33 / 40
本編
聖王の婚約者候補は――
しおりを挟む
「ハーイ! ハーイ! アクアなのー!」
水しぶきと一緒に現れたペンギンに驚き、半歩身を引く。
「あ、アクア神? まつられている像と姿が違うんですが?」
大神殿の泉前といい、塔にまつられている像は、たおやかな女性の姿だ。
どのアングルから見ても、ペンギンには見えない。
しかも足元に現れたペンギンには黄色いトサカがあり、イワトビペンギンを連想させた。
「あーアレねぇ、あの姿でもいいんだけど疲れちゃうのよー。イリア相手なら威厳とか、そういうの見せる必要ないかなーって」
「クレアーレ神を見たあとで、神に威厳は求めませんけども……」
何せあのショタ神のせいで、自分はここにいるのだ。
ただのコピーであることに安心はしたものの、わだかまりは残っている。
「流石、神子! 話がわかるのー!」
両手を挙げて、短い足でぴょんぴょん跳ねる姿は可愛いらしい。
「と、まぁ、イリアが来てくれたから出てきたんだけど、特に用はないのー!」
「もしかしてエヴァルドとの話が終わるのを待っててくれました?」
「アクアは空気が読める神様なのー!」
えっへん、と胸を張って腕を組むイワトビペンギン。
可愛い。
「またいつでも来てねー! 神様はみんなイリアのことが好きなのー!」
「みんなですか?」
「うん、みんななのー。イリアのことは、みんな知ってるのよー」
仕事としてファンタジアに関わってきたこと。
そして開発に一生懸命取り組んでいたのも、全部知っているという。
「この世界、そして神々が生まれる手伝いをしてくれた人だものー。だからイリアも胸を張るのー!」
うんうん、と頷きながらアクア神は姿を消した。
イリアになる前を、神々は知ってくれている。
その事実に目頭が熱くなった。
たった一人、この世界に連れて来られたと思っていた。
自分だけが異質な存在だと。
けれど改めて神々には認められていると知り。
ファンタジアの開発に携わっていたことへの誇りを思いだした。
プレイヤー以上に、この美しい世界を愛していたことを。
「イリア?」
窺うエヴァルドの声に、顔を上げる。
一瞬で様子が変わったイリアに、彼も神の顕現を察したようだった。
「水の神アクアは何か仰っていたか?」
「いえ、私が来たから顔を見せてくれただけのようです。……でも勇気付けられました」
「それは良かったな」
ほっと嬉しそうにエヴァルドは笑む。
彼にとって神の顕現は、国を揺るがすほどのことだ。
何せこの世界の人々は、神と触れ合う機会がない。あくまで加護を通して、神の存在を知るだけだった。
にもかかわらず、イリア個人のこととして喜んでくれる。
為政者としての姿を見たあとだけに、エヴァルドの心遣いに胸が温かくなった。
◆◆◆◆◆◆
大神殿を出てから、エヴァルドがイリアから離れるときはほとんどない。
でも時折、側近と思しき官僚に呼ばれて席を外すときがあった。
湖からの帰り道、行きでも世話になった屋敷に着いたときも、彼は側近に呼ばれた。
エヴァルドの背を見送りながらも、王兄派が動いたのかと訊きたくなる。
(過干渉はよくないですよね……)
何より政争であるならば、イリアは関わらないほうがいい。
離れた温もりに寂しさを覚えてしまうのは、そこにありもしない壁を感じてしまうからだろうか。
エヴァルドは、聖王だ。
はじめて会ったときを思いだす。
冷めた表情に、威圧的な態度。
のちにエヴァルドは、聖王として必死に取り繕っていたのだと語った。
それを語るエヴァルドの表情は、とても甘くて。
一人の青年である彼を知ってしまった。
だからなのか。
どうしても、聖王であるエヴァルドにも手を伸ばしたくなる。
(いつから自分は、これほど欲張りになってしまったんでしょう)
ソファに身を預け、流れ落ちる白髪を目で追う。
エヴァルドへの気持ちは、もう自分を誤魔化せないほど膨らんでいた。
わからないと嘯きつつ、心の底ではとっくにわかっていたことだ。
ただファンタジアに生きるイリアとして、受け入れられなかっただけで。
だからエヴァルドも、心無い言葉を言われても、気にしなかったのだろう。
気持ちを受け入れられるようになったのは、神々が開発時代の自分も合わせて、認めてくれていると知ったからだろうか。
エヴァルドの第一印象は最悪で、怖かった。
