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Beat 2
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しおりを挟む「ミオさん、ですよね?」
どこか勝ち誇ったように訊かれ、小さく頷くミオ。
その瞬間、懲りずに抱いたミオの甘い期待は儚く砕け散った。
「トモヤから呼び出されたて、そう思うたんやろ?」
相手がミオだと確認するや否や、急に無礼な口調になるハルナ。
心の整理がつかず、何も答えられないミオに、ハルナは容赦なく続けた。
「トモヤみたいなしょうもない男とユキトを二股にかけるやなんて、アンタ何様のつもり?」
聞き捨てならない台詞が、ふたつも飛び出した。
「なんてこと…… 言うんですか?」
トモヤみたいなしょうもない男──
「なんてこと言うんですか!?」
「アンタがユキトを傷つけたんが悪いんやで」
相手の言葉の意味が判らない。
二股とか、ユキトを傷つけたとか──
「せやから、うちもトモヤを傷つけたんねん」
「あなたは…… トモヤの彼女じゃないんですか?」
認めたくなかったが、決して目を逸らせない事実を突きつけるミオ。
だが──
「冗談。 うちが好きなんはユキトだけや」
目の前の相手は、信じ難い言葉を吐き出した。
つまりは、こういう事か。
自分がトモヤとユキトに二股をかけたと誤解したこの女性が、恨みに思いトモヤを傷つけようとしている──
「……違う、あたしは──」
「どこがええの?」
そろそろ、時間だ。
「トモヤって、顔もイマイチやし、アレも下手くそやん? あんなヤツのどこがええの?」
「なに……」
「アイツ、うちが自分のこと好きやって思うてて、気もち悪いねん」
ミオの右の掌が、風を切った。
冬の空に、渇いた音が響く。
「トモヤを傷つける人間は許さない!」
我慢できなかった。
どんな理由や誤解があっても、トモヤを傷つける事だけは絶対に、
「なにしてんねんっ!」
許せない──
背後からミオの左耳を襲う怒声、彼女とハルナの間に割り込む人影。
「ハルナ? 大丈夫か?」
「トモヤぁ……」
ハルナは急に表情を変えた。
「いきなりぶたれたぁ……」
つまりは……そういう事か。
この女性はトモヤだけでなく、自分も傷つけたいのだ。
理由は、ユキトか。
二股をかけていたのは誤解だとしても、ユキトの想いに応えられず傷つけた事は事実だ。
ユキトだけが好きだと言ったこの女性が恨みに思って牙を剥くのはしかたがない。
それでも、トモヤを傷つけていい理由にはならない。
「トモヤ……」
「──なんの真似や」
トモヤの中では、すべてのピースが埋まっていた。
ミオがハルナの存在を知っている事はタカヒトから聞いている。
いきなりぶたれたというハルナの言葉を鵜呑みにしたトモヤは、はじめて見せる冷たい目でミオを見据えた。
「────……」
弁解はしない。
手を上げたのは事実だし、こんなに冷たい目のトモヤには何を言っても届かないだろうから。
「オレにムカついてんねやろ? せやったら、オレを殴ったらええやん」
口唇を噛み、何も言わないミオの態度をふてぶてしく感じたのだろう。
トモヤは、ハルナを後ろ手に庇う格好で声を荒らげた。
「おまえのこと、見損のうたわ。 本音隠して、陰でこんな陰険なことするやなんてな」
泣いたら、終わりだ。
ミオは本能的に左手を動かした。
働き者の左耳を固く包む。
それだけでは足りない気がして、ミオは右手にも仕事を命じた。
トモヤの口が激しく動いている。
読唇術ができなくて幸いだとミオは思った。
自分に対する厳しい言葉を知ってしまったら、あふれる涙を止められないだろうから。
もう、どうする事もできない。
ひたすら耐え続けた挙げ句ふたりの背中を見送らなければならないこの現状を招いたのは自分だ。
悪口を聞かないおまじないを知っているはずのトモヤは、容赦なく口撃してきた。
それほどハルナの事を愛していて、それほど自分は取るに足らない存在なのだろう。
「……どうしよう……」
遠ざかるふたりの背中が、涙でかすむ。
「傷つかないで…… トモヤを…… 傷つけないで……」
トモヤにだけは、今の自分と同じ思いをして欲しくない──
哀しみに震えるミオの肩に、優しい手が置かれた。
「ミオちゃん」
判っている。
この手の持ち主が誰か。
「……フキちゃん…… どうして……?」
ミオは感情をコントロールできなかった。
「どうしてこんなことになるの……?」
「ミオちゃん……」
ユキトの方へ向き直り、その両腕に縋る。
「誤解だって…… あの人に誤解だって言って? 二股なんてかけてない、だからトモヤを傷つけないでって、あの人に言って!」
おもしろいものを見せてあげる──そう言ってハルナに呼び出された訳が判った。
ハルナが勝手に動いた事は計算外の出来事だが、結果はユキトにとって吉と出たようだ。
「ミオちゃん、落ち着いて? ……オレも、あのコには困ってんねん」
白々しく、ユキトは嘘を重ねた。
「オレがミオちゃんのこと好きなのが気に入らへんねん。 せやけど、なんでミオちゃんのこと知ってるんか判れへんし、オレはトモヤのことよりあのコがミオちゃんを傷つけることの方が心配や」
少しだけ痛む、ユキトの良心。
だが、それを飼い馴らしてでもミオが欲しい。
「あたしはもう充分傷ついてる。 でもトモヤは──」
これ以上、ミオの口からトモヤを案じる言葉は聞きたくない。
ユキトは、人目も気にせずミオを抱きしめた。
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