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後日談〜アリス視点〜
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あと少しで、あと少しで私は候爵夫人になれるはずだったのにっ、なんでこんなことになってしまったんだろう……
私はあの後逃げるように家に帰ったのだが、玄関には王家の使者が待っていた。曰く、自分を国外へ連れ出すものだという。
……いやに早い。まぁこの家を出られるのが早くなったと思えば別に良いかな。
そんなことを頭の片隅で考えながら家に入ると、そこには仁王立ちした父と母がいた。
「アリス、お前、やらかしたな。」
父はいつも機嫌が悪かったが、それでも今までに聞いたことがないくらいの低い声、憤怒の表情をしてこちらを睨む。
思わず条件反射的に体が硬直してしまう。
「わ、わたしはただ、家の為を思って…!」
「お前のせいでこれから社交界では信頼も無くなり、王家から目をつけられてしまった!どうしてくれる!当たり前だがお前は勘当だからな!」
「……はい。」
言い返す言葉もない。だが、どうせ私には関係なくなるのだから知ったことではない。勘当され、国外追放なのだからきっと二度と会うことも無いだろう。どちらかといえば、それでこの男が苦しむのであればこの騒ぎも少しは嬉しく思えるくらいだ。
「アリス、これを持っていきなさい。」
いつもほとんど喋らないお母様は、珍しく前に出てきてそう言い、私になにかが入った少し重い袋を渡した。
「はっ、さっさと行って下賤な平民として暮らすがいい!お前の顔なんぞ見たくもない。我が家の恥だ!」
「アリス、行ってらっしゃい。」
「行ってまいります、お母様。今までありがとうございました。それでは、さようなら。」
親やこの家には負の感情しかない私は、社交辞令のような言葉を交わし、さっさとクロム様の待っているという馬車に乗った。
父は、子供をなんとも思っていなかった。まともに会話もしたこともなく、すれ違えば日々の鬱憤を晴らすように私に罵声を浴びせ、時には暴力まで振るわれた。
母はもともと心が弱かったのだろう、父から毎日のように罵声を浴びせられ、私が物心ついた頃には心が病んでしまっていた。そして、部屋に引きこもり、人とほとんど関わろうとしなくなった。父の面影がある私とも。
私はそんな家庭で育ったものだから、父が憎くて憎くて仕方がなかった。
父を見返したかった。自分を娘とも思わず、ただの道具として扱う父を。娘をストレスのはけ口にする父を。母を壊してしまった父を。そして、早くこんな家を出て行きたかった。子供っぽいかもしれないけど、それが私があんな行動を取っていた一番の原動力だった。
だから、この私の唯一の取り柄である顔を駆使して、やっと、やっと候爵夫人になって見返せると思ったのに……全ては白紙になってしまった。
今になって思う。こんなことになっているのは当然だと。私は愚かだったんだ。貴族院で少しモテたからといって調子に乗りすぎてしまったんだ。自分より遥かに格上で、婚約者すらいる男に手を出すだなんて、なんと浅はかだったのだろう。その場で切られてもおかしくは無いのに。
私はこんな愛なんてない家庭だったから、貴族院に行って周りに男が集まり私に愛を囁いてきたのには驚いた。それとともに、自身の可愛さを自覚し、以降男を自身に惚れさせることが楽しくて仕方がなくなってしまった。
私の横にいる男、クロムもそんな中の一人だ。別段好きという相手ではない。そこまでかっこよくもないし、頭も悪い。まあだからこそ私に引っかかってくれたのだけどね。彼の唯一の取り柄は家柄。今までで一番格上の家だった。だからこそこんなに無理して婚約者の位置を得ようとしたのに、それすらも無くなってしまった。
ガタンゴトン。あまり質の良くない馬車に揺られながらこの先のことを考える。
ふと、手元を見れば、そこには母が渡してくれた小袋。中にはしばらくは生きていけるほどの額の金貨が数枚入っていた。
もう私は疲れた。憎しみを糧にして、まともに無い頭で考えて、自分を取り繕って、勝手に暴走してしまって、結果全ては無駄になってしまって……
もうこれからは、そんなややこしいことはなにも考えなくても、なにもしなくても良いか。
「アリス、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「……アリス、本当にすまなかった。俺は馬鹿だった。俺のせいでこんな目に合わせてしまって……これから、きっと色々大変な目にあうだろうけど、俺はできる限りアリスを守る。」
「…………なんでこんな目にあってそんなことを言えるのですか?」
「そんなこととは?」
「…こんな大変な状況なのに、私を気遣うようなことです。」
「アリスを愛しているからだ。当たり前だろう。それに、俺にも責任はあるし、これからは二人で暮らすのだろう?」
「っ………」
そうか、これから私はこの男と暮らすことになるのか。
…………今まで、見た目だとか地位だとか、上辺だけでしか人を見てこなかった。内面なんてまともに見ようとしなかった。私の目的にはそれが重要で、必要だったから。
けど、もうその目的はなくなった。私と父との縁は切れたし、平民になるのだから。
…………それだったら、もう遅いかもしれないけど、せめてこれからは、上辺だけじゃなくてその人自身を見つめてみても良いのではないのだろうか。
そうしよう。まずは、きちんとこの男と向き合って見るところから始めよう。
