ぼく、魔王になります

楢山幕府

文字の大きさ
上 下
41 / 61
本文

039

しおりを挟む
 北の森を抜ける前、勇者パーティーの移動経路を予想していた。
 東から大森林沿いに北上し、カネフォラ王国へ帰還するだろうという予想は見事に当たり、運悪く鉢合わせしてしまったようだ。
 一触即発。
 緊張した空気に体が固くなるのを感じた。
 そんな中、勇者パーティーの後方で、黒髪の女の子が魔法を放とうとしているのを見る。

「お願い! 使わせないで!」

 咄嗟に叫んでいた。
 彼女に力を貸さないで!
 ぼくの叫びは、彼女の元にいた精霊に届く。
 魔法が不発に終わったことに、黒髪の女の子は目を見開いた。

「きみっ、無事だったのか!」

 ぼくに気付いた勇者が嬉しそうに声を上げる。
 心配されるいわれはないんだけど……。
 しかしぼくがガルに抱えられているのを見て、雰囲気が変わった。

「その子を、離せぇぇえええええ!」

 勇者が、怒号と共に剣を振り上げる。

「いけません! 勇者の攻撃は距離があっても届きます!」
「うおおおっ!?」

 見えない刃がガルの足を襲う。
 鱗で覆われたドラゴン形態のディンブラをも傷つけた刃が。
 ガルが体勢を崩す。
 刃が、ガルの両足を奪った。

「ガル!?」

 ――かに見えた。
 寸でのところで、ガルが刃をかわす。
 これには黒髪の女の子の次に、勇者が愕然とした。

「おおっ、あっぶねぇ!!!」
「ガル、刃が見えるの?」
「見えるわけねぇだろ。勘だよ、勘。それより、坊主! お前がそこにいたらディンブラが動けねぇ!」

 ガルはぼくを抱えたまま後ろに下がりながら、ディンブラの傍で怯えているスオーロを呼ぶ。
 けど耳を伏せ、尻尾を丸めたスオーロは、体が竦んで動けないようだった。
 そんなスオーロの体に、ディンブラの大きな尻尾が巻きつく。
 ディンブラはチラリとガルの位置を確認すると、尻尾でスオーロを投げた。

「おおっと」

 ガルが片手でスオーロを受けとめる。
 スオーロはわたわたとガルの太い首に抱き付いた。全身がもふもふしているから、ガルが首に毛皮を巻いているようにも見える。

「俺たちは引くか?」
「ディンブラを置いてはいけないよ」

 スオーロを守る必要がなくなったディンブラは、ぼくたちに攻撃がいかないよう勇者とその隣にいる甲冑の女の子に睨みを利かせていた。
 後方では黒髪の女の子が魔法を使おうとするけど、全て不発に終わっている。
 獣人の女の子だけは、ぼくやルフナの姿を見て戸惑っているようだった。エルフとは交流があるからだろう。ルフナは担当じゃないけど、別の「移り人」が獣人のツッケロ部族連合に、薬を卸しているとも聞いている。

「リゼ様、人間が徒歩でこのあたりを移動しているとは考えられません。近くに馬車を停めているはずです」
「馬車を壊せば、足留めができるね。わかった!」

 トレントの集落近くの川で遭遇してから、勇者パーティーは大森林沿いに北西に向かって移動してきたはずだ。
 大体のあたりをつけて、精霊さんにお願いする。
 するとすぐ近くの岩場の影に、馬車があることがわかった。

「荷台を燃やして!」

 精霊さんが行動を起こしてくれるまでの間、ルフナも弓矢をかまえて時間を稼ぐ。
 ディンブラは勇者と甲冑の女の子二人を相手取りながらも、遅れを見せない。
 そして遂に、馬車の荷台から炎が上がる。
 最初に気付いたのは、獣人の女の子だった。

「ヤバいミャ! 馬車が燃えてるミャ!」

 勇者パーティーの気が逸れた隙を狙って、ディンブラが尻尾で甲冑の女の子を弾き飛ばす。

「ディンブラ、逃げますよ!」
「あいわかった!」

 跳躍し、ディンブラが勇者パーティーから離れるのを見るなり、ガルとルフナも走り出す。

「大森林へ入りましょう!」
「了解だ!」

 そのまま来た道を戻るのではなく、大森林へ進路を変える。
 大森林に入ったほうが、ぼくたちには有利だからだ。
 甲冑の女の子だけは追いかけてきたけど、すぐに距離が開いて諦めた。重い甲冑を着て、長距離を走るのは無理だろう。
 視界に入る木の本数が増えてきたところで、ガルが速度を落とす。

「もう大丈夫そうだな」
「獣人の子なら追いついたかもしれませんが、真っ先に馬車へ向かっていましたからね。馬で我々のあとを追うにしても、森の中では馬も自由に走れません」
「森でエルフに敵う奴はいないしな」

 一先ず危機は脱せたようで、ぼくは脱力した。
 背中をガルに預け、目の前のスオーロを窺う。

「スオーロも大丈夫だった?」
「ご、ごめんなさいぃぃ」

 自分のせいだとわかっているのか、キューンと鳴きながらスオーロはガルの首に巻きつく。

「一人でもやってやろうっていう気概はいいけどよ、勇気と無謀を間違えるんじゃ……待て待て、首が絞まっ、ぐえっ」

 勢い余って喉仏を絞められたガルは、スオーロの首根っこを掴んで放した。
 ぼくと反対側の腕に収められる。

「このまま森の中を北西に進み、再度北の森を抜けてコボルトの村へ戻りましょう。スオーロも、いいですね?」
「うん……」

 勇者パーティーと遭遇したときのことを思いだしたのか、スオーロは尻尾を足の間に挟む。
 伏せる耳に頭を撫でようとしたら、ビクッと肩を弾ませられた。

「あ、首元のほうが、落ち着く……」
「こっちのほうがいいんだね」

 スオーロは頭より首を掻かれるのが好きらしい。
 わしゃわしゃと撫でると、強張っていた体が弛緩していく。
 気持ち良さそうな姿に目を細めれば、ガルが額をぼくの頭に擦りつけてきた。

「リゼ、あんま甘やかすなよ」

 ガルの言葉に視線を移すと、ルフナもディンブラもどこか物欲しそうな目でぼくを見ていた。
 ぼくはそってスオーロから手を離す。

「う?」

 けどスオーロが、もっとと離した手に頭を擦りつけてくる。
 うん、ちょっとお兄さんたちの視線が怖いから、このへんにしておこうね。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...