聖典の勇者 ~神殺しの聖書~

なか

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第14話 シグナル

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「ひとまずここで別れるぞよ。月が真上に上るときにまた同じ場所で合流じゃ。何かあればシグナルを使え。わかったかヨーハ。」

「あいよ。マルス様。」


 パッパと決まりごとが決まってく。
 経験値というか、たぶんヨーハもこの手の訓練を一通り受けてきたのだろう。
 俺も今この段階の修業をしていると思うと早くこんな風に作戦とか任務とか言って話に入りたいもんだ。
 戦うのは嫌だけど。

 そのままいくつかババアとヨーハで決めごとを作ってから俺たちは二手に分かれてブラウンたちの探索を始めた。


 ヨーハと移動を始めた俺だが、さすがに草原を走った時とは違い険しい山の中を木などの障害物を避けながら高速で走るので先ほどまでの余裕は無くなっっていた。
 確かについていけないスピードではないが、スピードだけには自信を持っていただけに少しショックでもある。


「なぁヨーハ。さっき婆さんと言ってたシグナルって何なのよ?」

「えっ? シグナル......あぁ、魔導士同士が離れたところからでも意思疎通ができるようにお互いの魔力周波を合わせるんだよ。」

「何それ!! トランシーバーみたいなやつ?」

「トラン......それが何かわからないけど、とはいっても言葉みたいに話せるわけじゃなくて魔力の質を変えて相手に感知させるって技術だよ。」

「うえっ。めっちゃ難しそう。」

「そうだね。これは王国魔導軍でも幹部クラスじゃないと使いこなせないからあまり流通はしてないんだけどね。あんたならいずれは使いこなせるよ。」

「そうなのかな。まだ魔法なんて1つも使えないけどね。」

「魔導書がないんじゃ仕方ないさ。てかあんた、話しながら走って平気なのかい? 結構スピード出してるけど。」

「これくらいならまだ何とかね。でも結構集中してないとやばいかも。」


 ”この子、まだ魔法も使えない初心者だと思ってたけどとんでもない。このスピードは私が部隊に所属していた時でも誰もついてこれなかった。現役のころとは違うかもだけどそれでもかなりのスピードを出してるはずだよ。それを会話しながらなんて。ほんとマルス様は恐ろしい化け物を育ててるみたいだね。”


 木の枝を飛び移りながら移動していた最中、突然妙な感覚に襲われた。


「ヨーハ!! 止まってくれ!!」


 突然の俺の声に驚いたのか危うく枝から落ちそうになるヨーハ。


「なんだい急に、驚いて落ちかけたじゃないか!」

「静かに、何か気配がする。」


 するとヨーハが怪訝な顔で、


「気配ってなんだい? 私には何も感じないけど?」


 俺はさらに シー とヨーハに人差し指を口に当てたサインを送り静かにするように指示する。
 今、俺が感じてるのは魔力ではない。もっとほかの何か。


「ヨーハ。近くに何かがいる。できるだけ音を立てずに探そう。」


 俺は小声でヨーハに語りかけ、それにヨーハも頷く。
 声を潜め静かになった山の中、深い木々に囲まれているとあの木の化け物に襲われたときのことを思い出す。でもあいつとは違う感覚。


 耳を澄ます......



 バキバキッ!! バキバキバキッ!!



 恐らく木々をなぎ倒しながら進んでいるのだろう。
 かなりの巨体だと推測できる。
 スピードも速い。何かを追ってる?


 距離は南に2キロってところか。


 山の模様が手に取るようにわかってくる。
 これ、まえ修行で死にかけた時になった感覚だ。


 以前は死に近づいたときに発動したこの能力、今また自然と俺はこの能力を使っている。
 嫌な予感がする。死が足音を立てて近づいてくるような、嫌な予感が。


 一方、ヨーハも

 ”この子、何かおかしい。何かを使ってる? 魔力が体から放出されてるみたいだ。ってすごい広範囲に魔力が漏れ出してる! なんだいこれ? 霧みたいに山に広がっていってるよ。いったいこの子何をしてるんだい。”

 救世主を通して事の異変には気づいている。


「ヨーハ、南へ2キロ。何か巨大な生き物がいる。たぶんこの感覚の主だ。」

「2キロ!! あんた2キロ先を索敵したのか? なんか魔力が漏れてるとは思ってたけどそれを広げたのか? なんて馬鹿げた魔力量してんのさ。」


 ヨーハは呆れたという顔をしている。


「何かを追ってる。2人......ここからだと遠すぎて逃げてるのが誰かまではわからないけど、でもこの状況だとブラウン達しか考えられない。急ごう。かなりのスピードだ。捕まるのは時間の問題だ。」

「2人? あと1人は? それになんで逃げてんのさ? あいつらが獣なんかにやられるはずない.....ちょっと待ちな!! 巨大な生き物ってまさか......」

「おい、何してんだよ!! あいつら追いつかれるぞ!! 早くいくよ、こっちだ!!」


 俺は急いでその感覚の方へ走り出した。





 ーーーーーーーーーー






「待ちな!! 私達だけじゃダメだ!! マルス様達と合流しないとってコラ!! ダメだって言ってるだろ!! クソっ、あのバカ。」

 すぐに見えなくなる救世主。


「くそ......せめてシグナルだけでも。」


 急ぎヨーハは手で赤い魔力玉を作り、それを空へ勢いよく打ち上げた。
 それは空高く打ちあがり木を超え、さらに高く上がり、雲に差し掛かる手前で パーン!! と乾いた炸裂音を出し、四方に弾け拡散した。
 鮮やかに空が赤く染まる。


