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17.帰り道(完)
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ディアーコノス伯爵の逃亡を防ぐため、調査団が到着するまで上司は伯爵領に留まることになった。
既にホテルから、伯爵の屋敷へ居を移している。
にもかかわらず、王都へ先に帰るユージンを見送るため、朝からホテルまで顔を出してくれた。
ロビーで今後について話を受ける。
席には上司とユージンの他に、サーフェスの姿もあった。
「伯爵の裁判は王都でおこなわれるから、彼の輸送に合わせて私は帰ることになるだろうね」
「最後までお手数をおかけします。本当に僕は残られなくていいんですか?」
「これ以上、君を引き留めるとあとが怖いからね。早く元気な顔を公爵様に見せてくれるほうが助かるよ」
伯爵の罪状は、ケラブノス公爵子息を害しようとした疑いである。
ユージンからすればことが大きくなり過ぎている気がするが、騎士団の暴挙も併せると否定しきれない伯爵が悪かった。
それだけではない。
冒険者ギルドの支部長と結託し、サーフェスを我が物にしようとしていた件もある。
冒険者は国にとっても宝だ。結果的に、魔物から国を守ってくれているのだから。
私兵に勧誘するならともかく、性奴隷の如く扱っていい相手ではない。
国益を損なう行為であるのは明確で、これについても伯爵は罪に問われる予定だ。
「全ての発端は、伯爵の我欲だよ」
と、上司は聞き取りによって判明した、ことの顛末を語った。
スタンピードの際、伯爵があえて騎士団を活躍させなかったのは、現場で冒険者を統括するサーフェスに花を持たせるためだったのだ。
サーフェスが一番の功労者になれば、褒賞式を名目に夜会へ呼べる。
既に警戒されていた伯爵は、何としてでもサーフェスを屋敷へ招き入れたかった。
単なる夜会なら断られる可能性もあるが、魔物討伐の祝賀会として商人たちも招き、お祝いムードをつくれば無視はできない。
夜会でサーフェスを手に入れるための策が、巡り巡って伯爵の首を絞めた。
これを隣で聞いていたサーフェスは首を傾げる。
「自分に殺されるとは考えなかったんですか?」
麻痺薬が効いていたとはいえ、魔力は潤沢にあり、全く動けないというわけではなかった。現に、最悪、犯罪者になってでも抗おうと考えていたとサーフェスは言う。
白髪交じりの銀髪を後ろへ撫で付けながら上司は苦笑した。
「そこが伯爵の読みの甘いところだね。欲望に目が眩んでいたとはいえ、冒険者の力を過小評価し過ぎだ」
「どうせ元から平民に過ぎないと、見下していたんでしょう」
伯爵について考えるのも億劫だと、整った眉根にシワが寄る。
襲われそうになっていたサーフェスにしてみれば当然だ。
伯爵の心理について考える。
(相手が犯罪を犯してでも抵抗するとは、考えなかったんだろうな)
その思考には、ユージンも覚えがあった。
自分にとって絶対的なルールでも、相手に通用するとは限らない。
騎士に殴られた顔が、蹴られた腹が、再び痛む気がした。
同席したのはサーフェスの意思だけれど、気分が悪くなっていないか窺う。
アメジストの瞳と目が合うと、ふっと目尻を緩めて微笑まれた。甘さのある笑顔を向けられて、堪らず目を逸らす。この場に令嬢がいたら卒倒しているんじゃないだろうか。
「ユージンくんには、本当に救われました。裁判での証言も任せてください」
サーフェスは証人として裁判に出席することになった。
また王都までの護衛を雇おうとしていたところ、「青き閃光」が同行を買って出てくれた。ネオは馬車に同乗せず、一人馬に乗って少し離れて付いて来るという。
上司が頷く。
「心強いよ。そうそう、冒険者ギルドの支部長についても、私のほうから申し立てておいたから、ことが一段落すればここも住みやすい町になるだろう」
本来、冒険者を守る立場であるのに、伯爵と結託した罪は重い。
処分は冒険者ギルドに任せられるが、貴族に目を付けられたとあれば、いい加減には済ませられなかった。
「さて、伝えておくべきことは、こんなところかな。王都へは長旅になるだろうけど、『青き閃光』ほど頼りになる同行者もいないだろうからね。くれぐれも体調には気を付けて」
「はい、何から何までありがとうございます」
上手く話がまとまったのは上司のおかげだ。
感謝を込めて頭を下げる。