けど情けなく肩を落とした、年相応の姿を見せられた。
彼を受け入れてからは、どんどん甘くなって……思いだすのも面映ゆい。
これがギャップ萌えなのか。
甘い顔を知ってからは、凜々しい姿を見るたびに見惚れてしまいそうになる。
とても本人には言えないけれど。
そして自分はどうあるべきなのか。
神子としてのあり方を考える。
「堂々巡りですね……」
頭と心の求める答えが相反してしまう。
溜息をつきそうになったところで、ファビオが紅茶を淹れてくれた。
「リラックス効果のあるお茶です」
「ありがとう」
香りと温かさにほっとする。
喉を潤すイリアに対し、ファビオは緊張した様子を見せる。
「あの、神子様!」
「どうしました?」
「ぼくでお役に立てることだったら、何でも言ってください! 神子様のためだったら、聖王様にだって諫言いたしますから!」
どうやら心配させてしまったらしい。
大丈夫ですよ、と頭を撫でるものの、ファビオは眉尻を落としたままだ。
「視察に出てからというもの、ほとんどお世話させていただけてませんし……聖王様は、聖王様のことだけすればいいのに」
後半はグチだった。
入浴までエヴァルドが一緒なので、神子の世話係はすることがなく、ファビオは頬を膨らませる。
「神子様もずっと一緒だったら疲れますよね?」
「はは……」
笑って誤魔化すしかない。
疲れるのは大抵、濃い接触のせいで、そんなことをファビオには言えなかった。
「こんなにべったりで、王妃様を迎えられたらどうされるのやら」
エヴァルドの、聖王の婚姻について考えなかったわけじゃない。
けれどファビオの口からそれが出て、イリアの動きが止まる。
「ロンド帝国の第三王女は、嫉妬深いって聞くのに」
「もう相手が決まっているんですか?」
「今のところ、彼女が第一候補だと言われています」
ガンッと頭を殴られたような衝撃を受けた。
第三王女の話なんて一度も聞いたことがない。
目の前が暗くなる。
悩んでいる時間など、なかったのだ。
水しぶきと一緒に現れたペンギンに驚き、半歩身を引く。
「あ、アクア神? まつられている像と姿が違うんですが?」
大神殿の泉前といい、塔にまつられている像は、たおやかな女性の姿だ。
どのアングルから見ても、ペンギンには見えない。
しかも足元に現れたペンギンには黄色いトサカがあり、イワトビペンギンを連想させた。
「あーアレねぇ、あの姿でもいいんだけど疲れちゃうのよー。イリア相手なら威厳とか、そういうの見せる必要ないかなーって」
「クレアーレ神を見たあとで、神に威厳は求めませんけども……」
何せあのショタ神のせいで、自分はここにいるのだ。
ただのコピーであることに安心はしたものの、わだかまりは残っている。
「流石、神子! 話がわかるのー!」
両手を挙げて、短い足でぴょんぴょん跳ねる姿は可愛いらしい。
「と、まぁ、イリアが来てくれたから出てきたんだけど、特に用はないのー!」
「もしかしてエヴァルドとの話が終わるのを待っててくれました?」
「アクアは空気が読める神様なのー!」
えっへん、と胸を張って腕を組むイワトビペンギン。
可愛い。
「またいつでも来てねー! 神様はみんなイリアのことが好きなのー!」
「みんなですか?」
「うん、みんななのー。イリアのことは、みんな知ってるのよー」
仕事としてファンタジアに関わってきたこと。
そして開発に一生懸命取り組んでいたのも、全部知っているという。
「この世界、そして神々が生まれる手伝いをしてくれた人だものー。だからイリアも胸を張るのー!」
うんうん、と頷きながらアクア神は姿を消した。
イリアになる前を、神々は知ってくれている。
その事実に目頭が熱くなった。
たった一人、この世界に連れて来られたと思っていた。
自分だけが異質な存在だと。
けれど改めて神々には認められていると知り。
ファンタジアの開発に携わっていたことへの誇りを思いだした。
プレイヤー以上に、この美しい世界を愛していたことを。
「イリア?」
窺うエヴァルドの声に、顔を上げる。
一瞬で様子が変わったイリアに、彼も神の顕現を察したようだった。
「水の神アクアは何か仰っていたか?」
「いえ、私が来たから顔を見せてくれただけのようです。……でも勇気付けられました」
「それは良かったな」
