聖典の勇者 ~神殺しの聖書~

なか

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第11話 お買い物

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「いい父親をしてるんじゃなダレン。」

「マルス様、そんなことないですよ。あいつの明るい顔なんて久しぶりに見ました。こんな世の中です。一瞬の平和も大切にしたいと思ってるだけですよ。」

「若いやつらに背負わせたくはないものだの。」

「えぇ......本当に......」




 綺麗に咲いた小さな花があちこち咲いていていい香りがする。
 そういえば元いた世界でこんなふうに女の子と手をつないでデートみたいなことってしたことあったっけ?
 なんかどうしていいかわからん事案だな。

 なんだかこっぱずかしくなりながらアンナに手を引かれ小走りで歩いていく。
 今まで修行ばかりだったから何にも見てなかったけど周りは自然が多くて、でも村は活発で、いい人ばかりで、素敵な場所だな。


 アンナは俺の手を引っ張りながらあそこは狩りをして肉を調達してくれるブラウンさんの家だとか釣り名人のマカロンおじいさんの家だとか村のあちこちを紹介してくれた。

 歩いている中、村人たちが、


「アンナちゃんこんにちわ。あら救世主様まで連れてデートかい?」

「おやアンナちゃん。積極的だね~。救世主様、しっかりね~。」


 と皆変わらない声ばかりかけてくる。
 俺たちそんな風に見えるのかな?

 その言葉の度、アンナは「もう! 変なこと言わないでください!」とほっぺを膨らましていた。
 かわいい。かわいいけど変なことって何? ちょっと傷つく。

 この村の人たち、みんなが仲良くて。絆みたいなのがあるんだろうな。
 いい村だな。どこぞの神と戦争中だなんて全く感じられない。
 でも実際この村は辺境にあるって言ってたしあんまり関係ないのかもな。
 そんなことを考えるとなんだか心がホッとして、体が軽くなったような気がした。

 俺どんだけ勝手に悩んでるんだよって話だな。

 とまぁ、そうこうしているうちに村の雑貨屋にたどり着いた。
 外見からはまるで店を構えてるようには見えない。

 てか旅人とか来ない村なのに店なんか構えて、売上とか大丈夫なのかな?
 そういう所もゆるそうな村だよな。

 俺の世界じゃ何をするにも 金 金 金 成功するためのビジネスモデルはとか、リスクヘッジを最優先してとか、そんな話ばっかりだからこういう田舎にある雑貨屋を見るとどうやって生計を立ててるのかすごく気になる。でもそれ以上にどんな物が置かれてるのか気になる。

 田舎の雑貨屋ってすごい雰囲気良いんだよな。

 中に入るとそんな外見からは想像できないくらいの豊富な品ぞろえで、剣 盾 鎧 とファンタジーにはお決まりの物が店内に整列されていた。


「なんだこりゃ。見た目とは裏腹とはよく言ったもんだ。全然しっかりした店じゃんかよ。」

「田舎の村だから侮っていましたか? 救世主様?」


 フフフと口に手を当てながら嬉しそうに笑うアンナ。
 俺が驚いてるのが嬉しいようだ。


「案内した甲斐がありました。」

「いや、俺は別に思ったよりすごかったとか思ってないぞ。」


 慌てて弁解しようとするが、


「お店に入った時に思ったことが口から出ていましたよ。」


 悪戯に笑うアンナ。


「うそ!? まじで!?」


 俺、たしかにそんな事言ってたな。
 店の人に聞かれてないかな?

 店の人に聞かれてたらボコられちまう!! と必要以上に肩をビクッビクッとビクつかせている俺にアンナは店の棚から1冊の本を手に取り俺のところへ持ってくる。

「何してるんですか? 肩を上下に動かしたりして? 何かの体操ですか? フフフ、救世主様って本当に楽しい人なんですね。」


 何がだ? なんで楽しい人になるんだこの状況で? ビクッビクッ!!


「ん? そういえばその本なに? ここ本も売ってるの?」

「あぁ、救世主様。これが魔導書と呼ばれるものです。ぜひ救世主様に見せたいと思って。」


 アンナが はい。と俺に魔導書を差し出す。
 手に取ってマジマジとその本を見てみる。

 表紙に書いてある字は読めないが見た目はただの辞典のようなものだな。
 外国の本とか意味なくインテリアで家に飾ってる奴とかいるじゃん。あんな感じ。

「本当にただの本なんだな。」


 思った以上に普通の見た目だ。


「えぇもちろんです。ですので魔導書と呼ばれています。すべての魔導書は古代人が聖典をコピーして作り出したと言われています。これらもそうですが貴重な力を有する魔導書ほど高額になっていきます。」

「えっ!? これ人間が作ったの? すごくない?」


 うそ!! と本を見てた顔を バッ!! とアンナの方へ向ける。
 アンナは一瞬驚いて へあっ!! とか変な声を上げたがすぐに ゴホゴホ とわざとらしくせき込み、顔を赤らめながら答えた。

「正確には古代人です。今の私たちにはそのような技術はありません。だから魔導書というのはとても貴重な物なんですよ。」


 アンナの私たちって言葉に少しだけ引っかかりを覚えた。
 私たちってどういう意味だろ?