見送りを受け、馬車へ乗り込むと、先にリヒュテの姿があった。四人乗りで余裕があるはずなのに、上背があるせいで窮屈そうだ。
「リヒュテさんも王都まで、よろしくお願いします」
こくりと頷きが返ってくる。
ユージンとサーフェスは隣り合って座った。
「ネオさんには申し訳ないですね」
同乗できないのは、ひとえにユージンが持つ特性のせいである。
獣人のネオは傍にいると、酩酊状態になってしまうのだ。
「元から馬車でも御者台で風を感じているほうが好きな人ですから、気にする必要はありませんよ」
夜会での一件から、更にサーフェスとの距離が近くなった気がする。
お互いの貸し借りがなくなり、ユージンとしても肩の荷が下りた心地はあった。
ただスキンシップが増えたことに関してだけは落ち着かない。
美形に慣れたユージンから見ても綺麗な顔が間近に迫ると、お尻がそわそわする。
「おや、どうされたんですか?」
「からかわないでください……!」
イジワルな面を見るのも多くなった。
窓のほうへ体を寄せると、正面から大きな手が伸びてきて、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
リヒュテは無表情だが、慰めてくれているらしい。
気を許してもらっているのが伝わってきて頬が緩む。友人が増えるのは嬉しかった。
温かく穏やかな空気は、日が暮れるまで続いた。
◆◆◆◆◆◆
王都までの間、町での宿泊が主になるけれど、予定が合わないこともある。
野宿のときは、「青き閃光」が順番に見張りを務めてくれた。おかげで御者も安心して眠っている。
(星が綺麗だなぁ)
ユージンは寝付けず、膝を抱えて夜空を見上げていた。
自然のシャワーを全身で受ける。
ここには壁も、天井もない。
床もなくて、あるのは地面と、空だった。
明かりは焚き火のみ。
だからだろうか、町より星が輝いて見えるのは。
土のにおいが鼻腔をくすぐり、虫の鳴き声が辺りに響く。
王都から遠出するときは、公爵家の騎士団が付いて来るため大所帯だった。
野宿するにしても人気が多く、夜でも賑やかな印象が強い。
それとは打って変わって、目の前には静寂が広がっていた。
黒というより、濃紺に塗りつぶされた世界。
視界いっぱいに広がる星空を、ぼうっと眺める。
頭が空っぽになっていくのを感じていると、近寄ってくる人影があった。
「オマエに名誉をやる」
ん、とぶっきら棒に差し出されたブラシを受け取る。
背中を向けてユージンの前に座ったネオは、三つ編みにしていたクセのある長い髪を解いた。乗馬中、邪魔にならないよう、最近はずっと髪を束ねている。
「僕の近くに来て大丈夫なんですか?」
「見張りの番は、まだ先だからな。酔っても問題ねぇよ」
お酒と違い、二日酔いがないどころか、寝て起きると体調が良くなるとは聞いていた。
問題ないならいいか、と毛先から順に絡みを取っていく。
「ブラッシングって名誉なんですか?」
「オマエだって、見ず知らずの相手に髪を梳かれたくねぇだろ」
「なるほど、気を許してくれてるってことですね」
特性のせいで、他の冒険者たちと比べ、ネオとは交流できていなかった。
けれど無害判定されているとわかり、にへら、と頬が緩む。
ネオが振り返ったので視線を上げると、ジロリと睨まれていた。細長いヒョウ柄の尻尾が、バシバシ地面を叩いている。
「思い上がるなよ。オレにとって都合が良いってだけだ」
「はい。ところで一日ずっと乗馬していて、疲れてませんか?」
馬に乗るには体力を使う。
自分がいなければ、ネオも馬車で楽に過ごせたのだ。
サーフェスは気にしなくていいと言っていたけれど、やっぱり罪悪感は残る。
「オレが疲れてるように見えんのかよ。ひ弱なオマエと一緒にすんな」
「そうですね、すみません」
ネオも特級クラスの冒険者だ。
心配するのもおこがましいと悟る。
騎士団との一件で反省したはずなのに、どうしても自分基準の考え方をしてしまいがちだった。
難しいなぁ、と思っていると、ネオが重心を後ろへ傾ける。
避ける間もなく、ネオの後頭部とユージンの頭頂部がこつんと重なった。
「オマエ、偉い貴族の息子って嘘だろ」
「本当ですよ。瞳の色だけは、ちゃんと受け継いでますから。あと弱いですけど雷魔法も」
顔を上げられないので、下を向きながらできる範囲でブラシを動かす。
しかしぐりぐりと頭を動かされると、視界が揺れた。
「見えねぇんだよな。糸目だし。簡単に魚が捕れるのはいいよな」
旅の途中、魚のいる水場で雷魔法を披露していた。
