ー 殉情の紲 ー

MICA

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立つ鳥、跡を……

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「見せるほどのものではありませんが、“証拠”をお見せしましょうか?」


自分が連れて来られた理由を知る美琴は、着物の襟に手をかけ、解き放つように掻き裂いた。


「よせ──」


俊敏に腰を上げ、土方は美琴の両手を抑圧する。

危うさを感じた。

『お梅』──あの女もそうであったが、“女”というものは、愛する男を失った時が一番強く、厄介である。

彼女──『琴次郎』とて例外ではないだろう。

自分の正体が露顕した事に気づき、そしてその先の最悪な脚本までも見据えている。

“死”を受け入れているからこその破廉恥はれんちな行動が、却って哀憐あいれんを振り撒いた。


「皆、席を外してくれ」


土方に托した近藤も、美琴の覚悟を見るや否や、局長として向き合う決意を固める。


「近藤さん……」

「案ずるな。 悪いようにはせぬ」


渋る総司の声を抑え、近藤は自分の要求を通した。




ふたりきりの部屋に漂う空気は、不思議な色をしていた。


「土方君に聞いた。 おまえは…… 女子おなごであったそうだな」


責める風でもなく問う近藤。


「──はい。 隠していて、申し訳ありません……」


処罰は覚悟の上である美琴は、素直に謝辞を述べた。

ただ、彼女には守らねばならぬものがある。


「……わたしが“女”だと…… どういう経緯でお知りになられたのですか?」


それが、問訊となって表れた。

もし、斎藤が自分を庇っていた事までも知られたら、彼の身に危険が及ぶ怖れがある。

だが──


「土方君は、斎藤君に相談されたと云っていた。 聞いておらぬのか?」


近藤の口からは、しかと斎藤の名が紡がれた。


「斎藤は…… 斎藤はなにも── なにも悪くないんです! 女だということを隠していたわたしが…… わたしが全部悪いんです! だから──」


美琴は、脇差を抜き取り、鞘を払おうとする。

その右手を、近藤の大きな掌が制した。


「案ずるな。 斎藤君を咎めるつもりはない」


仲間を想う『琴次郎』の心に触れた近藤は、奪った脇差を自分の後方に置き、亮かな声で語り始めた。


「おまえを女だと見抜けなんだは、私の落ち度。 ゆえに、おまえが黙っていたことは不問に付す。 だが、おまえが女であると知った以上、このまま隊士としてここへ置いておく訳にはいかぬ」


近藤にも、幼いが娘がいる。

自分の娘がもし、男のなりをしてこのような危険なところで暮らしていたらと考えると、身につまされる想いが生じたのだ。


「働き口は、私が責任を持って世話しよう」

「“出てゆけ”と── そういうことですか……?」

「そうだ」


素速い切り返しに、近藤も合わせる。

張り詰めた空気が、ふたりの頬を撫でた。




どのくらいの間、声帯に休憩を与えていたのだろうか……

ひとつ、長い息を吐き、先に解放したのは美琴だった。


「“局を脱するを許さず”── その法度が山南さんの命を奪ったことをお忘れですか?」


声音で、近藤を威圧する美琴。


「手違いであったとしても…… わたしは一度、“隊士”として浅葱の隊服に袖を通しました。 今では、心身共に新撰組の隊士であると自負しています。 そんなわたしに“出てゆけ”とおっしゃるなら── いっそ、切腹を申しつけてください」


拠りどころも何もないこの時代、美琴にとって、ただひとつの温もりであったのが“新撰組”だった。

思い巡らせてみると、つらく、哀しい記憶の方が遥かに多い。

だが、それを凌駕する愛が確かに存在している。

元の時代へ戻らぬと決めた美琴がいるべきは、新撰組を措いてほかにはない。

彼女の言葉には、並々ならぬ意思と覚悟が含まれていた。


「──山南君を救えなかったからこそ、私は同じ過ちを繰り返したくないのだ。 それが判らぬのか?」

「同じように、命を懸けて刀を振るって来たわたしの気もちを、どうして判ってくださらないのですか?」


押し問答が続く。

らちが明かぬと察した近藤は、本音半分、偽態半分で言葉を発した。


「正直に云おう。 私が真に救いたいのは、おまえではない。 この私に虚辞を並べてまでおまえの命を守ろうとした土方君を救いたいのだ」

「────え……」


発せられた言葉の意味が判らず、小さな驚きを見せる美琴に、近藤は土方が自分にばら撒いた嘘を包み隠さず話して聞かせた。


「────……」


口を挟む事なく近藤の話を聞いていた美琴の瞳から、美しい涙がひとつぶこぼれ落ちた。

信じられなかった。

あの土方が、自分を庇って近藤に嘘をつくなど……

酔って眠っている時、自分は彼の同情を引くような言葉を口走ってしまったのだろうか……?

判らぬが、土方に近藤を裏切らせてしまったという苦い想いが、美琴の涙を幾重にも送り出させた。


「土方君は、“腹を切る”とまで申したのだ。 女子とはいえ、この組にいたおまえになら、その覚悟が判るであろう?」


諭す近藤の言葉に、美琴はただ無言で頷いた。


「……わたしが、ここを出てゆけば…… 土方さんには、なんのお咎めもなし、ということでいいんですね……?」


これ以上考えずとも、美琴にはどうすべきが最善か、よく判っていた。

自我を通し、誰かを傷つけてまで斎藤の傍にいたいと望む──

それは、愚かしい愛だ。


「ならば一日…… いえ、半日、時間をください。 出てゆく準備をしますから」


これは“罰”だ。

斎藤を夫とした時尾から、その心を奪った“罰”──

だが、甘んじて受けよう。

傍にいられずとも、斎藤を愛する事はできる。

ここに、改めて不変の愛を誓った美琴は、うやうやしくぬかずき、近藤の部屋を後にした。
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