上 下
23 / 125
Beat 1

22

しおりを挟む
 

トモヤもミオも、〝後悔〟という苦味の中で朝を迎えた。

トモヤは、何もできなかった自分を、ミオは、他人に甘えてしまった自分を、悔やみながら朝の光を浴びる。

ただ……この日のトモヤは違った。

後悔の中に、決意に満ちた眼差しを湛えている。

揺れ動く自分の心が判らなくても、ひとつだけはっきりしている事──


「リホ、別れてくれ」


それは、綺麗な顔の女を愛していないという事。


「は? ってナニ?」


だが、返ってきたのは予想外の言葉だった。


「別れるもなにも、つきあってないんですケドー」

「……は?」

「やだ、あんたまさか、わたしのことカノジョだとか思ってたワケ?」


トモヤは、一気に肩の力が抜けた。

難しいと思っていた問題が、こんなに簡単に解けるなんて……


「それは、ごめん……」

「あんたなんか、ただ都合のいい同居人よ。 じゃあね、バイバイ」


軽い口調でそう言い、リホは荷物をまとめる。

口に出せば、物事はこんな風に動くのだと、トモヤははじめて知った。




病気や怪我をした時は、心底母親が恋しくなる。

小さい時からそうだった。

だが今日は……


「……トモヤ……」


彼が、恋しい──

白いカラスを探して幸せになりたい。

そう強く望む反面、ミオは自分の事が許せなかった。

長谷川が思っているのとは少し違う。

右耳が聞こえないのは、自分に与えられた罰だから……

聞こえないうちは幸せになってはいけないのだと、ミオはそんな風に受け止めている。

だから、トモヤに逢いたいなんて思ってはいけないし、彼に心惹かれてはいけないのだ。

だが、頭では判っていても、心は自分のものではないかのように言う事をきかない。

心の痛みが背中に伝わり、背中の痛みが負けじと押し返す。

ミオは思った。

トモヤを守れた背中の痛みが、彼との最後の想い出であるこの痛みが、いつまでも消えなければいいのに……と。




リホがいなくなった部屋は、とても広く感じた。

そして、清々しくもある。

自分にとっては重大な事でも、リホにとっては些細な事だったのだと思うと、トモヤはおかしくてしかたがない。

もっと早く……もっと早く向き合っていれば……

今、自分が抱くミオへの気もちが友情なのか愛情なのか判っただろうか。


「……オレ、女と別れた」


ひとりで、いたくなかった。

古いスタジオで、トモヤは訊かれもしない打ち明け話を始める。


「……っつうか、向こうはつきあってるつもりはなかったらしい……」

「なにソレ、今流行りの〝セフレ〟ってやつ?」


言いづらい事をさらりと口にするのはオウタの役目。


「〝セフレ〟って流行ってんの?」


無邪気に問うのはトウキ。


「知らねー」

「知らんのかい」


そしてふたりは茶化すように重い話題を終わらせた。


「なにかを変えたい── そう思ったんだな」


左手首の内側に彫られた美しいタトゥーをみつめながら、タカヒトはトモヤにそう問いかけた。

失恋した女性が髪を切るように、自分がいくつものタトゥーを入れるように、トモヤもアクションを起こす事で変化を求めているのかもしれない。

そう思ったタカヒトは、言葉を投げた後トモヤに視線を送る。

答えは何となく判る気がしたが、


「……オレも、タトゥー入れよっかな」


トモヤの返事を聞いて、タカヒトは目を伏せて笑った。


「──うっそ、2弦が切れたー。 張り替えたばっかなのに」


ベースと遊んでいたオウタが、憐れに揺れる2弦を恨めしそうに指で弾く。


「閉めすぎたんじゃねぇの?」

「……んー」


不吉な予感がした。

だが、オウタはその感覚を口にはしなかった。

ただただトモヤの事が心配だったが、オウタにはどうにもできない。

どこか優柔不断で頼りなく見えていたトモヤが、彼にとっては大きな決断をし、動き出そうとしている。


「ベースの弦、安くねえんだけどな……」


小さくぼやきながら、オウタは深くため息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...