力が弱い分、狩猟では役立つこともあるのだ。
「動かれるとブラッシングできませんよ」
「んー」
そろそろ酔いが回ってきたらしい。
へにゃりと背骨が抜けたように、ネオが横たわる。
人肌があると安心するのか、ユージンの腰に腕を回し、膝を枕にした。
大型獣に懐かれているようで嬉しい。
(けど、これじゃ動けないな)
律儀にブラッシングしながら考えていると、突然ネオの体が浮いた。
サーフェスが首根っこを掴み、そのままぺいっと横に投げる。束の間の出来事だった。しかも片手での所業である。
武人は魔力で身体強化するのを、ユージンは目の当たりにした。
「うちの獣がご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ、僕も楽しませてもらっているので……」
元から動物と触れ合うのが好きだった。
獣人は人間だけど、ブラッシングしているときの心境は同じだ。
「だったら自分も構いませんか?」
「え?」
言うなり、今度はサーフェスが背中を向けて、ユージンの前に座った。
クセのないレイクブルーの髪が眼前に広がって戸惑う。
やることは同じだ。
なのに緊張してしまうのは、艶を持った髪が綺麗だからだろうか。
「僕、髪に関しては素人ですよ?」
「自分もです。でも髪はブラッシングするほどいいと言うじゃないですか」
頭皮のマッサージにもなります、と続けられ、断る理由を見付けられなかった。
「不快だったら言ってくださいね」
ネオのときと同じように毛先部分からはじめ、上から下へとブラシを通していく。
「ホテルで自分が寝落ちしたときのことを覚えてますか?」
「伯爵邸から帰ったときのことですか?」
サーフェスの寝落ちを目撃したのは、そのときしかない。
「あのとき、多分、自分もネオと同じように酔っていたのではないかと考えています」
「僕の特性でですか?」
薬を盛られた疲れから寝落ちしたのではないという。
「気のせいかとも思ったんですが、翌日、目覚めると体の調子が良くて驚きました。ユージンくんの影響があったのではないでしょうか」
ネオが言うには、ユージンが持つ特性は獣人に特別効果があるものだ。
実際、サーフェスもリヒュテも普段は何も感じない。
にもかかわらず効果が出るときがあるのだろうか。
ここで一つ、サーフェスが仮説を語る。
「平時には影響がなく、麻痺など体が状態異常に陥っているときには、影響が出るのではないでしょうか。思い返してみれば、あのときユージンくんの傍にいると体が楽でしたから」
本能的に癒やしを求めるとき、特性の効果が出るのではないか。
獣人は人に比べて本能が働きやすいため、差が生まれるのではと言われ、納得する。
「なるほど、一理ありそうです」
「とはいえ、ユージンくん自身に癒やしの効果があるので、本当に特性の影響なのかは判別できませんが」
「僕自身にですか?」
「ええ、ユージンくんに会ってはじめて、人が癒やしになるのだと自分は知りました」
人当たりが良いとは、よく評される。
平凡な見た目と相まって、肩肘張らずに過ごせるとも。
「ネオが懐いているのも、特性だけが理由じゃないということです」
見張り番をしているリヒュテを含め、「青き閃光」のメンバーから好印象を持たれているのは伝わっていた。
改めて言葉にされると面映ゆい。
流星のような髪を眺めながら、ユージンの夜は静かに更けていく。
周りに人がいても、案外のんびりできるものだと、この出張で知った。
それだけユージン自身も「青き閃光」の面々に気を許している証拠だ。
(色々あったけど)
日常は続いていく。
王都では裁判が待っていることを考えれば、また慌ただしくなるだろう。
そして、またのんびりしたい願望が強くなる。
結局は繰り返しなのかな、と思いつつ、ユージンは今あるゆっくりとした時の流れに身を任せた。
完
既にホテルから、伯爵の屋敷へ居を移している。
にもかかわらず、王都へ先に帰るユージンを見送るため、朝からホテルまで顔を出してくれた。
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席には上司とユージンの他に、サーフェスの姿もあった。
「伯爵の裁判は王都でおこなわれるから、彼の輸送に合わせて私は帰ることになるだろうね」
「最後までお手数をおかけします。本当に僕は残られなくていいんですか?」
「これ以上、君を引き留めるとあとが怖いからね。早く元気な顔を公爵様に見せてくれるほうが助かるよ」
