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第一章、かくてあさひはスカウトされる

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「ふぅ……」

 汗を拭い、自身を下着にしまう。
 身だしなみを整えたところで、背後から声をかけられた。

「ありがとうございました」
「えっ、まだいたんですか!?」

 振り返った先には、カフェ店主の美人さんがいた。
 まさか一部始終を見ていたとか……ないよな?

「地域安全課の方だと聞きました。大変なお仕事ですね」
「あ、いや、オレはまだ……」
「新人さんなんですよね。もしよかったら、営業時間にコーヒーを飲みにこられませんか? 助けてもらったお礼をさせてください」
「そ、そうですか?」

 一点の曇りもない清らかな笑顔を向けられて、否定する言葉は出てこなかった。
 名刺をもらって美人さんの名前を知る。

新泉にいのみ わたるさんって言うんですか。オレは本山あさひです」
「あさひさんですか、いいお名前ですね」

 早速名前を呼ばれて、冷めた頬の熱が戻ってきそうだった。
 顔だけじゃなく、声もいいなんて反則だよな……。
 渉さんの声音は透明感があって、いつまでも聞いていたくなる。

「ありがとうございます。コーヒー、飲みに行きます」
「ぜひ。楽しみにお待ちしています」

 これは、好感触じゃないだろうか。
 ……リップサービスだよな、うん。
 期待しそうになる心に待ったをかける。世の中、そう上手い話はないんだ。
 渉さんの邪気のない笑顔は罪作りである。
 もしかして、怪人が発生した理由もそこにあるんだろうか。
 手を振って見送った後、オレは貰った名刺を丁寧に財布へ納めた。

「お疲れ様です」
「神宮さん、移動しなかったんですか?」

 てっきり保護した後は、渉さんを家に送り届けるなりするんだと思っていた。

「本来ならそうするのですが、自分の身に降りかかったことだから、最後まで見届けたいとおっしゃったのです」
「……てことは、一部始終?」
「見ておりました。いやぁ、素晴らしい責めでした」
「褒められても嬉しくないからな!?」

 うわー! と頭を抱える。
 渉さんにもプレイを見られていたのかと思うと、どんな顔でコーヒーを飲みに行ったらいいのかわからない。リップサービスだとはわかってるけど!

「新泉さんも感激されてましたよ?」
「嘘つけ!?」

 どこに感激する要素があった!? もしオレが渉さんの立場だったら、全力で逃げるぞ!
 ……よく最後まで見届けたな。

「本当に素晴らしい仕事ぶりでした。新人とは思えません」
「そうだ、オレはまだやるって決めたわけじゃ」
「新泉さんは、我々の仕事にとても理解を示してくださりました。あ、これ、身分証です」

 神宮さんの手には、オレの顔写真入りのカードがあった。

「いつ作った!?」
「これで今後は、公然わいせつで通報されても、仕事だったと証明できます」
「通報されるの前提なの!?」
「この仕事には付きものでして……あ、ちゃんとこちらでも怪人の発生を確認しますから、趣味で露出された場合は適用されません」
「誰が趣味でするか!?」

 オレは露出狂じゃない! 人より性欲が強い自覚はあるけど!

「怪人の発生を検知したら連絡させていただきます。学業を優先されて大丈夫ですが、怪人の元にはターゲットとなる被害者がいることをお忘れなく」
「学業を優先させる気ないだろ!」

 サラッと脅すな!


◆◆◆◆◆◆


 カフェに入るなり、香ばしい匂いに包まれる。コーヒー豆を渉さんが店内で焙煎しているためだ。
 リップサービスだとわかっていながら、オレは渉さんに会いたい気持ちに歯止めをかけることができなかった。
 結果、今やオレは渉さんが経営するカフェの常連になっていた。

「もう少しで一息つくから、待っててね」
「急がなくて大丈夫だよ」

 最近では店の閉店後に、二人きりの時間を作ってくれるまでに仲は深まっている。
 ここまでくれば、オレの勘違いではないはずだ。
 ドアにCLOSEの看板を下げた渉さんは、二人分のコーヒーを手に、カウンター越しではなく、オレの隣に腰を下ろした。

「お疲れ様。今日もお仕事だったの?」

 渉さんの指先がオレの頬に触れる。

「あれ、シャワー浴びてきたんだけど、まだ汚れてる?」
「その逆。サッパリしてるから、シャワーしてきたのかなって」
「ご明察どおりです」

 怪人の相手をした後は、地域安全課の事務所に、報告がてらシャワーを浴びにいく。
 それから渉さんのカフェに寄るのが、オレのルーティーンになっていた。まぁ、出動がなくても来るんだけど。
 コーヒー豆の匂いが香る店内が好きで。
 何より、渉さんのことが大好きになっていた。
 初見でも好印象だったけど、地域安全課の仕事に理解があるのは嘘じゃなくて。
 話をするたびに、心が惹かれていくのを止められなかった。

 そして、元彼に病院のベッドで別れを切り出されたことを思いだす。

 わかってる、もうオレに彼氏を作る資格はないと。
 けど渉さんなら、話せばわかってくれる気がするんだ。
 頬にある渉さんの手を握る。

「渉さん、オレ……」

 全てを言い終わる前に、渉さんが手を引き、距離を置いた。
 一瞬にして和やかだった雰囲気が、氷点下にまで冷えたのがわかる。
 渉さんの反応に、答えを聞かなくとも、フラれたのだと察した。
 ……やっぱオレの勘違いだったのかな。
 やばい、泣きそう。

「あ、ごめん、僕……」
「いや、オレのほうこそ、先走っちゃって」

 このままだと渉さんの前で涙をこぼしそうで、顔を背けながら立ち上がろうと膝を伸ばす。
 けどその膝を、渉さんに押さえられた。

「僕の話を、聞いてくれないかな?」
「……」
「身勝手なのはわかってる。けど、あさひくんには、聞いて欲しいんだ」

 オレの視界が歪んでるせいか、渉さんも泣きそうな表情をしているように見える。
 それ以上に聞こえる声音が震えていて、オレは椅子に座り直した。

「話って?」
「僕は……無性愛者なんだ」
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