ほっと嬉しそうにエヴァルドは笑む。
彼にとって神の顕現は、国を揺るがすほどのことだ。
何せこの世界の人々は、神と触れ合う機会がない。あくまで加護を通して、神の存在を知るだけだった。
にもかかわらず、イリア個人のこととして喜んでくれる。
為政者としての姿を見たあとだけに、エヴァルドの心遣いに胸が温かくなった。
◆◆◆◆◆◆
大神殿を出てから、エヴァルドがイリアから離れるときはほとんどない。
でも時折、側近と思しき官僚に呼ばれて席を外すときがあった。
湖からの帰り道、行きでも世話になった屋敷に着いたときも、彼は側近に呼ばれた。
エヴァルドの背を見送りながらも、王兄派が動いたのかと訊きたくなる。
(過干渉はよくないですよね……)
何より政争であるならば、イリアは関わらないほうがいい。
離れた温もりに寂しさを覚えてしまうのは、そこにありもしない壁を感じてしまうからだろうか。
エヴァルドは、聖王だ。
はじめて会ったときを思いだす。
冷めた表情に、威圧的な態度。
のちにエヴァルドは、聖王として必死に取り繕っていたのだと語った。
それを語るエヴァルドの表情は、とても甘くて。
一人の青年である彼を知ってしまった。
だからなのか。
どうしても、聖王であるエヴァルドにも手を伸ばしたくなる。
(いつから自分は、これほど欲張りになってしまったんでしょう)
ソファに身を預け、流れ落ちる白髪を目で追う。
エヴァルドへの気持ちは、もう自分を誤魔化せないほど膨らんでいた。
わからないと嘯きつつ、心の底ではとっくにわかっていたことだ。
ただファンタジアに生きるイリアとして、受け入れられなかっただけで。
だからエヴァルドも、心無い言葉を言われても、気にしなかったのだろう。
気持ちを受け入れられるようになったのは、神々が開発時代の自分も合わせて、認めてくれていると知ったからだろうか。
エヴァルドの第一印象は最悪で、怖かった。
けど情けなく肩を落とした、年相応の姿を見せられた。
彼を受け入れてからは、どんどん甘くなって……思いだすのも面映ゆい。
これがギャップ萌えなのか。
甘い顔を知ってからは、凜々しい姿を見るたびに見惚れてしまいそうになる。
とても本人には言えないけれど。
そして自分はどうあるべきなのか。
神子としてのあり方を考える。
「堂々巡りですね……」
頭と心の求める答えが相反してしまう。
溜息をつきそうになったところで、ファビオが紅茶を淹れてくれた。
「リラックス効果のあるお茶です」
「ありがとう」
香りと温かさにほっとする。
喉を潤すイリアに対し、ファビオは緊張した様子を見せる。
「あの、神子様!」
「どうしました?」
「ぼくでお役に立てることだったら、何でも言ってください! 神子様のためだったら、聖王様にだって諫言いたしますから!」
どうやら心配させてしまったらしい。
大丈夫ですよ、と頭を撫でるものの、ファビオは眉尻を落としたままだ。
「視察に出てからというもの、ほとんどお世話させていただけてませんし……聖王様は、聖王様のことだけすればいいのに」
後半はグチだった。
入浴までエヴァルドが一緒なので、神子の世話係はすることがなく、ファビオは頬を膨らませる。
「神子様もずっと一緒だったら疲れますよね?」
「はは……」
笑って誤魔化すしかない。
疲れるのは大抵、濃い接触のせいで、そんなことをファビオには言えなかった。
「こんなにべったりで、王妃様を迎えられたらどうされるのやら」
エヴァルドの、聖王の婚姻について考えなかったわけじゃない。
けれどファビオの口からそれが出て、イリアの動きが止まる。
「ロンド帝国の第三王女は、嫉妬深いって聞くのに」
「もう相手が決まっているんですか?」
「今のところ、彼女が第一候補だと言われています」
ガンッと頭を殴られたような衝撃を受けた。
第三王女の話なんて一度も聞いたことがない。
目の前が暗くなる。
悩んでいる時間など、なかったのだ。
45
お気に入りに追加
1,441
あなたにおすすめの小説
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! 時間有る時にでも読んでください
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる