ぼく、魔王になります

楢山幕府

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 当初の予定通り、ディンブラに索敵をお願いして、ぼくたちは北の森を抜けた。
 ドラゴニュートは同族やドラゴン種の気配はすぐに察知できるみたいで、索敵は簡単そうだった。今のところ脅威になるのは、ドラゴンか勇者ぐらいだからね。
 北の森は乱雑さを感じるものの、道中は平和だった。
 乱雑さの原因は多分ディンブラだ。ところどころで倒木や燃えた木を見つけたから。

「北の森を抜けると空気が軽くなったように感じるね」
「大森林から離れれば離れるほど、魔力が薄くなっていきますから、そのせいでしょう」

 そういえば精霊王様たちも、人間が住む地域は、魔素が少ないから姿を現せないんだっけ。

「単に鬱蒼とした森を抜けたからじゃねぇか?」
「それもあると思うけど」

 葉が生い茂り、木々が空を隠す風景は見られたものだった。
 しかし北の森を進むにつれ、木は密集しなくなり、視界は開けていく。
 視界いっぱいに広がる空を見たのは、生まれてはじめてだ。
 水浴びをした広い川でも、常に木が見えていた。

「知ってはいたけど、実際に目にすると……いつまでも見ていられるね」

 特にぼくはガルに抱えられて運ばれてる立場なので、足元を気にせず空を見続けていられる。

「海もいいですよ」
「ルフナは海も見たことあるんだ?」
「『移り人』になるための試験がそれですから。大森林の南は、海に面しているんですよ」

 海の存在は教えられて知ってるけど、ぼくは行ったことがない。
 大森林は広大だし、色んな魔族や魔獣が住んでいる。
 ぼくの村から海に出るのは大変らしく、海を見たことがある村人も少なかった。

「俺も大森林の最南端までは行ったことねぇな」
「ディンブラは?」
「……是は、巣立ったばかり。空と森しか知らない」
「飛ぶ力を持っていても、ドラゴン種は縄張りから大きく離れませんからね。さて、そろそろコボルトの村が見えてくるはずです」
「小柄な種族なんだよね?」
「はい、リゼ様と同じか、小さいくらいですね」

 生まれてこの方、自分より大きい人にしか会ったことがないから楽しみだ。
 ドライアドのニルギリも背格好が同じくらいになったけど、あの子はずっと浮いてるからね……。

「待ってください、いつもと様子が違います」

 村が見えたところで、ぼくたちは足を止めた。
 ルフナは気付いたけど、初見のぼくには普通の村のように見える。家の高さは全体的に低そう。
 ディンブラがルフナの盾になるように前に出て、ルフナの後ろにぼくを抱えたガルが続く。
 村に近付くと、見張りがすぐルフナに気付いた。

「ルフナ様だ! 村長に知らせろ!」
「ルフナ様、いらっしゃい! 薬はお持ちですか?」

 わふわふと色んな耳の形を持ったコボルトが集まってくる。
 体毛で覆われたコボルトの顔は魔獣に近いけど、ルフナがいうには動物の犬が最も近いみたい。
 それにコボルトには、獣人である犬族の先祖だという説があった。
 獣人の犬族はぼくたちと変わらない見た目だけど、耳と尻尾が毛に覆われたコボルトのとそっくりなんだ。
 ちなみにぼくは聞いて知ってるだけで、動物の犬にも犬族にも会ったことがない。
 そうこうしていると、杖をついて、長く白い口ヒゲを垂らした村長がルフナを迎える。

「ルフナ様、よくおいでくださった……お連れの方も、一緒にどうぞ儂の家までお越しくだされ」

 村では、布を巻いたケガ人が目立っていた。薬を欲しがったのも頷けるくらいに。
 雰囲気も全体的に暗い。
 村長の家に着くと、ぼくはガルから降り、ガルが家の中へ屈んで入るのを手伝う。入口を壊さないように入るのは大変だった。

