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10.とある「青き閃光」の想定外
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会議を通し、サーフェスをはじめ冒険者たちの憂いは晴れた。
邪魔な騎士団がいない上、物資は潤沢で、管理する人間も申し分ないとなれば、あとは自分たちが頑張るだけである。
森への出立時、ユージンから笑顔で見送られる。
あれだけのことをしたのに、彼が無礼だと怒ることはなかった。
(人が良いにもほどがあるでしょうに)
整った容姿のせいで、人間不信の気があるサーフェスにとっては信じられないほど、ユージンには裏表がなく、良く言えば懐が広かった。
辱められても、その場で抗議するだけなのだ。
(よく今まで無事に生きてこられたものです)
王都の治安が異常に良いのだろうか。
見た目こそ平凡であるものの、話しかければいつも笑顔を向けてくる愛嬌の良さがあった。おかげで冒険者たちもすべからく絆されている。
サーフェスとしてはイタズラ心が湧くが、一方で、庇護欲が掻き立てられるのも理解できた。
赤眼のドウキなんかは、すっかり兄貴面である。
「しゃーねぇなぁ! 下級クラスの魔物なんざ一日で片してやらぁ!」
そんな言葉が後ろから聞こえてきて頬が緩んだ。
森への出立時、サーフェスは先頭の乗合馬車にいた。町から借りているものだ。
椅子があるだけマシで、後続の馬車の荷台に椅子はなく、冒険者たちが板の上でひしめき合って座っている。
乗り心地が良いとは言えないけれど、歩くよりは楽だった。
ユージンから隠れていたネオも、いつになく上機嫌である。
「酒盛りするなら、オレも許されるよなぁ」
「待ってください、何をする気ですか?」
マタタビを吸うんだよ、と返され、眉間にシワが寄る。
「何度も言っているように、子爵でも相手は貴族です」
「わかってるよ。相手の許容範囲なら大丈夫だろ。前も文句言われなかったし」
確かにホテルでの暴挙も、苦情はなかった。
自分もにおいを嗅ぐぐらいは許されている。
ただ何故か、面白くない。
「ユージンに近付くときは言ってください」
「何でだよ」
「あなたが悪酔いしないか見張るためです」
「心配しなくても……いや、一応いてもらったほうがいいか……?」
ネオにも思うところがあるようで、最後には了承する。
「結局のところ、用法用量を守るなら、お酒と同じ扱いなんですね」
「でもさ、いつ寝首をかかれるかわからない相手って怖くね?」
「ふむ、意思のあるお酒ですか」
そう考えると怖いかもしれない。
「ユージンだからオレも気楽ってだけ」
「もっともなように聞こえますけど、自ら近付く時点で自業自得じゃないですか」
獣人にはユージンの特性が察せられるのだ。
いくらでも回避のしようがある。
「んな厳しいこと言うなって。あれを一度経験したら無理。酒よりいいもん」
オマエは酒飲んだら寝るよな、とネオは笑う。
サーフェスはその前の発言を聞き逃せなかった。
「ユージン以外にも経験があるんですか?」
自分の知る限り、ネオはユージンからずっと距離を取ってるはずだ。
あっ、と声を漏らすネオに違和感を覚える。
「そういえば先ほども、『前も』って言ってましたね。ホテルの一件ではなく、もしかしてどこかで接触してたんですか?」
「いやー、その、なんだ、オレって、興味を持ったら、突っ込むところあるじゃん?」
「ええ、それで魔物の穴に入ったこともありますね」
逃げようとするネオの首根っこをリヒュテに掴んでもらう。
リヒュテの怪力には、ネオも勝てない。
「うわっ、ずりぃ!」
「隠し事をしようとするからです。白状なさい」
のらりくらりと質問をかわそうとするネオから、ユージンを空室に引きずり込んだと聞いたときには頭が沸騰しそうだった。
よく訴えられなかったものである。
(警戒心なさ過ぎるでしょう!)
