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本編

神子は告白する

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「イリア、どうしてここに? ヴィルフレードはどうした」
「あなたが心配で置いてきました。それよりケガは大丈夫なんですか!?」

 自分たち以外は動けないのを確認して、エヴァルドの傷を窺う。
 フラつく様子に、心配が募った。

「これは全て返り血だ。まっすぐ立てないのは、そなたの威圧の余韻だ」
「でも攻撃されていたんじゃ……」
「打撲ぐらいだろう」
「だったら、それを治しましょう!」

 スキル【治癒】を使う。
 すぐさま、ほのかな光がエヴァルドの全身を覆った。
 ステータスのHPが完全回復しているのを見て、ほっと胸をなで下ろす。

「イリア、このような神子の奇跡を簡単に使うのではない」
「奇跡ではなく、スキルです。エヴァルドだって使えるじゃないですか」

 【治癒】は、神官や僧侶といった職業に就けば、誰でも習得できる。
 神官たちのトップである聖王なら、神子と同等の【高位治癒】だって使えた。

「そうなのか? そなたが使うと、何でも奇跡に見えてしまうな」
「神子のイメージで、過大解釈し過ぎです。ところで、心配はいらないって言いましたよね!?」

 無事に傷も癒えたので、エヴァルドに食ってかかる。
 ステータスを確認する限り、呪いなどの状態異常もなく、とりあえず生命の危機からは脱したはずだ。

「うむ。相手は最高ランクの殺し屋を用意していたが、余も対策をしていたからな。この程度なら十分やり返せる」

 床に視線を移せば、エヴァルドを守っていたであろう護衛官たちの姿があった。
 ステータスを見れば無事であることはわかるが、【威圧】を受けて起き上がれないでいる。
 順次解放すると、起き上がった護衛官たちが、身動きの取れない敵を捕縛していく。

「これで一番厄介だった狸爺を捕まえられた。大神殿の浄化も進むだろう」

 高ランクの殺し屋を雇うにはコネが必要だ。
 今回は準備期間が短かったのもあり、反対勢力も証拠を消し切れていないどころか、致命的な証拠はヴィルフレードが先に押さえているという。
 聖王を狙ったことで、汚職どころではなく国家反逆罪に問えるらしい。

「それはいいですが、少しは反省してください! 私がどれだけ心配したと」

 思っているんですか! と、最後まで言い切る前に抱き締められる。
 伝わってくるエヴァルドの体温に、強張っていた体からやっと力が抜けた。

「もしあなたがいなくなったらと、凄く怖かったんですよ?」
「すまなかった。二度目はないはずだ」

 聖王が囮になるなど、本来あってはならない。

「狸爺が【鑑定】のスキル持ちだったため、影武者さえ使えなかったのだ。早々、狸爺と同レベルの者はおらぬからな」

 スキルの効果は、相手のレベルによって異なる。
 イリアからすれば全員が下だが、政敵である狸爺ことゴード卿は、エヴァルドよりもレベルが高い。
 ゴード卿より高いレベルの影武者もおらず、今回はエヴァルドが赴くしかなかったという。

「しかし戦闘となれば、余のほうが上だ。これでも歴代聖王の中では、一番武力を有している」

 警吏総監を目指していただけあり、エヴァルドは武術に覚えがあった。
 オラトリオでは中性的な容姿が好まれるため、歴代の聖王もそれに倣い、体型が変わるほど鍛えることはなかったようだ。
 けれど称号「神子の守り人」を得たエヴァルドは、自分の容姿でもいいのだと自信を持ち、今に至る。

「本当に不安はなかったのだ。そなたに心配されるのは嬉しいがな」

 腕の中で見上げたエヴァルドの瞳が黒いことからも、彼がずっと冷静だったのがわかった。
 自分に向けられた表情は、とろけるように甘いが。
 しばらく見つめていると、自然とキスが降ってくる。

「ん、でも……相手だって奥の手を用意していたかもしれません」
「うむ、あり得ない話ではない。少し気になることもある。妄言だったらいいが、さっさとこのような場所からは退散しよう」

 早くそなたとベッドに入りたいしな、と続けて言われ、頬が熱くなる。

「どうして、すぐ、そう……」
「盛るのか? イリアを愛せるなら、誰だってこうなるだろう」

 言うなり耳を食まれて、転移前とは違う震えが背中に走った。
 腰に押し付けられる熱も、硬くなっているように感じる。
 ここで流されてはいけない。
 エヴァルドの「愛せる」という言葉に、イリアも伝えなければならないと思った。
 自覚し、自負した胸の内を。