「マルス様、急いでくれよ。これはあたしじゃ荷が重いよ。」


 そしてマルス達を待つことなくヨーハは急ぎ救世主の後を追うのだった。




 ーーーーーーーーーー




 シグナルが空に上がる15分前、マルス班はアンナの感覚を頼りに同じく山を駆けていた。


「見つからん! ここを通ってまだ時間は経ってないはずじゃ!!」

「はい。だいぶ近づいてますが、ボヤッとした感覚なので正確なことまでは......」


 救世主のような魔力探索能力のないマルスとアンナはその感覚の主が近くにいてもそれが魔力を発してない限り最後は目視での捜索しかできない。アンナの感覚はある程度、方角と距離がアバウトに感覚としてわかるというものである。その距離も数キロの範囲で誤差の出る頼りないものであるためある程度対象に近づいてしまうともはやその能力に意味はなくなってしまう。

 だが二人はここに何かがいた事を理解し確信していた。
 木々が生茂る山の中で不自然に一定方向へと木がなぎ倒されており一つの大きな道ができていたのだ。

 もはやただの獣ではない。
 二人は確信している。

 焦るアンナ、視界による索敵を続ける二人。
 そんな二人の索敵方法が功を奏したのかどうかはわからない。
 気づかない方が良かったのかもしれない。

 しかしアンナはマルスより一瞬早く "それ" に気づいてしまった。

 入り組んだ木々の一角の隙間から見えた ”それ”
 切り立った巨大な岩壁の足元に自然にできたとは到底思えない巨大なくぼみ、そしてそのくぼみの色......

 "それ" はすでに "者" ではなく "物" と呼んだ方が良いのかもしれない。
 見ただけでわかる、それがある周りの岩壁が想像もつかない力と重さとスピードでえぐられ、陥没していたのである。その陥没した穴の中心にそれがあったのだから、その陥没の原因が明確な殺意によりそれを実行したのは明白だった。

 アンナは "それ" が何かを瞬時に理解した。


「「「「「「「ブラウンさん!!!!!!!」」」」」」


 そんな!! そんな!! うそだと言って。何かの間違いだと。
 見た瞬間に伝わる圧倒的絶望。

 ブラウンだったものは正面から何らかの破壊的圧力により潰されており、皮と服がそこに張り付きそれ以外の中身はすべて周囲に飛散していた。
 見た瞬間にわかる、即死だろう。

 ブラウンに駆け寄るまでは目に涙を浮かべていたアンナだが、それに近づいたときの凄惨さにすぐに口いっぱいに嘔吐がこみ上げその場に吐き出してしまった。
 膝をついてその場にへたり込むアンナ。


 多少虫が飛んでいたがその数は少なく、ブラウンが死んでからそう時間は経っていないのだろう。
 マルスは確信した。これの正体に。


「......魔物じゃ。」


 その言葉にアンナは目を見開き、マルスを見上げる。


「そんな......なんで......」

「わからん。しかしまだ早すぎる。なぜ今ここに......」


 事態はマルスの表情からも簡単に読み解けた。


「アンナ、すぐに村に戻ってこのことをダレンに伝えるんじゃ。相手が魔物ではお前は役に立たん。」

「でも......」

「わしの言うことが聞けんのか!!!」


 突然の怒声にアンナの体が硬直する。
 ハッと自分のしたことに気づき、

「いや、すまん.....」


 大きな声を出したマルス自身が自分が予想以上に狼狽えていることに驚いている様子だった。


「だがわかってくれ。事は思ったより深刻じゃ。すぐに村の者に知らせ皆を退避させるんじゃ。」


 アンナは目からの涙を止めることもなく首を横に振りマルスの言葉に耳を傾けない。


「それじゃあ、マルス様は? ヨーハおばさんも救世主様だって!!」


 魔物という言葉にアンナ自身もどういう事か理解している。
 だがマルスはアンナの肩に手を置き、優しく微笑みながら、


「先ほどは怒鳴って悪かったの。じゃが大丈夫じゃ。必ずわしが何とかする。わしが誰だか知っておるじゃろう? あの女神マルスじゃぞ。安心せい。」


 涙が次々と溢れてくる。情けない自分に。優しいマルスの言葉に。


「すぐには動けんじゃろう。ひとまずここは安全じゃ。スキを見て村へ逃げるのじゃぞ。わかったな。」


 もうアンナは言葉も出せないくらい泣いている。
 だから精いっぱい首を縦に振った。


「えらい子じゃ。なるべく時間を稼ぐからの。皆を逃がしてくれ。すぐに小僧たちも村へ行かす。必ず生き延びるんじゃ。」


 そしてマルスは行った。
 風のように早く。
 その力強い風は弱ったアンナに少しだけ力を分けた。


 しかし現実とはこうも残酷なものであるのかと思わずにはいられない。
 アンナがまさに立ち上がり山を下りようとしたとき、どこからか赤い魔法弾が打ち上げられ空ではじけた。
 鮮やかに染まった空を見上げるアンナ、みるみると強張っていく。


「あれは......ヨーハおばさんのシグナル......でも赤い色って、まさか救難信号!? そんな......救世主様!!」


 想いとは時に選択を縛る。
 アンナは震える足に力を籠め、持てる限りの速さでヨーハの上げたシグナルの場所へ向かう。

 そんな単純な問題ではないが、アンナにとってこの瞬間だけ、選択の秤が村のみんなよりも彼の命に傾いただけの話である。誰も彼女を責めることはできない。それは神さえも。
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