しまいに怒りはユージンへも飛び火した。
前後不覚になったネオに襲われていたかもしれないのだ。現に羽交い締めまでされている。寝ていたので、その場に放置したというのも信じられない。
ネオとしては、ばつが悪かったにしても。
(一度ユージンにも、言って聞かせたほうがよさそうですね)
ネオは、リヒュテの手を借りて逆さ吊りの刑に処した。
◆◆◆◆◆◆
「早く終わらせて、ユージンを困らせてやらねぇ?」
森へ着いた頃、誰が言うともなく発せられた提案だった。
予定より早く帰ることで、迎える準備が整っていないユージンを慌てさせようというのだ。
一見すると平凡な青年は、すっかり冒険者たちに愛されていた。
自らも平凡と称するユージンに、乾いた笑いが漏れたのを思いだす。
(強面の冒険者を相手に、意見を曲げない人を平凡とは言いませんよ)
ユージンの平凡さは容姿にだけあり、その実、芯が強かった。ともすれば頑固ささえ窺わせる姿勢に、冒険者たちは好意を抱いたのだ。
恐怖心は人並みに持っている。声を荒げられれば肩を竦めていた。
だからといって負けはしない。
根底にある胆力には目を見張るものがあった。
(あとは警戒心させ持ってくれればいいんですけど)
部隊を三つに分け、森へ入る頃には、全員に提案が受け入れられた。
サーフェスからすれば、早く帰ってネオの件を問いただしたかった。為す術がなかったとしても、ナイフぐらい持ち歩いていないのか。いくらネオでも刺されれば正気に戻っただろう。
補給部隊から一番遠い拠点を、「青き閃光」が担当した。
共闘する冒険者パーティーと共に、ふつふつとした感情を魔物へ当てる。
魔物の群れは、呆気なく殲滅された。
共闘していた冒険者の一人がいう。
「特級クラスの冒険者は、さすがにオーバーキルだって」
スタンピードとはいえ、兆しの段階。
主戦力が下級クラスの魔物となれば、さもありなん。
群れとなれば侮れなくなるものの、上級クラスの冒険者パーティーで十分だ。
伯爵から名指しで参加要請があったのもあるが、居合わせた手前、スタンピードの脅威を知っていれば参加する以外になかった。
結果、待機している補給部隊に戻ったのも、「青き閃光」が率いる部隊が一番早かった。
「十分、ユージンを驚かせられそうですね」
「オマエもアイツのこと、大概気に入ってるよな」
珍しい、とネオが口笛を吹く。
言われてみれば、冒険者ギルドの職員にさえ、思い入れはない。
「私が持っていないものを、持っているからでしょうか」
生まれ、と言ってしまえば安っぽいが、ユージンはただ高貴なわけじゃない。
彼自身の尊さが内面から滲み出ている気がするのだ。
笑顔で名前を呼ばれれば、たちまち毒気を抜かれる。それはサーフェスに限ったことではなかった。
「リヒュテも好意的でしょう?」
「あいつ、眩しい」
巨体や、表情が変わらないことからリヒュテは怖がられがちだ。
子どもなんかは顔を青くして逃げていく。
けれどユージンは、サーフェスとはじめて会ったときのように、キラキラとした憧れの眼差しを――あの糸目で――リヒュテに向けるのだ。
(誰に対しても敬意を忘れないんですよね)
よくよく思い返して見れば、邪な視線をユージンから感じたことがなかった。
サーフェスに対し、誰もが抱く下心を彼は持たない。
ネオやリヒュテに通じる、居心地の良さがあった。
全員ユージンを慌てさせるために気合いが入っていたのもあり、早々に魔物の討伐は片付いた。狩り過ぎた面もあり、しばらく下級クラスの冒険者の仕事はないかもしれない。
意気揚々と帰路に就く。
異変を感じたのは、砦が目視できるようになった頃だった。
御者のいない幌馬車が向かってきたのだ。
テイマー能力のある冒険者が馬を宥め、荷台を確認すると血の気を引かせた騎士が乗っていた。
「あ、頭のおかしい文官がいる!」
騎士はわめいて自分は悪くないと訴えたが、話をまとめると、どう考えても騎士団のほうに非があった。何せ自分たちの報酬だと回復薬を盗もうとしたのだから。
正式な手続きを経ていたら、ユージンが止めるはずないのだ。
赤眼のドウキが、バキバキと拳を鳴らす。
「ってーと、あれかぁ、テメェが砦から追い出されたのも自業自得ってこったな?」
「ち、違う! 俺たちは」
問答無用、とドウキは魔力で目を赤くしながら、騎士を殴り飛ばした。
サーフェスは幌馬車を引いていた馬を放し、鞍もなしに跨がる。
「自分が先に向かいます」
一人で騎士たちに立ち向かったユージンが気がかりだった。
回復薬は補給部隊が回収し、他の冒険者たちもすぐにあとを追うと言う。
はっ! と声を上げて、馬を急き立てる。
風が淡いレイクブルーの長髪をなびかせた。
(全く、無茶をして!)