 でもそんなことはすぐに頭の外に出て行ってしまい、他の気になった事を尋ねる。


「アンナ、なんで顔赤いの?」


 また へあっ!! と謎の声を上げフニャフニャと何を言っているのかわからなくなってしまう。


「急に....救世主様が顔を....上げるので....ついびっくりしてしまって......」

「どうした? なんも聞こえないぞ? 熱でもあるのか?」


 顔がどんどん赤くなってる。本当に大丈夫か?
 心配になりおでこに手を当ててみる。


「ふぎゃあ!!」


 アンナは奇声を発して ザザザ とすごい勢いで後ずさりしてしまった。


「だだだだだだだ、だいじょうぶです!!!! ご心配なく!!!!」

「いや、心配するだろ。本当に大丈夫か? 顔真っ赤っかだぞ?」

「ふにゃふにゃ......」

「また何言ってるかわかんないや。変なアンナだな。まぁいいや。」


 アンナは下を向いてモジモジしてる。
 多分なんか俺には言えない何かがあるんだろう。
 女ってわからん。


「そういえば思ったんだけどさ。魔導書を使えるのは魔導書に認められた奴だけなんだろ? この魔導書たちは主人が見つかってないわけなのにどうして能力がわかるんだ? バアさんが魔導書は使うまでどんな能力が隠されているかわからないって言ってたぞ。」


 モジモジしてたアンナだがその言葉に、急に顔が真剣になり先ほどとはまた違う雰囲気で言葉に詰まりだす。


「それは、、、、」


 言いにくい顔をしているアンナ、すると、

「使い手が死んだからだよ。」


 奥の部屋から野太い声とともに岩のように大きな体の巨大な影がノシノシと歩いてきた。


「使い手が死んだ場合、魔導書との契約が切れ、元の魔導書の姿に戻るんだよ。使い手によって性質を変える魔導書もあるが大方その能力は変わらない。だからそういう本を集めて売りに出してんだよ。」


 威圧する声の主は、身の丈はゆうに2メートルはあるだろうか。そのたくましい二の腕は俺の胴回りくらいの太さがあるんじゃないか?
 ピチッとしたTシャツの袖を肩のあたりまでまくり上げ、手にはトンカチが握られていた。
 髪は長髪だが後ろで一つにまとめられていて野暮ったさはない。
 やけに長い犬歯が不気味な雰囲気を漂わせている。


「物騒な話だろ? 救世主様よ。」

「あんたは?」


 俺は少しビビりながらも怪訝そうに聞くと、突然アンナが明るい声で、


「ヨーハおばさん。こんにちわ。」

「アンナ。男とくるときは前もって声かけときな。おかしな虫だとひっぱたいちまうよアタシは。」


 ギロっと横目で睨まれる。
 おかしな虫って俺か!?


「ちょっとおばさん!! からかわないで。」


 それにしてもおばさんって......
 でかすぎだろあんた......


「なんだい人の体を舐めるように見て、女連れのくせにいい度胸じゃないか。」

「へっ!! いや、そんなつもりじゃ、」

「冗談だよ。人の男取るほどあたしも干からびた覚えはないからね。」

「もう!! おばさん!!!」

「ハッハッハ!! まぁいいさね。で、今日はどんなようなんだい? アンナ。」

「まったく......えーと、今日は救世主様にこの村を見てもらおうと思っていろいろで歩いてるんです!」


 語尾を強くし、まだ怒っているというのを強調してるんだろうか。その言い方かわいいぞ。


「そうかいそうかい、悪かったよ。ちょっとからかっただけさ。あぁゆっくり見てってくれよ。こんな偏狭な村だから高級品ってわけにはいかないけどマシなのがそろってるよ。」


 少し怖い人し大柄で大雑把な印象だけど気さくな感じで良い人そうだ。
 こんな村でこんな物売って何を考えてるのかって事を聞きたいけど、さすがに聞いたらぶん殴られそうだな。


「じゃあ、ちょっと、中を見させてもらいます......」


 俺はヨーハの機嫌を伺いながらこそこそと店内を見回りだした。


 俺はヨーハの視線から外れるように店内をうろつく。目に入るのはどれも重厚感があり物騒な出で立ちのものばかりだ。

 さっき高級品はないとか言ってたけど、どれも高そうなやつばかりだな。この鎧とか、全身余すことなく覆いつくす重装備的なやつだろ。非力な剣ならそれこそはじき返してしまいそうだ。

