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Beat 5

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それぞれが、決して幸福ではない中で始まったヨーロッパツアーだった。

オウタは実姉、シオリへの片想いを昇華中。

トウキも、ユリの両親の反対に理解を示し、別れの道を選んだ。

タカヒトも異母弟のヒイロと相容れる事もなく、メジャーデビューした事で父親とも疎遠になった。

ただ、そういった負のパワーが、奏でる音楽に深みと凄みを生み出す。

初日のロンドンで耳の肥えたファンを魅了した彼らは、行く先々で熱烈な歓迎を受けた。

日本に戻ってもその勢いは衰えず、様々なサウンドを作り上げる彼らの人気は老若男女を問わず拡大した。

地上波には一切出演しないというスタンスがカリスマ性を生み、彼らに逢えるのはライブ会場だけだと、チケットにはプレミアがついた。




走り続け、3年の月日が流れた。

何ひとつ心の変化のないままに。

人気者になったトモヤに、新たな出逢いがなかった訳ではない。

だが、いつもミオの面影に邪魔をされ、穏やかな恋へと発展する事はなかった。

今も、甘い天罰は継続中なのかもしれない。

時々、街中で見かけたカラスに呼びかけてしまう事がある。

自分にカラスの言葉は判らないのに。

端々に、ミオが息衝いている。

幸せなんだろうな、きっと。

こんなにもひとりの人を愛せる自分は。




さわやかな初夏、WRは2度目のヨーロッパツアーに出発した。

イギリスから始まり、オランダ、ドイツ、フランスと4カ国7公演を2カ月かけて回る。

ロンドンに一緒に行こうと……約束したのはつい昨日のような気もした。

ミオとの想い出は色褪せるどころか、月日が経つにつれて色濃くトモヤの胸を染めてゆく。


「……ミオは…… 元気かな……」


移動のバスの中、トモヤは誰に言うでもなくつぶやいた。


「おまえ、比留間さんからなにも聞いてないのか?」


トモヤの独り言に答えたのはタカヒトだった。


「ナニ? タカヒトはなんか知ってんの? 不思議ちゃんのコト」


本当は色々知りたかったが、何も言わないトモヤの手前口にしなかったミオの事を、オウタは食い気味に訊ねる。


「オレが知ってんのはミオの居場所だけだ。 トモヤが逢いたくなった時のためにそれだけは確認してる」

「おー」


オウタとトウキから謎の拍手が上がる中、トモヤはせつなげに車窓の景色を眺めた。


「逢いたいとか、そんなんやないねん。 ただ、元気でおるかだけ判ったら……」

「あれから3年も経つんだ。 おまえと同じように自分の人生をそれなりに生きてんだろ」


3年も経った今、突然トモヤの口から飛び出したミオの名前。

溜め込んでいたものがついに溢れてしまったのだろうか。

逢いたくないはずがない。

たとえ逢わなくても、遠くからひと目、ミオの元気な姿を見たいというのがトモヤの本音ではないか。

そう思ったタカヒトは、メールでトモヤにミオの居場所を送った。

トモヤがそのメールに気づいたのは、ホテルの部屋に着いた時だった。

ミオの居場所──それを見て、トモヤは驚きを隠せなかった。


「タカヒトっ!」


すぐに彼の部屋を訪ねるトモヤ。

そして、本当にミオがいるのはドイツなのかと問い詰めた。


「3年前、はじめてのヨーロッパツアーに出る前、長谷川って医者と一緒にドイツへ行ったことを比留間さんから聞いてた」


その時もドイツでライブを行った。

短い時間でも、ミオと自分は同じ空の下にいたのだ。


「ふたりの関係も、一緒に住んでるのかも知らない。 ただ、ミオは今もドイツにいるそうだ」


トモヤは、不自然に頬を緩めた。

3年前、自分が願った通りじゃないか。

ミオには別の誰かを怖れず激しく愛して欲しいと、傷つけられる事もなく優しく愛されて欲しいと。

相手が長谷川ならと、そう願ったはずなのに……

なぜこんなにも胸が潰れそうになるのだろう。

体中の血液が逆流しそうな感覚に陥るのだろう。

それでも──逢っても逢わなくてもきっと、自分は後悔するはずだ。

次の公演はドイツ。

その間、トモヤはずっと、1本のロープの上を行ったり来たりするような感覚で考えていた。

もしもミオだけが、自分を忘れて幸せそうに暮らしていたら……

自分で望んだ事でも、きっと酷く淋しく思うだろう。

でも不幸そうなら、それはそれで胸が痛い。

散々悩んだ末、トモヤはようやく意を決した。

〝逢う〟とかじゃなく、ひと目ミオの姿を見よう。

思い返せば、最後に見た彼女の顔は絶望に満ちた泣き顔だった。

せめて、少しだけでも笑っていてくれたら……

今度こそ本当にミオの面影を手放し、彼女を忘れてやろう。




ドイツでのライブを成功させたトモヤは、タカヒトにもらった住所を頼りにミオの居場所にたどり着いた。

不思議なもので、重度の方向オンチであるはずのトモヤだが、ミオの許へ行く時だけは迷わずにいられる。

〝愛の力〟だなんて言ったら厚かましいだろうか。

どこか滑稽に思い、トモヤはふと小さな家をみつめた。

童話に出てくるような三角屋根の木の家。

侘しさを感じさせた大きすぎる鼓堂邸に比べたら、小さなその家は温かい印象だった。

ミオの柔らかなイメージとよく合う家。

彼女はここにひとりで住んでいるのだろうか。

それとも──
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