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本編

称号の行方

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「私にとっても他人事ではありません。『神子の守り人』は、聖王が務めることになっているんでしょう? エヴァルドはその称号も、ヴィルフレードに継がせるつもりですか?」
「まさか! ただ聖王の地位なら、称号の通りいつでもヴィルフレードに渡せると思ったのだ」

 称号は神から与えられるものだが、職業は違う。
 一般の住人だって、転職しようと思えばできるのだから。
 そこに、気付きがあった。

「……そうですね、エヴァルドの言う通り、職業にこだわる必要はないのかもしれません」

 エヴァルドの称号も「神子の婚約者」に変わっている。
 ヴィルフレードが聖王を継ぐからといって、エヴァルドが死ぬとは限らない。
 退位した先代聖王だって、まだ生きている。
 エヴァルドの命が狙われたのは、あくまで称号が目当てだった。
 まだ展望はある。
 希望が見えたことで、緊張で冷えた指先に温もりが戻った。
 ヴィルフレードも納得したようで、落ち着き、神妙に頷く。

「エヴァルドが聖王を辞する何かがある、という意味にしか過ぎないのですか」
「真意は――」

 エヴァルドが言いたいことを察し、イリアは言葉を引き継いだ。

「神のみぞ知る、ですね。万神殿でクレアーレ神に確認しましょう」
「頼めるか?」
「えぇ、私も気になりますから。それまで、エヴァルドは私の傍から離れないでくださいね」

 まず自分が守れば、エヴァルドに危険はない。
 そう思っての言葉だったけれど。

「元からそのつもりだが?」

 腰を抱き寄せられ、慌てる。

「ちがっ、そういう意味じゃありませんから!」
「聖王、不敬が過ぎます」

 求められているのがわかって頬が熱くなるが、エヴァルドの態度に、ヴィルフレードが眉根を寄せた。
 適切な距離を保つよう言うヴィルフレードに対し、エヴァルドは鼻で笑う。

「余は『神子の婚約者』だぞ」
「……何ですって?」
「余の称号も変わっている。今は『神子の婚約者』だ」

 何度も「婚約者」を強調する。
 それはもう心底嬉しそうに。
 もしかしたら先ほどのイリアの告白を、思いだしているのかもしれない。
 改められると、気恥ずかしさから居たたまれなくなる。
 思い返せば、誰かに婚約者だと告げるのは、これがはじめてだ。

「イリア様、本当ですか」
「は、はい……」

 結婚の申し出によって、一方的に婚約してしまった後ろめたさから声が尻すぼみになる。
 エヴァルドは最初から喜んでくれているが。
 イリアが認めたことで、ヴィルフレードは顔を手で覆い、溜息をつく。
 その感情の矛先は、エヴァルドへ向かった。

「おめでとうございます。ですが、そういうことは早く言ってください!」
「先に片付けるべきことがあっただろう?」
「仰る通り、大神殿の浄化は必要不可欠ですが! 僕の称号が変わったのも、同じタイミングだったかも知れないでしょう!?」

 あっ、とイリアが声を漏らす。
 ヴィルフレードの称号を確認した状況が状況だったために、エヴァルドに危機が迫っていると思い込んでいた。
 けれどエヴァルドが「守り人」から「婚約者」に変わったのと同時に、ヴィルフレードの称号も変わっていたのかもしれない。

「私と結婚することで、エヴァルドが聖王でなくなる……?」
「ふむ、次代のことを考えれば、いずれヴィルフレードか、親族の誰かに譲位することになるだろうな」

 遅かれ早かれ、エヴァルドは聖王でなくなるということだ。
 示された可能性に、ヴィルフレードが安心した顔を見せる。

「僕たちが想像している以上に、称号の変化は慶事なのかもしれません」
「すみません、私が早とちりしたばっかりに」
「何を仰います。イリア様はエヴァルドのことを考えてくださっただけでしょう」

 しかし結果的にヴィルフレードにまで気を揉ませてしまった。
 肩を落としていると、エヴァルドに頭を撫でられる。

「どちらにせよ、神のご意思を確認できるのはイリアだけだ」
「はい。安全が確保されるまでは、私がエヴァルドを守ります!」
「余がそなたの守り人なのだが」
「今は婚約者ですから!」

 それに大事な人を守るのに立場は関係ないでしょう、と続ければエヴァルドは破顔した。
 ヴィルフレードの前でキスされそうになって、咄嗟に避ける。

「エヴァルド、人前ですから」
「さっきも人前だっただろう」

 言い合っていると、真っ先にヴィルフレードが両手を挙げた。

「わかりました、邪魔者は退室します。ファビオも行きますよ」
「え、あ、はいっ」

 転移からずっとフリーズしていたファビオが、ようやく再起動する。
 ご丁寧にホワイティも連れて、部屋から出ていってくれた。

 静かになったらなったで、今度は妙にエヴァルドを意識してしまう。
 顔を見られなくて視線を外すと、額にキスが落とされた。

「イリア、愛してる」
「わ、私も……んっ」

 唇を啄まれ、自然と息が上がる。
 はぁ、と熱を吐き出せば、手を引いてベッドへ連れていかれた。

「余は、世界一の幸せ者だ」

 そっと押し倒され、覆い被さってくるエヴァルドを仰ぐ。
 視界に影が下りるが、黒い瞳が赤く染まるのをイリアは見逃さなかった。
 けれど。

「ちょっと待ってください」
「待てぬ」
「待ってください! ロンド帝国の第三王女について教えてください」
「……急にどうした?」

 エヴァルドの婚約者候補についてだが、当人は話の流れがわからないようで首を傾げる。
 しかしイリアは確認しておかなければならない。

「あなたの婚約者候補だと聞きました。でもヴィルフレードに王位を譲るなら……」
「余の婚約者はイリアだけだ。他を娶るつもりは毛頭ない。誰だ? ファビオから聞いたのか?」
「はい、彼は私たちの関係を知りませんから」
「余計なことを……ロンド帝国が押し付けようとしてるだけで、元々応えるつもりのない話だ」
「そうだったんですね」

 婚約者候補がいるなら、しっかり話し合わなくてはと思っていた。
 けれど取り越し苦労だったことがわかり、ほっと息をつく。
 エヴァルドは話が終わったとばかりに、その吐息ごとイリアの唇を奪った。
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