伯爵の罪状は、ケラブノス公爵子息を害しようとした疑いである。
ユージンからすればことが大きくなり過ぎている気がするが、騎士団の暴挙も併せると否定しきれない伯爵が悪かった。
それだけではない。
冒険者ギルドの支部長と結託し、サーフェスを我が物にしようとしていた件もある。
冒険者は国にとっても宝だ。結果的に、魔物から国を守ってくれているのだから。
私兵に勧誘するならともかく、性奴隷の如く扱っていい相手ではない。
国益を損なう行為であるのは明確で、これについても伯爵は罪に問われる予定だ。
「全ての発端は、伯爵の我欲だよ」
と、上司は聞き取りによって判明した、ことの顛末を語った。
スタンピードの際、伯爵があえて騎士団を活躍させなかったのは、現場で冒険者を統括するサーフェスに花を持たせるためだったのだ。
サーフェスが一番の功労者になれば、褒賞式を名目に夜会へ呼べる。
既に警戒されていた伯爵は、何としてでもサーフェスを屋敷へ招き入れたかった。
単なる夜会なら断られる可能性もあるが、魔物討伐の祝賀会として商人たちも招き、お祝いムードをつくれば無視はできない。
夜会でサーフェスを手に入れるための策が、巡り巡って伯爵の首を絞めた。
これを隣で聞いていたサーフェスは首を傾げる。
「自分に殺されるとは考えなかったんですか?」
麻痺薬が効いていたとはいえ、魔力は潤沢にあり、全く動けないというわけではなかった。現に、最悪、犯罪者になってでも抗おうと考えていたとサーフェスは言う。
白髪交じりの銀髪を後ろへ撫で付けながら上司は苦笑した。
「そこが伯爵の読みの甘いところだね。欲望に目が眩んでいたとはいえ、冒険者の力を過小評価し過ぎだ」
「どうせ元から平民に過ぎないと、見下していたんでしょう」
伯爵について考えるのも億劫だと、整った眉根にシワが寄る。
襲われそうになっていたサーフェスにしてみれば当然だ。
伯爵の心理について考える。
(相手が犯罪を犯してでも抵抗するとは、考えなかったんだろうな)
その思考には、ユージンも覚えがあった。
自分にとって絶対的なルールでも、相手に通用するとは限らない。
騎士に殴られた顔が、蹴られた腹が、再び痛む気がした。
同席したのはサーフェスの意思だけれど、気分が悪くなっていないか窺う。
アメジストの瞳と目が合うと、ふっと目尻を緩めて微笑まれた。甘さのある笑顔を向けられて、堪らず目を逸らす。この場に令嬢がいたら卒倒しているんじゃないだろうか。
「ユージンくんには、本当に救われました。裁判での証言も任せてください」
サーフェスは証人として裁判に出席することになった。
また王都までの護衛を雇おうとしていたところ、「青き閃光」が同行を買って出てくれた。ネオは馬車に同乗せず、一人馬に乗って少し離れて付いて来るという。
上司が頷く。
「心強いよ。そうそう、冒険者ギルドの支部長についても、私のほうから申し立てておいたから、ことが一段落すればここも住みやすい町になるだろう」
本来、冒険者を守る立場であるのに、伯爵と結託した罪は重い。
処分は冒険者ギルドに任せられるが、貴族に目を付けられたとあれば、いい加減には済ませられなかった。
「さて、伝えておくべきことは、こんなところかな。王都へは長旅になるだろうけど、『青き閃光』ほど頼りになる同行者もいないだろうからね。くれぐれも体調には気を付けて」
「はい、何から何までありがとうございます」
上手く話がまとまったのは上司のおかげだ。
感謝を込めて頭を下げる。
見送りを受け、馬車へ乗り込むと、先にリヒュテの姿があった。四人乗りで余裕があるはずなのに、上背があるせいで窮屈そうだ。
「リヒュテさんも王都まで、よろしくお願いします」
こくりと頷きが返ってくる。
ユージンとサーフェスは隣り合って座った。
「ネオさんには申し訳ないですね」
同乗できないのは、ひとえにユージンが持つ特性のせいである。
獣人のネオは傍にいると、酩酊状態になってしまうのだ。
「元から馬車でも御者台で風を感じているほうが好きな人ですから、気にする必要はありませんよ」
夜会での一件から、更にサーフェスとの距離が近くなった気がする。
お互いの貸し借りがなくなり、ユージンとしても肩の荷が下りた心地はあった。
ただスキンシップが増えたことに関してだけは落ち着かない。
美形に慣れたユージンから見ても綺麗な顔が間近に迫ると、お尻がそわそわする。
「おや、どうされたんですか?」
「からかわないでください……!」