文官が騎士に敵うはずがないというのに。
心配しつつもサーフェスの胸には熱いものがこみ上げていた。
口先だけではなく、真実、ユージンは冒険者である自分たちをサポートしてくれているのだとわかったからだ。
自由への代償か、冒険者なら自分で何とかしろと支援がない依頼も少なくない。
荒くれ者の集まりだと蔑まれるのにも慣れた。
好意的な町の人たちも、いざ結婚、となれば冒険者を厭う。大抵は安住を求めるためだ。それが普通だった。
けどユージンは、違う。
冒険者のクラスに関係なく、常に相手を敬った。ギルド職員ですら、下位クラスの冒険者への当たりが強いにもかかわらず。
一人の人間として接せられ、嫌な気持ちになる者は誰もいない。
ユージンの高貴さは本物だと、胸が高鳴る。
魔物より醜い人間が蔓延る世界で。
ユージンだけが希望の光に見えた。
しかし高揚感で頬が熱くなっていたのも、砦の門を抜けるまでだった。
一瞬で、血の気が引く。
「口で言ってわからねぇなら――」
気付いたときには、ユージンを掴んでいた騎士の腕を切り飛ばしていた。
剣には青い炎を宿して。
「青き閃光」という名の由来は、髪色もあるが、一つは魔力で剣を覆う剣技にあった。
青い炎を纏わせることで、血糊の付着を防ぐと同時に、傷口を焼き切ることができる。出血しないため、不殺も可能にした。
騎士が絶叫する前に顔を殴り、昏倒させる。
「なにを……」
しているんですか。
震える唇は、最後まで言葉を紡げなかった。
ユージンを抱き留め、持っている特級の回復薬を使う。
(早く、早く……!)
顔は原型を留めていなかった。
制服の汚れから腹も強かに蹴られていることがわかる。骨が折れてるか、内臓が損傷している可能性があった。
重症の場合、特級の回復薬でも治せない場合がある。
特に内臓の傷は外から見ただけでは判断がつかない。
親指で蓋を外し、液体をユージンの口へ注ぐ。
一滴もこぼさないよう神経を奮い立たせた。
こんな姿を望んでいたわけじゃない。
自分は、いつもの笑顔で出迎えてほしかったのだ。
先ほどまで高揚していた自分を殴りたい。
気高さなどなくていいと心の底から思う。
(あなただけは無事でいるべきでしょう!)
安全な場所で、現場の泥臭さなんて想像もできない場所で。
警戒心が育つ余地のない、場所で。
のほほんと帰りを待ってくれているだけで良かったのに。
腫れが引き、いつものそばかす糸目が確認できて、やっと人心地つく。
異変を察した飛竜と竜騎士も駆け付けていたようで、飛竜が咆哮した。サーフェスが間に合わなかった場合は、彼らがユージンを助けていただろう。
それにしても、である。
怒りが収まらなかった。
意識を取り戻したばかりのユージンを問い詰める。
「回復薬が盗まれそうだったので……」
答えは想像通りだった。
わかっていた、彼が仕事に責任を持っていることは。
だからといって自分を犠牲にする必要はないだろうと、低い声が出る。
びくりと腕の中でユージンが肩を竦ませても、止められなかった。
目に涙を浮かべているのを見て、やっと少し溜飲が下がる。
(あとは体調が戻ってからにしましょうか)
冒険者たちが帰還するなり、騎士団との乱闘がはじまっていた。
ユージンの上司が頭を抱えて立ち尽くしている。
いい薬になるだろうと、恭しくユージンを横抱きにした。
タイミング良く、赤眼のドウキが囃し立ててくれる。
「サーフェスさんって、僕を恥ずかしがらせるの好きですよね」
思いのほか、ユージンは自分を理解していた。
真っ赤な顔にイタズラ心が疼く。
同時に、ここまで自分を翻弄するのは、ユージンだけだと身をもって教えてやりたかった。