…きっと今までとは違うものが見えてくるはずだから。
私はそんな、少し生まれかわったような気分になって国を出た。
私はあの後逃げるように家に帰ったのだが、玄関には王家の使者が待っていた。曰く、自分を国外へ連れ出すものだという。
……いやに早い。まぁこの家を出られるのが早くなったと思えば別に良いかな。
そんなことを頭の片隅で考えながら家に入ると、そこには仁王立ちした父と母がいた。
「アリス、お前、やらかしたな。」
父はいつも機嫌が悪かったが、それでも今までに聞いたことがないくらいの低い声、憤怒の表情をしてこちらを睨む。
思わず条件反射的に体が硬直してしまう。
「わ、わたしはただ、家の為を思って…!」
「お前のせいでこれから社交界では信頼も無くなり、王家から目をつけられてしまった!どうしてくれる!当たり前だがお前は勘当だからな!」
「……はい。」
言い返す言葉もない。だが、どうせ私には関係なくなるのだから知ったことではない。勘当され、国外追放なのだからきっと二度と会うことも無いだろう。どちらかといえば、それでこの男が苦しむのであればこの騒ぎも少しは嬉しく思えるくらいだ。
「アリス、これを持っていきなさい。」
いつもほとんど喋らないお母様は、珍しく前に出てきてそう言い、私になにかが入った少し重い袋を渡した。
「はっ、さっさと行って下賤な平民として暮らすがいい!お前の顔なんぞ見たくもない。我が家の恥だ!」
「アリス、行ってらっしゃい。」
「行ってまいります、お母様。今までありがとうございました。それでは、さようなら。」
親やこの家には負の感情しかない私は、社交辞令のような言葉を交わし、さっさとクロム様の待っているという馬車に乗った。
父は、子供をなんとも思っていなかった。まともに会話もしたこともなく、すれ違えば日々の鬱憤を晴らすように私に罵声を浴びせ、時には暴力まで振るわれた。
母はもともと心が弱かったのだろう、父から毎日のように罵声を浴びせられ、私が物心ついた頃には心が病んでしまっていた。そして、部屋に引きこもり、人とほとんど関わろうとしなくなった。父の面影がある私とも。
私はそんな家庭で育ったものだから、父が憎くて憎くて仕方がなかった。
父を見返したかった。自分を娘とも思わず、ただの道具として扱う父を。娘をストレスのはけ口にする父を。母を壊してしまった父を。そして、早くこんな家を出て行きたかった。子供っぽいかもしれないけど、それが私があんな行動を取っていた一番の原動力だった。
だから、この私の唯一の取り柄である顔を駆使して、やっと、やっと候爵夫人になって見返せると思ったのに……全ては白紙になってしまった。
今になって思う。こんなことになっているのは当然だと。私は愚かだったんだ。貴族院で少しモテたからといって調子に乗りすぎてしまったんだ。自分より遥かに格上で、婚約者すらいる男に手を出すだなんて、なんと浅はかだったのだろう。その場で切られてもおかしくは無いのに。
私はこんな愛なんてない家庭だったから、貴族院に行って周りに男が集まり私に愛を囁いてきたのには驚いた。それとともに、自身の可愛さを自覚し、以降男を自身に惚れさせることが楽しくて仕方がなくなってしまった。
私の横にいる男、クロムもそんな中の一人だ。別段好きという相手ではない。そこまでかっこよくもないし、頭も悪い。まあだからこそ私に引っかかってくれたのだけどね。彼の唯一の取り柄は家柄。今までで一番格上の家だった。だからこそこんなに無理して婚約者の位置を得ようとしたのに、それすらも無くなってしまった。
ガタンゴトン。あまり質の良くない馬車に揺られながらこの先のことを考える。
ふと、手元を見れば、そこには母が渡してくれた小袋。中にはしばらくは生きていけるほどの額の金貨が数枚入っていた。
もう私は疲れた。憎しみを糧にして、まともに無い頭で考えて、自分を取り繕って、勝手に暴走してしまって、結果全ては無駄になってしまって……
もうこれからは、そんなややこしいことはなにも考えなくても、なにもしなくても良いか。
「アリス、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「……アリス、本当にすまなかった。俺は馬鹿だった。俺のせいでこんな目に合わせてしまって……これから、きっと色々大変な目にあうだろうけど、俺はできる限りアリスを守る。」
「…………なんでこんな目にあってそんなことを言えるのですか?」
「そんなこととは?」
「…こんな大変な状況なのに、私を気遣うようなことです。」
「アリスを愛しているからだ。当たり前だろう。それに、俺にも責任はあるし、これからは二人で暮らすのだろう?」
「っ………」
そうか、これから私はこの男と暮らすことになるのか。
…………今まで、見た目だとか地位だとか、上辺だけでしか人を見てこなかった。内面なんてまともに見ようとしなかった。私の目的にはそれが重要で、必要だったから。
けど、もうその目的はなくなった。私と父との縁は切れたし、平民になるのだから。
…………それだったら、もう遅いかもしれないけど、せめてこれからは、上辺だけじゃなくてその人自身を見つめてみても良いのではないのだろうか。
そうしよう。まずは、きちんとこの男と向き合って見るところから始めよう。
…きっと今までとは違うものが見えてくるはずだから。
私はそんな、少し生まれかわったような気分になって国を出た。
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