 どうなんだろ?今まで考えてなかったけど俺も鎧とか来た方がいいのかな?魔導書がない状態なら剣とかも。

 そう思うがよくよく考えてみて剣とか斧とか、それで相手の命を奪うって考えると背筋がブルっと震えた。陳列された武器たちの光る刃筋が俺を睨んでるような気がしてくる。

 アンナは気にせず店内をウロウロしている。こういった武器は見慣れているんだろう。刃物なんて包丁とかカッターくらいしか見たことないもんな。あれでも十分に人は殺せるんだ。こんなので切られたらと思うと ブルッ! 何とも情けない俺だ。

 ビクビクしている俺にアンナはスタスタと近寄ってきて俺に声をかけた。


「救世主様、これなんてどうです?」


 手にはきれいなガラス玉で出来たようなネックレスを持ってきた。


「なんだこれ? ネックレス? 俺こんなの似合わないよ。」

「効果は悪くないですよ。相手の魔法攻撃を少しですが軽減できるらしいです。荷物にもなりませんし。値段も手ごろですよ。」


 あぁ、似合うとかそういう話じゃないのね。装備品って事なのね。恥ずかしい。


「いや、アンナ。俺さ、恥ずかしい話なんだけどお金持ってないんだよ。全部あの婆さん任せでさ。だからこういうの買いたくても買えないんだわ。」


 お金を持ってないという恥ずかしさにうつむいてしまう俺にアンナは、下から顔を覗きこみ、相変わらずの満点の笑顔で、


「これは私からのプレゼントです。世界を救ってくださるお礼にしては少々安いものではありますがね。」


 顔が近くて バッ と体を起こし一歩後ずさってしまう。


「お気に召しませんか?」


 今度は反転、眉を下げ少し悲しげな顔をするアンナ。
 もう写真集でも出してくれよ!! 買うからさ。


「いや、そういうことじゃないんだ。すごく嬉しいんだけど、でも俺まだなんもしてないし、てか世界を救うとかも実際さ、全然現実感ないっていうか......俺なんかがさ......わかるだろ? なんとなくさ。」


 言ってることが情けないことくらいわかってる。だから今俺はアンナの目をとてもじゃないが見れないし今の俺の顔も見られたくない。情けない顔してんだよ。たぶん。

 だけどアンナは、ズイっと俺に一歩近づき、顔を寄せ、怒った顔でまた、そむける俺の顔を覗き込み自分の思いを声に出す。


「救世主様。救世主様は間違いなく救世主様です。魔法の訓練をされていると聞きますが本来魔法とは素質を持った一部の方が幼少期に魔力に触れることによって才能が開花します。子供の時に魔力に触れないと魔法は使えないということです。」


 顔がどんどん赤くなり興奮しながら、俺の目をまっすぐ見据え熱く語るアンナ。


「いいですか。そんな魔法を救世主様はものの数週間で目に見はるような成長をしています。こんなこと普通じゃありえません。それを抜きにしても私にはわかります。
 この村は大陸の端、最果ての岬という場所に行く際の中継地点としてよく使われるのです。
 だから私はこの街でたくさんの魔導士様を見てきました。
 名前のある魔導士様もその中にはいました。目を疑いたくなるような才能とどれほどの努力があればその域にたどり着けるのか想像もつかないような方です。でも私は救世主様を見た時にそれらの序列が一気に変わりました。
 才能という言葉が小さく聞こえるような選ばれた人間という者を私は見ました。」


 人差し指で俺の顔を指さしながら怒っているのとは少し違う、そんな表情で説明を続ける。


「私は幼い時に魔導士を目指していました。」

「えっ? アンナが?」

「はい、もちろん途中で挫折してしまい親のスネをかじりながらの生活に甘んじているわけではありますが。これでもなかなかの素質があったようで成績は優秀な方でした。」


 えっへん! と胸を張るアンナ。


「だからと言っては何ですが、救世主様が恐ろしいスピードで魔法を会得していっているのを感じます。どんな修行をなされているかは存じ上げませんが少し嫉妬してしまいますよ。師がよほどいいのもうかがえます。」

「冗談やめてくれよ。あのババアが良い師だっていうのかよ!?」

「お言葉ですが救世主様、マルス様の魔力量はとんでもないものだと思います。女神なので当たり前に聞こえるかもしれませんが実際目の前におられるマルス様を見ると自分のちっぽけな才能で魔導士を目指さなくて本当に良かったと私は思いますよ。」