邪魔な騎士団がいない上、物資は潤沢で、管理する人間も申し分ないとなれば、あとは自分たちが頑張るだけである。
森への出立時、ユージンから笑顔で見送られる。
あれだけのことをしたのに、彼が無礼だと怒ることはなかった。
(人が良いにもほどがあるでしょうに)
整った容姿のせいで、人間不信の気があるサーフェスにとっては信じられないほど、ユージンには裏表がなく、良く言えば懐が広かった。
辱められても、その場で抗議するだけなのだ。
(よく今まで無事に生きてこられたものです)
王都の治安が異常に良いのだろうか。
見た目こそ平凡であるものの、話しかければいつも笑顔を向けてくる愛嬌の良さがあった。おかげで冒険者たちもすべからく絆されている。
サーフェスとしてはイタズラ心が湧くが、一方で、庇護欲が掻き立てられるのも理解できた。
赤眼のドウキなんかは、すっかり兄貴面である。
「しゃーねぇなぁ! 下級クラスの魔物なんざ一日で片してやらぁ!」
そんな言葉が後ろから聞こえてきて頬が緩んだ。
森への出立時、サーフェスは先頭の乗合馬車にいた。町から借りているものだ。
椅子があるだけマシで、後続の馬車の荷台に椅子はなく、冒険者たちが板の上でひしめき合って座っている。
乗り心地が良いとは言えないけれど、歩くよりは楽だった。
ユージンから隠れていたネオも、いつになく上機嫌である。
「酒盛りするなら、オレも許されるよなぁ」
「待ってください、何をする気ですか?」
マタタビを吸うんだよ、と返され、眉間にシワが寄る。
「何度も言っているように、子爵でも相手は貴族です」
「わかってるよ。相手の許容範囲なら大丈夫だろ。前も文句言われなかったし」
確かにホテルでの暴挙も、苦情はなかった。
自分もにおいを嗅ぐぐらいは許されている。
ただ何故か、面白くない。
「ユージンに近付くときは言ってください」
「何でだよ」
「あなたが悪酔いしないか見張るためです」
「心配しなくても……いや、一応いてもらったほうがいいか……?」
ネオにも思うところがあるようで、最後には了承する。
「結局のところ、用法用量を守るなら、お酒と同じ扱いなんですね」
「でもさ、いつ寝首をかかれるかわからない相手って怖くね?」
「ふむ、意思のあるお酒ですか」
そう考えると怖いかもしれない。
「ユージンだからオレも気楽ってだけ」
「もっともなように聞こえますけど、自ら近付く時点で自業自得じゃないですか」
獣人にはユージンの特性が察せられるのだ。
いくらでも回避のしようがある。
「んな厳しいこと言うなって。あれを一度経験したら無理。酒よりいいもん」
オマエは酒飲んだら寝るよな、とネオは笑う。
サーフェスはその前の発言を聞き逃せなかった。
「ユージン以外にも経験があるんですか?」
自分の知る限り、ネオはユージンからずっと距離を取ってるはずだ。
あっ、と声を漏らすネオに違和感を覚える。
「そういえば先ほども、『前も』って言ってましたね。ホテルの一件ではなく、もしかしてどこかで接触してたんですか?」
「いやー、その、なんだ、オレって、興味を持ったら、突っ込むところあるじゃん?」
「ええ、それで魔物の穴に入ったこともありますね」
逃げようとするネオの首根っこをリヒュテに掴んでもらう。
リヒュテの怪力には、ネオも勝てない。
「うわっ、ずりぃ!」
「隠し事をしようとするからです。白状なさい」
のらりくらりと質問をかわそうとするネオから、ユージンを空室に引きずり込んだと聞いたときには頭が沸騰しそうだった。
よく訴えられなかったものである。
(警戒心なさ過ぎるでしょう!)