「エヴァルド、あなたに言いたいことがあるんです」
「何だ?」

 エヴァルドの胸に手を置き、少しだけ距離を取る。
 しっかり顔を会わせて言いたかった。
 照れが走って口が上手く動かせないものの、闇色の瞳から目を離さない。

「あなたを、愛しています」

 ずっと、ずっと思いはあったのに。
 神子という立場を受け入れるのに精一杯で、覚悟を決められずにいた。

 この世界で生きるということ。

 GMではなく、ファンタジアの住人として生きること。
 仮想空間ではない、ここが現実なんだと。
 エヴァルドへの気持ちを通して、やっと自分の一部にすることができた。

 私は、私。

 自分の意思で行動し、生きていいのだと、生きていくのだと……実感を持てた。
 だから私は、私らしく生きる。

「こんな個人的な感情で動く神子を……エヴァルドは幻滅しますか?」

 きっと彼の理想は違う。
 綺麗なものだけを見せたがったエヴァルド。
 けれど本当の自分は、これほど利己的で、とても綺麗なだけの生きものとは言えない。
 呆れられるだろうか。
 心臓が痛くなるほど縮まっていくの感じる。
 でも引けなかった。
 本当の自分を見て欲しかったから。

 黒蜜のような瞳が眼前に迫る。
 決意を込めた告白は、口付けによって答えられた。
 下唇を吸われた甘い痺れに、吐息が漏れる。

「余も、イリアを愛している」

 額を合わせたまま紡がれた言葉に、胸がいっぱいになった。
 愛する人がいる。
 この人がいるなら、どこででも自分は生きていけるだろう。
 そう心から思った。

 なのに。

「どういうことですか?」
「イリア様?」

 屋敷に戻り、ヴィルフレードの称号を確認して愕然とする。
 彼の称号は「聖王を継ぐ者」から変化していなかった。

(まだエヴァルドに命の危険が?)

「イリア、どうした?」

 呆然とするイリアを、心配げにエヴァルドが覗き込む。
 近くに立つヴィルフレードも、自分が何かしでかしたのかと顔を青くさせていた。

「確認なんですが、称号を与えるのはクレアーレ神ですか?」
「そうだ、創造の神クレアーレが称号を授ける。もしかしてヴィルフレードの称号も変化しているのか?」

 オラトリオでは成人の折に【鑑定】を受けて、みな一度は称号を含めた自分のステータスを知る。
 任意で転職などができる「ソトビト」と違い、ファンタジアの住人は、成人すれば大体のスキルが固定されるからだ。
 レベルの上昇で、下位スキルが上位スキルに変化しても、それは現れた効果で確認できる。
 エヴァルドやヴィルフレードほどの高いレベルになれば、変化があっても能力値が少し伸びるくらいなので、こまめに自分のステータスを確認しない。
 それに加え、自分より高いレベルの者から【鑑定】を受けねばならず、レベルが上がるほど、ステータスは確認しづらい状況があった。

 事実を告げるか悩んだものの、自分だけではどうすることもできず、ヴィルフレードの称号を口にする。

「ヴィルフレードの称号が『聖王を継ぐ者』に変わっています」
「なっ!?」

 驚くヴィルフレードに嘘はない。
 目を見開き、信じられないと体を震わせる。
 予想外にも、聖王当人は苦々しい表情を見せるだけだった。

「狸爺が言っていたのはこれか」

 戦場に現れたゴード卿は、エヴァルドの死を確信し、笑っていたという。
 その証言に、ヴィルフレードが悲鳴のような声を上げる。

「あれは僕の称号が変わったことに気づいていたのですか!?」
「あぁ、だからこそ、重い腰を上げて動く気になったのだろう」

 自分たちの勝利を確信していたから。
 なんてことだと、ヴィルフレードはイリアに縋る。

「イリア様、エヴァルドは僕なんかよりずっと聖王に相応しい人間です! 僕では、新たな施策や改革など、おこなえませんでした!」
「ヴィルフレード、イリアを巻き込むな」

 聖王の進退については、エヴァルドの中で政治扱いらしく、イリアを遠ざけようとする。
 けれどその心遣いに、誰でもないイリアが待ったをかけた。
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