神子ですか? いいえ、GMです。でも聖王に溺愛されるのは想定外です!

楢山幕府

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本編

GM、神子になる

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 ――世界が、自分の目に映るものだけで出来ているなら。
 ――精巧に作られたVRゲームも、一つの世界に違いない。

「資料は読んでいるわね? あなたにはこれからNPCになってもらいます」
「宗教国家オラトリオの神子みことしてですね」
「その通りよ。ゲーム内でGMをするのは、あなたがはじめてだから、不具合があったらすぐに報告してちょうだい」

 GM――ゲームマスター――は、管理画面コンソールを駆使してプレイヤーのゲームプレイをサポートするのが仕事だ。
 それが今回、GMもNPCとしてゲームに参加することが決まった。
 製作会社として、より臨場感を追求するための試みらしい。

 上司の指示に従い、青年はゲームプレイ専用の個室に入る。
 必要最低限のスペースしかない個室には、リクライニングチェアと、ゲームコントローラーを兼ねる高性能ヘッドギア、飲み物が入った小型の冷蔵庫だけが置かれていた。

「窮屈そうだけど、人間工学を元に設計された椅子だから、座り心地は良いわよ」

 実際に座ってみて、青年はおっと思う。
 自然と椅子が体にフィットしたからだ。
 反発なく優しく支えられ、全身から力が抜けていく。

「普段使いしたいぐらいです」
「高いわよ~。長時間プレイにも耐えられるけど、休憩はこまめにね。そのへんはヘッドギアのアラートに従ってプレイしてくれたらいいわ」
「このヘッドギアって、元は幻肢痛対策とか、医療用だったんですよね」

 今やヘッドギアはVRの世界を見せるだけじゃなく、脳波を検知して、プレイヤーの思考通りにアバターを動かす。
 同時に体調をモニタリングし、健康に支障が出ないよう管理もしていた。
 おかげで近年では、長時間プレイによる健康被害は減少傾向にある。

「使用するアバターは作成済みよ。名前は『イリア』、ログイン地点は『大神殿』ね。設定も済んでるから、起動したらすぐイリアに入れるわ。やることはいつもと一緒よ。悪質なプレイヤーがいた場合は、あなたの権限でアカウントも停止できるし」
「ゲーム内からも垢バンできるんですね」
「えぇ、管理画面もそのまま使えるから便利よ。まだオラトリオにプレイヤーは入れないから、しばらくは他のNPCと交流して、感覚を掴んでちょうだい」
「わかりました」

 MMORPG「ファンタジア」。
 プレイヤーは「ソトビト」と呼ばれる異世界人となり、ファンタジー世界で自由に冒険を謳歌する。

 コンセプトは「もう一つの世界」で、あなたは「生きる」。

 ファンタジアが他のゲームと一線を画しているのは、最新鋭AIによるNPC制御だった。
 今までの定型を捨て去り、ファンタジアではNPCも、生身の人間のように生きる。
 青年もNPCとして参加する以上、交流は不可欠だ。

「あ、そうそう。これ成人指定なの忘れないでね」
「えーと?」
「エッチシーンを報告書に上げたくないでしょ? ファンタジアでは結婚はもちろんのこと、妊娠、出産もできるんだから」
「っ……き、気を付けます」

 吹き出しそうになるのを寸でで止め、青年はヘッドギアを装着する。

(そういうお誘いは断りましょう……!)

 報告書には、ときとしてプレイ動画の添付も求められた。
 タイミングが悪ければ、アレな内容であっても提出しなければならない。
 上司が個室のドアを閉めたのを合図に、青年はゲームを起動する。
 開発にも携わっていた彼にとって、ファンタジアは見慣れた世界だった。
 そしてこの美しい世界の開発に関われたことが、誇りでもあった。

 ――素朴実在論で、世界が成り立つなら。
 ――ファンタジアも世界である。

 では世界を開発した者を、何と呼ぼう?

 多数の神が存在する世界。
 青年は、その世界で神子となった。

 かくして幼い神の不手際により、青年は誘われる。


◆◆◆◆◆◆


 宗教国家オラトリオを象徴する「大神殿」。
 白い建材で建てられた大神殿の正面には、太い柱が何本も並び、大きな泉が設けられていた。
 太い柱を背に、創造の神クレアーレと水の神アクア、そして芸術と予言の神アポロの像が、泉を見守るようにまつられている。
 山の頂で、陽光を一身に浴びる大神殿。
 その巨躯に守られた最奥。
 限られた者しか入ることを許されないドムスの一室に、神子は安置されていた。

 部屋の高い位置にある小さな窓から差し込んだ光が、天蓋付きのベッドで眠る神子を照らす。
 輝く白い髪は滑らかな肌に重なり、ともすれば境界がわからなくなった。
 老いることも死ぬこともなく、美しい姿を維持する神子は、大神殿にまつられた神の像と遜色がない。
 しかし彼には色があった。
 白髪に包まれ、透き通るような白い肌であっても、薄い唇は桃色だった。
 長い睫毛に彩られた瞼の下にも、金色こんじきの瞳が隠されている。

 そこに一つの影が差す。
 黒髪の偉丈夫が、ベッドの脇に佇んでいた。
 オラトリオの紋章が描かれたマントを羽織り、神子を見下ろしている。
 男の視線の先で、遂に神子は目を覚ます。

(ここは……?)

 絹糸のような純白の髪が肌を滑る中、青年はゆるりと金色の瞳を晒す。

 宗教国家オラトリオの神子、イリアとして。

 無事にログインできたなら、場所は大神殿に他ならない。
 ぼやける視界でそれを確認する前に、覚えのない男の声が、彼を縛った。

「――目覚めなければよいものを」

 心臓が凍るような声音だった。
 イリアは見上げた男の瞳に、闇を見る。
 全ての光を吸収するかのごとく、底の見えない暗闇がそこにはあった。
 ぞっとしたのも束の間、すぐに男が跪く。
 あとを追うように、イリアは身を起した。
 天蓋付きのベッドが、かすかに軋む。

「オラトリオを代表し、神子の宿魂を心からお慶び申し上げる」

 どの口で。
 「目覚め」を「宿魂」と表す形式的な祝辞は、淡々としたものだった。
 先に聞いた言葉と相まって、男からは一切喜びが感じられない。
 男の瞳に宿る闇を思いだし、イリアは腕をさすった。

「寒いか?」
「え……」

 問いを理解する前に、羽織っていたマントを肩にかけられる。
 男の香りに包まれ、イリアは混乱した。

(え、え? どうしてマントを? もしかして腕をさすったのを見て?)

 NPCであろう男の単調な声音に、最新鋭のAIといえども、こんなものかと思っていたところだった。
 最初に聞いた声音には薄ら寒いものを感じたが、闇のような瞳と合わせて、機械的な特徴が出ただけかと。
 けれど細やかな気遣いを見せられ、わからなくなる。

 ファンタジアのNPCは、生身の人間のように生きる。

 だとしたら。

(素で疎まれてるんですか? 神子が?)
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