しまいに怒りはユージンへも飛び火した。
前後不覚になったネオに襲われていたかもしれないのだ。現に羽交い締めまでされている。寝ていたので、その場に放置したというのも信じられない。
ネオとしては、ばつが悪かったにしても。
(一度ユージンにも、言って聞かせたほうがよさそうですね)
ネオは、リヒュテの手を借りて逆さ吊りの刑に処した。
◆◆◆◆◆◆
「早く終わらせて、ユージンを困らせてやらねぇ?」
森へ着いた頃、誰が言うともなく発せられた提案だった。
予定より早く帰ることで、迎える準備が整っていないユージンを慌てさせようというのだ。
一見すると平凡な青年は、すっかり冒険者たちに愛されていた。
自らも平凡と称するユージンに、乾いた笑いが漏れたのを思いだす。
(強面の冒険者を相手に、意見を曲げない人を平凡とは言いませんよ)
ユージンの平凡さは容姿にだけあり、その実、芯が強かった。ともすれば頑固ささえ窺わせる姿勢に、冒険者たちは好意を抱いたのだ。
恐怖心は人並みに持っている。声を荒げられれば肩を竦めていた。
だからといって負けはしない。
根底にある胆力には目を見張るものがあった。
(あとは警戒心させ持ってくれればいいんですけど)
部隊を三つに分け、森へ入る頃には、全員に提案が受け入れられた。
サーフェスからすれば、早く帰ってネオの件を問いただしたかった。為す術がなかったとしても、ナイフぐらい持ち歩いていないのか。いくらネオでも刺されれば正気に戻っただろう。
補給部隊から一番遠い拠点を、「青き閃光」が担当した。
共闘する冒険者パーティーと共に、ふつふつとした感情を魔物へ当てる。
魔物の群れは、呆気なく殲滅された。
共闘していた冒険者の一人がいう。
「特級クラスの冒険者は、さすがにオーバーキルだって」
スタンピードとはいえ、兆しの段階。
主戦力が下級クラスの魔物となれば、さもありなん。
群れとなれば侮れなくなるものの、上級クラスの冒険者パーティーで十分だ。
伯爵から名指しで参加要請があったのもあるが、居合わせた手前、スタンピードの脅威を知っていれば参加する以外になかった。
結果、待機している補給部隊に戻ったのも、「青き閃光」が率いる部隊が一番早かった。
「十分、ユージンを驚かせられそうですね」
「オマエもアイツのこと、大概気に入ってるよな」
珍しい、とネオが口笛を吹く。
言われてみれば、冒険者ギルドの職員にさえ、思い入れはない。
「私が持っていないものを、持っているからでしょうか」
生まれ、と言ってしまえば安っぽいが、ユージンはただ高貴なわけじゃない。
彼自身の尊さが内面から滲み出ている気がするのだ。
笑顔で名前を呼ばれれば、たちまち毒気を抜かれる。それはサーフェスに限ったことではなかった。
「リヒュテも好意的でしょう?」
「あいつ、眩しい」
巨体や、表情が変わらないことからリヒュテは怖がられがちだ。
子どもなんかは顔を青くして逃げていく。
けれどユージンは、サーフェスとはじめて会ったときのように、キラキラとした憧れの眼差しを――あの糸目で――リヒュテに向けるのだ。
(誰に対しても敬意を忘れないんですよね)
よくよく思い返して見れば、邪な視線をユージンから感じたことがなかった。
サーフェスに対し、誰もが抱く下心を彼は持たない。
ネオやリヒュテに通じる、居心地の良さがあった。
全員ユージンを慌てさせるために気合いが入っていたのもあり、早々に魔物の討伐は片付いた。狩り過ぎた面もあり、しばらく下級クラスの冒険者の仕事はないかもしれない。
意気揚々と帰路に就く。
異変を感じたのは、砦が目視できるようになった頃だった。
御者のいない幌馬車が向かってきたのだ。
テイマー能力のある冒険者が馬を宥め、荷台を確認すると血の気を引かせた騎士が乗っていた。
「あ、頭のおかしい文官がいる!」
騎士はわめいて自分は悪くないと訴えたが、話をまとめると、どう考えても騎士団のほうに非があった。何せ自分たちの報酬だと回復薬を盗もうとしたのだから。
正式な手続きを経ていたら、ユージンが止めるはずないのだ。
赤眼のドウキが、バキバキと拳を鳴らす。
「ってーと、あれかぁ、テメェが砦から追い出されたのも自業自得ってこったな?」
「ち、違う! 俺たちは」
問答無用、とドウキは魔力で目を赤くしながら、騎士を殴り飛ばした。
サーフェスは幌馬車を引いていた馬を放し、鞍もなしに跨がる。
「自分が先に向かいます」
一人で騎士たちに立ち向かったユージンが気がかりだった。
回復薬は補給部隊が回収し、他の冒険者たちもすぐにあとを追うと言う。
はっ! と声を上げて、馬を急き立てる。
風が淡いレイクブルーの長髪をなびかせた。
(全く、無茶をして!)
