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Beat 1
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しおりを挟むトモヤもミオも、〝後悔〟という苦味の中で朝を迎えた。
トモヤは、何もできなかった自分を、ミオは、他人に甘えてしまった自分を、悔やみながら朝の光を浴びる。
ただ……この日のトモヤは違った。
後悔の中に、決意に満ちた眼差しを湛えている。
揺れ動く自分の心が判らなくても、ひとつだけはっきりしている事──
「リホ、別れてくれ」
それは、綺麗な顔の女を愛していないという事。
「は? 別れるってナニ?」
だが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「別れるもなにも、つきあってないんですケドー」
「……は?」
「やだ、あんたまさか、わたしのことカノジョだとか思ってたワケ?」
トモヤは、一気に肩の力が抜けた。
難しいと思っていた問題が、こんなに簡単に解けるなんて……
「それは、ごめん……」
「あんたなんか、ただ都合のいい同居人よ。 じゃあね、バイバイ」
軽い口調でそう言い、リホは荷物をまとめる。
口に出せば、物事はこんな風に動くのだと、トモヤははじめて知った。
病気や怪我をした時は、心底母親が恋しくなる。
小さい時からそうだった。
だが今日は……
「……トモヤ……」
彼が、恋しい──
白いカラスを探して幸せになりたい。
そう強く望む反面、ミオは自分の事が許せなかった。
長谷川が思っているのとは少し違う。
右耳が聞こえないのは、自分に与えられた罰だから……
聞こえないうちは幸せになってはいけないのだと、ミオはそんな風に受け止めている。
だから、トモヤに逢いたいなんて思ってはいけないし、彼に心惹かれてはいけないのだ。
だが、頭では判っていても、心は自分のものではないかのように言う事をきかない。
心の痛みが背中に伝わり、背中の痛みが負けじと押し返す。
ミオは思った。
トモヤを守れた背中の痛みが、彼との最後の想い出であるこの痛みが、いつまでも消えなければいいのに……と。
リホがいなくなった部屋は、とても広く感じた。
そして、清々しくもある。
自分にとっては重大な事でも、リホにとっては些細な事だったのだと思うと、トモヤはおかしくてしかたがない。
もっと早く……もっと早く向き合っていれば……
今、自分が抱くミオへの気もちが友情なのか愛情なのか判っただろうか。
「……オレ、女と別れた」
ひとりで、いたくなかった。
古いスタジオで、トモヤは訊かれもしない打ち明け話を始める。
「……っつうか、向こうはつきあってるつもりはなかったらしい……」
「なにソレ、今流行りの〝セフレ〟ってやつ?」
言いづらい事をさらりと口にするのはオウタの役目。
「〝セフレ〟って流行ってんの?」
無邪気に問うのはトウキ。
「知らねー」
「知らんのかい」
そしてふたりは茶化すように重い話題を終わらせた。
「なにかを変えたい── そう思ったんだな」
左手首の内側に彫られた美しいタトゥーをみつめながら、タカヒトはトモヤにそう問いかけた。
失恋した女性が髪を切るように、自分がいくつものタトゥーを入れるように、トモヤもアクションを起こす事で変化を求めているのかもしれない。
そう思ったタカヒトは、言葉を投げた後トモヤに視線を送る。
答えは何となく判る気がしたが、
「……オレも、タトゥー入れよっかな」
トモヤの返事を聞いて、タカヒトは目を伏せて笑った。
「──うっそ、2弦が切れたー。 張り替えたばっかなのに」
ベースと遊んでいたオウタが、憐れに揺れる2弦を恨めしそうに指で弾く。
「閉めすぎたんじゃねぇの?」
「……んー」
不吉な予感がした。
だが、オウタはその感覚を口にはしなかった。
ただただトモヤの事が心配だったが、オウタにはどうにもできない。
どこか優柔不断で頼りなく見えていたトモヤが、彼にとっては大きな決断をし、動き出そうとしている。
「ベースの弦、安くねえんだけどな……」
小さくぼやきながら、オウタは深くため息を吐いた。
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