神子ですか? いいえ、GMです。でも聖王に溺愛されるのは想定外です!

楢山幕府

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本編

やらかしたあとの現実逃避

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 選択によっておこなわれた結婚の申し込みで、エヴァルドの瞳が黒から赤に染まる。

(魔眼だったんですね……!)

 魔力を多く持つ者に現れる、赤い目。
 一時的に身体能力を上げたり、魔法を発動させる「スキル」とは違い、常時発動の「固有スキル」に分類される【魔眼】の効果は、最大魔力値の一割アップ。
 レベルアップごとに上昇する値に上乗せされるので、魔力消費の激しいプレイヤーがこぞって欲しがる固有スキルだった。

(けど魔物の目も赤いことから、NPCからの評判は良くないんですっけ)

 常時発動の割に、目の色が変わるには条件があるようだった。
 興味が湧き、イリアはエヴァルドを覗き込む。
 今しがた、自分が結婚を申し込んだことは忘れて。
 頬にエヴァルドの指が触れたときには、端整な顔が目の前に迫っていた。
 鼻先が触れ、ようやく状況を思いだす。

「まっ――」

 合わさった唇の感触に、目を見開く。
 咄嗟に胸を押し返した。
 エヴァルドもイリアの反応を見て、すぐに体を引く。
 距離は取れたものの、イリアの心臓は早鐘を打った。

(うそっ、表示バグじゃなかったんですか!?)

 でも。
 だったら、何で。
 エヴァルドの冷たい瞳が脳裏に蘇る。
 とても彼の行動が一貫しているように思えなかった。

(あぁ、でも……)

 意を決して、エヴァルドを見上げる。
 赤い瞳は、覚えのある闇色に戻っていた。

(気持ちはなくても、キスはできますよね)

 エヴァルドは、あくまで神子に応えただけで。
 そこに彼の気持ちがある必要はない。
 ――ズキリと胸が痛む。
 したくないことを、させてしまった。
 俯き、垂れた長いイリアの白髪を、エヴァルドが掬う。
 反射的に肩がビクついた。

「余が、怖いか?」
「ごめんなさい、こういうつもりじゃなくて」

 触れられるなんて、微塵も予想してなかった。
 自分の軽率さに、身が縮む。

「……婚儀を申し出たのは、余が『神子の守り人』であるからか」

 それは関係ないけれど。
 好感度やシステムを確認したかったと言ったところで、NPCには通じないだろう。

「ごめんなさい」

 イリアとしては、謝るしかなかった。

「よい。神子は世情に疎いと伝わっている。だが……」
「っ!?」

 顔を上げると、すぐ目の前にエヴァルドの闇色の瞳があった。

「二度とするな」

 低い声音に、心臓が止まりそうになる。
 エヴァルドが怒るのも当然だ。
 何せ男とキスさせられたのだから。
 イリアの外見がどれだけ華奢でも、その事実は変わらない。

「これから人を紹介する。くれぐれも発言には気を付けてもらいたい」

 イリアが頷くのを確認してから、エヴァルドは部屋を出た。
 彼の背中が見えなくなったところで、大きく息を吐く。

「こ、怖かったぁ~!」

 レベルもカンストし、あらゆる値がMAXである以上、イリアを傷つけられる者は存在しない。
 けれど心と体は別だった。
 ゲーム内のこととはいえ、怖いものは怖いのだ。

「美形が怒ると怖いっていうのは正解ですね……」

 悪いのは自分だとわかっている。
 どうもまだファンタジアに馴染めず、NPCとの距離を測りかねているようだ。

「開発にも関わったんですけど」

 ファンタジアのことなら、知り尽くしていると思っていた。
 そうでなければGMは務まらない。
 でも、明らかに神子と聖王には確執があるようで――。

「用意されてるイベントの影響? それなら資料にのっているはずですよね……」

 イベントの記載はいくつがあったが、神子に関するものはなかった。
 答えが出ず、どんどん首が傾いていく。
 バグなら、報告しなければならない。
 けれど状況を鑑みるに、キスシーンも添付する必要があるだろう。

「あああ、注意されたところなのにっ」

 アダルトシーンじゃなかっただけマシだろうか。

「いや、でも、バグじゃない可能性も……ほら、エヴァルドが不器用なだけで、実は私のことが大好きとか……」

 ないな。
 先ほどの怒りに、うそはなかった。本気で怖かった。
 すぐさま考えを打ち消すけれど、この可能性を捨ててしまうと、キスシーン付きの報告書が待っている。
 イリアはないと思いつつも、一縷の望みに縋ることにした。

「ま、まずは交流を優先させましょう!」

 もう少し様子を見ようと日和る。
 折角NPCとしてファンタジアにいるのだから、この世界を楽しみたい気持ちもあった。
 もちろん仕事なのも忘れていない。
 けれど本格始動するのは、プレイヤーである「ソトビト」がオラトリオに到着してからだ。

 気を取り直して、部屋を見回す。
 白い壁は無機質ではあるものの、清潔感があった。
 床に敷かれた毛の長い絨毯のおかげで、温かみも感じられる。
 調度品にはどれも細やかな彫刻があり、本体を支える猫脚の曲線が優雅さを際立たせていた。
 見るからに高級品だ。
 イリアがいるベッドの天蓋が金で装飾されていることからも、この一室だけで相当な額が使われているのがわかる。

 ふと、スキルに【鑑定】があるのを思いだし、自分の服に意識を向けた。
 イリアの装いは、丈の長いチュニックだった。
 純白の生地はシルクを思わせるほど柔らかく、そのため生地を重ねていても体のラインが浮き彫りになる。
 肩が出るデザインなのもあって、イリアの痩身が際立っていた。

【神子の衣】
 シルクワームの亜種セイントシルクワームが吐き出す糸で編まれた、最高級品。
 着ているのを忘れるほど軽く、丈夫。その頑丈さは、ドラゴンブレスも防ぐ。
 神子専用装備。

「ドラゴンブレスも防ぐって、悪ふざけが過ぎませんか!?」

 これ一つで、ゲームバランスが崩壊する品物だった。
 神子にしか使えない装備だからこその悪ふざけだとわかるものの、つっこまざるを得ない。
 ただでさえ中身がチートなのに、装備までチートにしてどうする。
 意識を部屋に戻せば、ピピピッと調度品ごとに説明ウィンドウが開いた。

「わぁー……高級品どころか、全部最高級品……」

 それも一点物で、値段が付けられないと書かれている。
 これ以上は、精神衛生上良くないと判断して、【鑑定】は引っ込めた。
 まだエヴァルドが戻ってくる気配がなかったので、今度は【マップ】を表示する。

「これがイリアの拠点ですね」

 視界の端に見取り図が表示され、現在地は下三角のアイコンで示されていた。
 天蓋付きのベッドがあることからも、ここが寝室で間違いない。
 イリアは大神殿の奥に建てられた居住区にいた。
 玄関から奥に向かって伸びる長方形の敷地に、左右対象の間取り。
 中庭が二か所あるような――それも一か所は水を張った――造りをイリアが不思議に思っていると、入室を伝える声がかかる。

「失礼する」

 エヴァルドが入ってきたのに合わせて、ベッドの上で居住まいを正した。
 彼が連れてきたのは、ふわふわな金髪が目を引く碧眼の美少年だった。
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