神子ですか? いいえ、GMです。でも聖王に溺愛されるのは想定外です!

楢山幕府

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本編

聖王の施策と不穏な空気

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「安心してください。イリア様は寛大なお方です」
「ひぃぃいっ」

 ヴィルフレードは優しく声をかけるが、世話人は言葉を聞く前に縮こまる。
 異常とも言えるほど過敏な反応に、イリアもどうすればいいかわからず、ファビオと目を合わせた。
 そんな二人に、ヴィルフレードは眉尻を落とす。

「少し時間をいただけますか」
「私は構いませんが……そちらの方は大丈夫ですか?」
「説明すれば大丈夫なはずです」

 ただただ恐怖に戦く世話人に、ヴィルフレードは根気よく語りかける。

「一体、何なのでしょうか?」
「ファビオにもわからないんですか?」
「ぼくも温室に来たのは、これがはじめてなので……」

 温室に用があるのは薬師ぐらいなもので、基本的に人が立ち寄る場所ではないという。
 だから世話人も驚いたのだろうか。
 でもヴィルフレードには馴れた様子だった。

「決して、イリア様は貴方を罰したりしません」
「……」

 ようやく落ち着いたらしく、世話人がぎこちなく立ち上がる。
 しかし体が萎縮していたせいか、バランスを崩し転けてしまいそうになった。
 寸ででヴィルフレードが支えたけれど、目深に被っていたフードが外れ、世話人の顔が露わになる。

「ひっ」

 それを見て声を引きつらせたのはファビオだった。
 ファビオの声に、目に見えて世話人の顔から血の気が引く。
 震える手でフードを被り直した世話人は、またその場で蹲った。

「すみません、すみません……っ」

 振り出しに戻ってしまったが、世話人の顔を見て怯えたファビオとは違い、イリアは驚きつつも思考を巡らせる。

(これをヴィルフレードは見せたかったんでしょうか)

 世話人の顔は焼けただれ、原型を留めていなかった。
 もしかしたらバランスを崩したのも、顔以外にも火傷を負い、体が咄嗟に動かなかったからかもしれない。

 この世界――ファンタジア――には、回復魔法がある。
 薬草が存在するように、回復薬だって。
 けれどそれらが十全に効力を発揮するのはソトビトに対してだけで、住人に対しては効力が限定された。
 負傷後、すぐに使用すれば回復するが、大きな欠損や時間が経った傷を癒やすことはできない。
 世話人も、大きな火傷を負い、奇跡的に命は助かったものの、体を癒やすことは叶わなかったのだろう。

「私は、あなたを罰しません」
「神子様……っ」

 ファビオが止めるのも聞かず、イリアは世話人に寄り添うよう膝をつく。
 だからどうか怖がらないでくださいと言い募った。

「あなたの顔を見て驚いたのは確かです。でもそれだけですよ。私は神子のイリア、あなたの名前を教えていただけますか?」
「……ジャコンド、です」
「ジャコンド、体が痛むなら無理はしないでください」
「いいえ、いいえ。お薬をいただいているので、痛みはありません」

 先にヴィルフレードが言葉をかけていたのもあって、ジャコンドがイリアに答えるのに時間はかからなかった。
 しかし急に、呼吸を忘れたかのように動きを止める。

「ジャコンド?」
「……み、神子様……?」
「そうですが?」

 首を傾げるイリアに対し、ジャコンドは答えを聞くなり床に倒れた。
 どさりと身が投げ出される。

「ジャコンド!?」
「……大丈夫です、気を失っただけのようです」

 イリアが慌てて手を伸ばすより先に、ヴィルフレードが容態を確認する。
 そのままヴィルフレードはジャコンドを抱えると、イリアに断りを入れて詰め所へ運んだ。
 イリアとファビオは心配しながらも大人しく彼が戻るのを待つ。
 張り詰めた空気感の中、先に口を開いたのはファビオだった。

「神子様、あの、ごめんなさい! ぼくが驚いたせいで、ジャコンドさんが……」
「彼には事情があるようですから、ファビオが私に謝る必要はありませんよ」

 ジャコンドの容貌に驚いたのはイリアも一緒だ。
 ただファビオほど顕著に反応が表に出なかっただけで。
 自分の気持ちを落ち着かせるためにも、イリアはファビオの柔らかい金髪を撫でる。
 深く息を吸うと、青臭さの残る薬草のにおいが香った。
 ヴィルフレードがイリアを温室に招いた意図はわからない。ジャコンドと引き合わせた理由も。
 こればかりは彼から話を訊くしかないだろうと、単身で戻ってきたヴィルフレードを迎える。

「すみません、僕に馴れてくれていたので大丈夫だと思ったのですが、イリア様と対面するにはまだ早かったようです」

 どうやらジャコンドは、神子であるイリアを前に緊張で気を失ってしまったらしい。
 認識するまでに時間差があったのは、萎縮していたためだろう。

「詰め所の奥にある静養施設へ預けてきましたのでご安心ください」
「静養施設があるんですね」
「彼ら専用の施設です」

 言葉を切ると、ヴィルフレードは正面からイリアを見る。身長差のせいで、自然と見下ろされる形になった。
 礼は失していないものの、両者の間にある空気が張り詰める。

「聖王はジャコンドのような者を囲っています。少なくない予算を割き、貴重な薬草を使ってまで。対価として、彼らには温室の管理を任せていますが、割に合っていないのは説明せずともご理解いただけるでしょう」

 広大な温室であるとはいえ、静養施設まで造って彼らに管理を任せる必要はない。
 それこそ人を通わせれば済む話だ。
 温室を見渡すイリアの横顔を眺めながら、ヴィルフレードは言葉を続ける。

「特殊なスキルを持っているわけでもなく、社会的弱者でしかない彼らに、聖王は私財ではなく国庫から支援をおこなっています。それも教義にある子どもでもなく、大の大人に対して、です」
「個人の慈善活動ではなく、社会福祉として施策しているんですね」
「その通りです」

 慈善活動なら、私財を投じればいい。
 子どもならともかく、大人に社会的支援など必要ない。
 ヴィルフレードの言葉は、そのまま聖王の施策に対する反発を代弁しているように聞こえた。
 しかし。
 ヴィルフレードは、イリアにそれを伝えてどうしようというのか。

「ここはイリア様の居住区にも近い。そこへ不浄な者を集めるのは神経を疑う、という意見もあります」
「それはエヴァルドに対して不敬では?」
「イリア様のことを考えてのことです。我々にとってイリア様こそ、仰ぐべき方でございますから」
「私は政治に関わりませんよ」
「承知しております。ただ聖王がおこなっている施策をお伝えしたかったのです」

 最後に頭を下げると、ヴィルフレードの案内は終わった。
 護衛官に囲まれ、ファビオと並んで温室をあとにしながら溜息をつく。

 エヴァルドには、王兄派という敵対勢力が存在する。
 謁見が終わり、神子の宿魂は明るみになった。
 ヴィルフレードも忠誠を誓った。
 けれど彼の語り草は、まだ火種が残っていることを示唆するようだ。
 きっと温室は、王兄派が気に入らない施策の象徴なのだろう。

 イリアは温室から出たあとも、しばらく生ぬるい空気に包まれているような気がした。
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