」
けどスオーロが、もっとと離した手に頭を擦りつけてくる。
うん、ちょっとお兄さんたちの視線が怖いから、このへんにしておこうね。
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