「おお、すまんのう。いつもなら客人は別の大きな家に案内するんじゃが、今はケガ人の収容場所になっておってのう」
「外でも見かけましたが、まだいるんですか?」
「いかにも。重症の者は、大きな家に寝かせておるんじゃ」
「何があったんですか?」
「話せば長いのじゃが……」

 ケガ人の多さが異常だった。
 ぼくたちを代表してルフナが質問し、村長が答える。

「はじまりは、北の森から逃げてきた魔獣じゃった。どうやらドラゴンが北の森に居を構えたらしくての」

 ディンブラのことだろう。
 ドラゴンが居着いたことで、怯えた魔獣が北の森から逃げ、その一部がコボルトの村を襲ったらしい。

「といっても、北の森の魔獣は全て見知っておる。数は多かったが、村だけで対応できたのじゃ。ケガ人も出るには出たが、みな軽傷じゃった。問題はそのあとに来た」

 「来た」という村長の言葉は、比喩じゃなかった。

「東から大きなケガを負ったコボルトの難民がやって来たのじゃ。村にいるケガ人はみな、村外の者たちじゃよ」
「東の村で何があったんですか?」
「人間じゃ。強い人間の一団が突然やって来て、村を襲ったという。コボルトの村だけじゃない、ゴブリンの村は全滅させられたそうじゃ」
「おとぎ話の勇者みてぇだな」

 ガルが呟く。連想したのは、みんな一緒だった。

「いかにも。儂も勇者の一団であったと考えておる。どうやら最近新しい勇者が召喚されたようなのじゃ」
「はい、新しい勇者のことは私も知っています」
「おお、やはりか! 勇者は、魔族の村を潰す。その災厄が、東で起こったようじゃ」

 東、と聞いて、ディンブラを見る。
 ディンブラがいたのも東だった。関連はあるんだろうか?

「そこでルフナ様には、折り入って頼みがあるのじゃ」

 村長は言葉を切ると、床に頭を着いた。

「どうか、どうか手持ちの薬をわけてもらえんじゃろうか」
「頭を上げてください。もちろん、わけさせていただきます」
「おお、おお……! ありがたい!」

 村長はルフナの答えに涙を浮かべた。
 それほど状況は逼迫していたようだ。

「ぼくも手伝えることがあれば手伝うよ」
「なんと!?」

 高品質な薬を作るには専用の器具が必要だけど、品質にこだわらないなら、薬草さえあれば作れる。
 ぼくの申し出に、村長はピンッと尻尾を立てた。

「ありがたや、ありがたや。やはりエルフ様は精霊様の申し子ですじゃ……」
「拝むのはちょっと」

 立った尻尾から力が抜けると、手を合わせて拝まれる。
 ふぁさふぁさ揺れる尻尾に、どうしても目がいった。

「リゼ様、私は重傷者の確認を済ませて、国境にある人間の街へ行こうと思います」
「勇者の情報を集めに?」
「それもありますが、行商用に持って来たのは高品質の薬ばかりです。この村で使う分以外は街で換金して、低品質なものを買ったほうが、早く数を揃えられるかと。今後、村にとっては低品質のほうが有用でしょう」
「そっか……一人で行くんだよね?」
「はい。ここから街までは通い慣れていますから、心配は要りませんよ」
「北の森から逃げ出した魔獣も一段落しておる。気を付けるのは人間じゃが、エルフのルフナ様なら問題ないじゃろう」

 元々カネフォラ王国の国境付近は、王国軍が巡回をしているから魔獣も盗賊も少ないみたい。
 なら、安心かな?
 規定ルートで旅をする分には、平和だって前にも言ってたし。

「じゃあルフナが戻って来るまで、ぼくたちは村を手伝ってるね」
「おお、ありがたや、ありがたや」
「だから拝まなくていいよ」

 翌日、ルフナは国境の街へと一人旅立ち、ぼくとガル、ディンブラは、ルフナが戻るまでコボルトの村に滞在することになった。
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