文官が騎士に敵うはずがないというのに。
心配しつつもサーフェスの胸には熱いものがこみ上げていた。
口先だけではなく、真実、ユージンは冒険者である自分たちをサポートしてくれているのだとわかったからだ。
自由への代償か、冒険者なら自分で何とかしろと支援がない依頼も少なくない。
荒くれ者の集まりだと蔑まれるのにも慣れた。
好意的な町の人たちも、いざ結婚、となれば冒険者を厭う。大抵は安住を求めるためだ。それが普通だった。
けどユージンは、違う。
冒険者のクラスに関係なく、常に相手を敬った。ギルド職員ですら、下位クラスの冒険者への当たりが強いにもかかわらず。
一人の人間として接せられ、嫌な気持ちになる者は誰もいない。
ユージンの高貴さは本物だと、胸が高鳴る。
魔物より醜い人間が蔓延る世界で。
ユージンだけが希望の光に見えた。
しかし高揚感で頬が熱くなっていたのも、砦の門を抜けるまでだった。
一瞬で、血の気が引く。
「口で言ってわからねぇなら――」
気付いたときには、ユージンを掴んでいた騎士の腕を切り飛ばしていた。
剣には青い炎を宿して。
「青き閃光」という名の由来は、髪色もあるが、一つは魔力で剣を覆う剣技にあった。
青い炎を纏わせることで、血糊の付着を防ぐと同時に、傷口を焼き切ることができる。出血しないため、不殺も可能にした。
騎士が絶叫する前に顔を殴り、昏倒させる。
「なにを……」
しているんですか。
震える唇は、最後まで言葉を紡げなかった。
ユージンを抱き留め、持っている特級の回復薬を使う。
(早く、早く……!)
顔は原型を留めていなかった。
制服の汚れから腹も強かに蹴られていることがわかる。骨が折れてるか、内臓が損傷している可能性があった。
重症の場合、特級の回復薬でも治せない場合がある。
特に内臓の傷は外から見ただけでは判断がつかない。
親指で蓋を外し、液体をユージンの口へ注ぐ。
一滴もこぼさないよう神経を奮い立たせた。
こんな姿を望んでいたわけじゃない。
自分は、いつもの笑顔で出迎えてほしかったのだ。
先ほどまで高揚していた自分を殴りたい。
気高さなどなくていいと心の底から思う。
(あなただけは無事でいるべきでしょう!)
安全な場所で、現場の泥臭さなんて想像もできない場所で。
警戒心が育つ余地のない、場所で。
のほほんと帰りを待ってくれているだけで良かったのに。
腫れが引き、いつものそばかす糸目が確認できて、やっと人心地つく。
異変を察した飛竜と竜騎士も駆け付けていたようで、飛竜が咆哮した。サーフェスが間に合わなかった場合は、彼らがユージンを助けていただろう。
それにしても、である。
怒りが収まらなかった。
意識を取り戻したばかりのユージンを問い詰める。
「回復薬が盗まれそうだったので……」
答えは想像通りだった。
わかっていた、彼が仕事に責任を持っていることは。
だからといって自分を犠牲にする必要はないだろうと、低い声が出る。
びくりと腕の中でユージンが肩を竦ませても、止められなかった。
目に涙を浮かべているのを見て、やっと少し溜飲が下がる。
(あとは体調が戻ってからにしましょうか)
冒険者たちが帰還するなり、騎士団との乱闘がはじまっていた。
ユージンの上司が頭を抱えて立ち尽くしている。
いい薬になるだろうと、恭しくユージンを横抱きにした。
タイミング良く、赤眼のドウキが囃し立ててくれる。
「サーフェスさんって、僕を恥ずかしがらせるの好きですよね」
思いのほか、ユージンは自分を理解していた。
真っ赤な顔にイタズラ心が疼く。
同時に、ここまで自分を翻弄するのは、ユージンだけだと身をもって教えてやりたかった。
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実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──
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