イジワルな面を見るのも多くなった。
窓のほうへ体を寄せると、正面から大きな手が伸びてきて、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
リヒュテは無表情だが、慰めてくれているらしい。
気を許してもらっているのが伝わってきて頬が緩む。友人が増えるのは嬉しかった。
温かく穏やかな空気は、日が暮れるまで続いた。
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野宿のときは、「青き閃光」が順番に見張りを務めてくれた。おかげで御者も安心して眠っている。
(星が綺麗だなぁ)
ユージンは寝付けず、膝を抱えて夜空を見上げていた。
自然のシャワーを全身で受ける。
ここには壁も、天井もない。
床もなくて、あるのは地面と、空だった。
明かりは焚き火のみ。
だからだろうか、町より星が輝いて見えるのは。
土のにおいが鼻腔をくすぐり、虫の鳴き声が辺りに響く。
王都から遠出するときは、公爵家の騎士団が付いて来るため大所帯だった。
野宿するにしても人気が多く、夜でも賑やかな印象が強い。
それとは打って変わって、目の前には静寂が広がっていた。
黒というより、濃紺に塗りつぶされた世界。
視界いっぱいに広がる星空を、ぼうっと眺める。
頭が空っぽになっていくのを感じていると、近寄ってくる人影があった。
「オマエに名誉をやる」
ん、とぶっきら棒に差し出されたブラシを受け取る。
背中を向けてユージンの前に座ったネオは、三つ編みにしていたクセのある長い髪を解いた。乗馬中、邪魔にならないよう、最近はずっと髪を束ねている。
「僕の近くに来て大丈夫なんですか?」
「見張りの番は、まだ先だからな。酔っても問題ねぇよ」
お酒と違い、二日酔いがないどころか、寝て起きると体調が良くなるとは聞いていた。
問題ないならいいか、と毛先から順に絡みを取っていく。
「ブラッシングって名誉なんですか?」
「オマエだって、見ず知らずの相手に髪を梳かれたくねぇだろ」
「なるほど、気を許してくれてるってことですね」
特性のせいで、他の冒険者たちと比べ、ネオとは交流できていなかった。
けれど無害判定されているとわかり、にへら、と頬が緩む。
ネオが振り返ったので視線を上げると、ジロリと睨まれていた。細長いヒョウ柄の尻尾が、バシバシ地面を叩いている。
「思い上がるなよ。オレにとって都合が良いってだけだ」
「はい。ところで一日ずっと乗馬していて、疲れてませんか?」
馬に乗るには体力を使う。
自分がいなければ、ネオも馬車で楽に過ごせたのだ。
サーフェスは気にしなくていいと言っていたけれど、やっぱり罪悪感は残る。
「オレが疲れてるように見えんのかよ。ひ弱なオマエと一緒にすんな」
「そうですね、すみません」
ネオも特級クラスの冒険者だ。
心配するのもおこがましいと悟る。
騎士団との一件で反省したはずなのに、どうしても自分基準の考え方をしてしまいがちだった。
難しいなぁ、と思っていると、ネオが重心を後ろへ傾ける。
避ける間もなく、ネオの後頭部とユージンの頭頂部がこつんと重なった。
「オマエ、偉い貴族の息子って嘘だろ」
「本当ですよ。瞳の色だけは、ちゃんと受け継いでますから。あと弱いですけど雷魔法も」
顔を上げられないので、下を向きながらできる範囲でブラシを動かす。
しかしぐりぐりと頭を動かされると、視界が揺れた。
「見えねぇんだよな。糸目だし。簡単に魚が捕れるのはいいよな」
旅の途中、魚のいる水場で雷魔法を披露していた。
力が弱い分、狩猟では役立つこともあるのだ。
「動かれるとブラッシングできませんよ」
「んー」
そろそろ酔いが回ってきたらしい。
へにゃりと背骨が抜けたように、ネオが横たわる。
人肌があると安心するのか、ユージンの腰に腕を回し、膝を枕にした。
大型獣に懐かれているようで嬉しい。
(けど、これじゃ動けないな)
律儀にブラッシングしながら考えていると、突然ネオの体が浮いた。
サーフェスが首根っこを掴み、そのままぺいっと横に投げる。束の間の出来事だった。しかも片手での所業である。
武人は魔力で身体強化するのを、ユージンは目の当たりにした。
「うちの獣がご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ、僕も楽しませてもらっているので……」
元から動物と触れ合うのが好きだった。