 うんうん。と自分の選んだ人生に納得している様子のアンナ。


「やっぱりそうなの? バアさん以外の魔導士って見たことないからさ、なんか実感ないんだよね。すごいっていうのが。本当に女神なんだよな、あいつ。それも信じられねぇーや。」

「救世主様はまだまだこの世界の事は何も知らないですもんね。そういう所がいいんですけどね。」

 フフフと笑いながら愛らしい顔を俺に向ける。いちいち可愛いんだよな。んっ? そういう所がなんだって? え? ちゃんと聞いてなかった。もっかい言ってほしい。

 アンナは話を続ける。

「魔導士というのは特殊な職業です。皆、何かしらの過去を抱えています。マルス様もおそらく、、、まぁその話は長くなるのでゆっくりできる時間にお話しさせて頂きます。」

「いろいろあんだな。魔導士ってやつも。魔法の使えない俺に才能があるって言われてもなんだか素直には納得できないもんもあるけどな。」

「いいじゃないですか。簡単にいかない事こそ燃える展開というものではありませんか? 救世主様。」

「なんか性格変わってない? アンナさん......」


 アンナのおちゃめな部分にさっきまでいた情けない俺はどこかに身を隠したようだ。
 アンナは強いな。周りの暗い空気をどっかに吹き飛ばしちまう。俺も、もう少し自分に自信を持ってみたいな。アンナみたいに。

 人の強さに心を打たれている俺に、アンナは何かを思い出したように ハッ! とした顔をしニヤニヤと小悪魔のような顔をしてまた俺に詰め寄ってきた。


「で、救世主様。女の子からのプレゼントをずっと受け取ってくれないのは何かほかにやましい事でもあるからですか?」

 えぇ? どうなんですか? と悪戯な笑みを浮かべ先ほどから進めているネックレスを俺にグイっと差し出す。
 その顔につい クスっと笑ってしまった俺。そんな吹き出してしまった俺につられてアンナもクスクスと笑い出す。


「クス.....クスクス.....救世主様が変な顔するから......」


 ツボに入ったらしく必死で我慢してるが堪えきれてないアンナ。
 その姿に俺もまた笑いがこみ上げてきた。


「ふー苦しかった。もう変な顔しないで下さい。」

「悪かったよ変な顔でさ。」

「フフフ、また変な事言って。もういいです、はい。そういうわけでもらってください救世主様。もちろん救世主様の世界救出作戦にはご期待しまくっておりますが、これはそういうわけではなく私自身がもらってほしいと思っているんです。ね、ですから。」


 アンナが はい とネックレスを俺に差し出す。
 女の子からプレゼントとかもらったことがないからどういう顔をしていいかわからずモジモジしているとよく通る大きな声で、


「もらっておやりよ救世主様。ついでにアンナももらってやってくれ。こんな村にいつまでもいるから貰い手がいなくて困ってんだ。」


 ニヤニヤした顔で俺たちに茶々を入れるヨーハ。


「もう! 人を余りものみたいに!!」


 女店主にプンスカした顔で詰め寄るアンナ。
 はいはい となだめられている姿、そういやアンナのお母さんは早くに亡くなったって話を思い出した。
 寂しい時もあったはずだ。ヨーハが母親代わりになってくれているのだろうか?
 だとしたらこの二人は素敵な関係性なんだろうな。この二人の関係性が少しだけ見えたような気がした。

 いつの間にか俺の手にはアンナが選んでくれたネックレスが握られていた。
 そのネックレスを首につける。首の後ろで カチッ とチェーンを付けた時、にわかにそれのガラス玉が光り俺の体を何かが覆い包んだような気がした。これが装備の効果なのだろうか?


「よくお似合いですよ救世主様。」


 パッ と顔を上げるとアンナとヨーハが いい感じだ というような表情で俺を見ていた。
 なんかちょっとだけ自信がでた気がした。



 俺はアンナにもらったネックレスを首にかけヨーハの店を出た。
 一応魔道具みたいなものなんだろうか? 魔法の魔法攻撃を少しだけ軽減できるって言ってたけどつけてみて付けた時に感じた不思議な感覚はなくなっていた。今はただのネックレスだ。洒落た感じがして少し恥ずかしい。

 それからはアンナが相変わらず俺の手を引っ張って村を一通り案内してくれた。

 戻るころには夕方になっていてネックレスの照れもあるがアンナと村を回ったことでなんだかフワフワした気持ちのまま部屋に戻ってしまった。

 そして当たり前だが会うなりババアに

「なんじゃ、不細工な顔を晒しよって。普段より浮かれてる分ブサイクじゃな。あとその首に下げとるもんも似合ってないぞ。外せとは言わんから服の中にしまってくれ。気持ち悪い。」

 ババアいつか復讐してやる。
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