獣人は人間だけど、ブラッシングしているときの心境は同じだ。
「だったら自分も構いませんか?」
「え?」
言うなり、今度はサーフェスが背中を向けて、ユージンの前に座った。
クセのないレイクブルーの髪が眼前に広がって戸惑う。
やることは同じだ。
なのに緊張してしまうのは、艶を持った髪が綺麗だからだろうか。
「僕、髪に関しては素人ですよ?」
「自分もです。でも髪はブラッシングするほどいいと言うじゃないですか」
頭皮のマッサージにもなります、と続けられ、断る理由を見付けられなかった。
「不快だったら言ってくださいね」
ネオのときと同じように毛先部分からはじめ、上から下へとブラシを通していく。
「ホテルで自分が寝落ちしたときのことを覚えてますか?」
「伯爵邸から帰ったときのことですか?」
サーフェスの寝落ちを目撃したのは、そのときしかない。
「あのとき、多分、自分もネオと同じように酔っていたのではないかと考えています」
「僕の特性でですか?」
薬を盛られた疲れから寝落ちしたのではないという。
「気のせいかとも思ったんですが、翌日、目覚めると体の調子が良くて驚きました。ユージンくんの影響があったのではないでしょうか」
ネオが言うには、ユージンが持つ特性は獣人に特別効果があるものだ。
実際、サーフェスもリヒュテも普段は何も感じない。
にもかかわらず効果が出るときがあるのだろうか。
ここで一つ、サーフェスが仮説を語る。
「平時には影響がなく、麻痺など体が状態異常に陥っているときには、影響が出るのではないでしょうか。思い返してみれば、あのときユージンくんの傍にいると体が楽でしたから」
本能的に癒やしを求めるとき、特性の効果が出るのではないか。
獣人は人に比べて本能が働きやすいため、差が生まれるのではと言われ、納得する。
「なるほど、一理ありそうです」
「とはいえ、ユージンくん自身に癒やしの効果があるので、本当に特性の影響なのかは判別できませんが」
「僕自身にですか?」
「ええ、ユージンくんに会ってはじめて、人が癒やしになるのだと自分は知りました」
人当たりが良いとは、よく評される。
平凡な見た目と相まって、肩肘張らずに過ごせるとも。
「ネオが懐いているのも、特性だけが理由じゃないということです」
見張り番をしているリヒュテを含め、「青き閃光」のメンバーから好印象を持たれているのは伝わっていた。
改めて言葉にされると面映ゆい。
流星のような髪を眺めながら、ユージンの夜は静かに更けていく。
周りに人がいても、案外のんびりできるものだと、この出張で知った。
それだけユージン自身も「青き閃光」の面々に気を許している証拠だ。
(色々あったけど)
日常は続いていく。
王都では裁判が待っていることを考えれば、また慌ただしくなるだろう。
そして、またのんびりしたい願望が強くなる。
結局は繰り返しなのかな、と思いつつ、ユージンは今あるゆっくりとした時の流れに身を任せた。
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母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
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ユージンはとっても頑張り屋で可愛いですけど、公爵家の人間だということは浸透させないとまずいですね
世間知らずにしたのは親バカのせいだとしても、息子に何かあったら過保護な当主が何をするかわからないですし
今後の展開が楽しみです!
ご感想ありがとうございます!
今後どうなっていくのか、楽しみにお待ちいただけると幸いです(´∀`*)
こ、ここからですよね?!
(完)ってなに?!!
続きがあると期待してます!!!
ご感想ありがとうございます!
キリの良いところで、とりあえず終わらせました!
続きはあります。が、他の連載もございますため、再開までしばらくかかりそうです。
気長にお待ちいただけますと、幸いです。
な、何も始まってないじゃないですか!!!![完]????ボーイズなラブを見せてください!!!!
面白かったです。ぜひ続きの執筆をよろしくお願いします。
何もはじまってないよ!最初なろうでは、BLカテゴリーに入れてすらいませんでした(笑)
なのに、たくさんの方に読んでいただけて驚いています。
続きも書く予定ですので、見守っていただけると嬉しいです(´∀`*)