聖典の勇者 ~神殺しの聖書~

なか

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第8話 続 修行

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 それから俺とババアの魔力操作の修行が日課となった。
 2日目からはもうババアに魔力を注入してもらわなくても自分の中にある魔力を感じ取って操作ができるようになっていた。
 だがその代償に修行終わりは初日には比べ物にならない鋭い痛みが体を走り回る。

 それでもババアからのOKが出るまではひたすらこの魔力操作を訓練している。
 初めは未知の体験で面白かったんだがこうも毎日、朝から日没までひたすら同じことをやっていると集中力というものが欠如してくると思うんだが。もっと効率よくいろんなことを同時進行で教えていけないのかね。基礎基礎ってこういう所も年配者の悪い所だと思うな。

 とはいえ、どうして俺が泣き言は言うが、こんな苦行じみた事を続けれるのかというと、一つはババアも俺と同じ訓練を隣でひたすら続けていること。長く魔法を使っていなかったというので魔力への適応が薄れてしまっているらしい。表情を見ていればわかるがババアもあの痛みを感じてるんだと思う。

 だが泣き言なんて一切言わない。そういうのは一切出さない。そこまでされると若者の俺としては引き下がれないプライドがあるってものだ。

 そしてもう一つ。一向に魔力操作は上達を見せず未だに魔法を発動できたことはなく進展のかけらもないのだが、こと肉体に関しては恐ろしいスピードで強化されていた。
 魔力が体の神経になじみ体を作り変えているってババアは言ってたけど1週間やそこらでおそらく俺の世界にいたどんな1流格闘家よりも俺は速く固く強くなったと思う。

 最初は修行場まで片道で2時間かかっていた道のりが今では走って15分くらいで到着してしまっている。しかも疲れなんて全くない。ジャンプ力も本気でまだ飛んでないけどおそらく2~3mくらいの塀なら簡単に飛び越えてしまうだろう。魔法の適性は俺にはないんだと思うけどそれでもこの肉体改造は俺にとって楽しみ以外の何物でもなかった。

 テレビで見た忍者のように木から木へ飛び移って移動したり空高くジャンプしてひねりや回転を入れたり。今オリンピックに出ればほとんどの競技で金メダルが取れる事だろう。
 それが一週間やそこらで出来るようになったのだ。多少の苦痛など屁とも思わないだろう。

 ただ昼間は修行、夜は体の痛みで動けない。
 こんな生活なんで自分の力を唯一楽しめるのがこの場所へ来るまでのランニングしかなかった。
 帰りはヨタヨタのフラフラだからそれどころじゃなかったしな。

 ババアはもともとこのくらい早いのかそれとも強化されたのか、俺のスピードにも楽々ついてくる。
 こんな奴に杖で頭を叩かれたんだ。そら死ぬわ。

 でも魔法が使えるのと魔力が体になじむのは関係ない事なんだな。ババアは体が強化される前から魔法が使えた。だからこのまま体が強化されれば魔法がいつか使えるようになるっていう考え方はしない方がよさそうだな。

 しかしババア曰くこの強化も魔法の一種、側面にあたるとのこと。
 魔力とはそれすなわち可能性の塊らしく、人の頭で考えられる事のほぼ全ては実現可能らしい。
 ”ほぼ”というのがミソらしく、この言葉があるから秩序が産まれるのじゃ。とまたお決まりの訳の分からない含みを持たせた言い方をする。そしてそのことについては一切説明しない。
 自分の成長を感じれる今だからこそ黙って言うことに従うが、前までの俺ならすぐにこの状況を投げ出し勝手な行動をしてそこら辺の野生動物の餌になっていたかもしれない。またはあの奇妙な影、落ちた神の使い魔ってババアは言ってたけどそいつにやられていたかもしれない。

 でも今ならいろいろと俺も戦力になると思うし、強くなっていくことがRPGのレベルアップみたいで楽しさすら覚えてる。変わらず魔法の訓練は激痛が伴い苦しい所があるが幾分最初の頃より症状は治まってきている。
 いや、俺の痛み耐性が上がっているのかもしれない。耐久力みたいなものが上昇しているからなのか、単に俺が痛みに慣れただけなのか、そういうスキルみたいなのを手に入れているのか、まだまだ訳の分からに世界ではあるのだが、今はゲームの中の世界に入り込んだような気がして楽しかった。まさに異世界転生ってやつだな。

 俺は今までこんな形で努力することがなかった。もちろんギャンブルは真剣にやっていたし知識も並みじゃないとは思っている。だがすべて独学であって誰かの教えを一生懸命学んだことはこれが初めてだった。

 今日も魔力が俺の中で回転してスピードを上げていく。逆回転や回転の軸を変えることももうお手の物だ。しかし魔法としてはいまだに俺から発現はしてくれていない。そう簡単にうまくはいかないもんだなと今日も今日とて渋い顔で瞑想に入るのだった。


 修行も今日で10日目に入った。未だに一切の魔法は発現できていない。

 自分の体の中で練った魔力を魔法として体の外に出せないでいるんだ。

 魔力を増幅させ体の外で属性変換。これを体の中でやってしまうと初めに焼けそうになった魔力暴走に繋がってしまう。だが俺はこの体の外に出すっていうのがまったくつかめず、膨れるだけ膨れた魔力は風船が割れるみたいにシューとしぼんでいくというのを繰り返していた。

 俺って才能ないのかな?


「気にすることはない。例えば己の肉体を使い自ら剣を振るう剣士と呼ばれる者がいる。じゃがこの世界ではその剣士も魔法使いなのじゃ。お主も実感しとるだろうがこの世界では魔力の使い方がモノをいう。
 より魔力を体に取り入れてそれを体の中でエネルギーにし、自らの限界以上の力を引き出す。手のひらから炎を出すのと変わらん。己の体から力を作り出し使うのじゃからな。」

「わかってはいるんだけど、そんなもんなのかねぇー。」


 短い休憩時間が過ぎ、また瞑想の状態に入ろうとするとババアが


「おい、そろそろお主の体にも魔力が行き渡ってきておる。馴染んできたという事じゃな。そろそろ次の段階に行ってもよい頃だと思う。」

「まじか!! って......まだ魔法も発現できてないけどいいのか? 俺、こういうなんか中途半端で投げ出す感じ今回はしたくないんだけど。」

 自分で出た言葉だがそれに一番驚く俺。
 今までこんなふうに物事やってこれたことなんかなかったから素直に自分の成長がうれしいんだと思う。

 しかしババアは顔をしかめながら何か言いたげな雰囲気を出しモジモジしている。
 気持ち悪い。

「なんだよ、たしかに俺は才能ないかもしれないけど俺なりにしっかり基礎を固めてから次に行きたいって言ってんだよ。なんかおかしいか?」

 バカにされた気がして少しふてくされる。
 そんな俺を見てババアも何か思うことがあるのか ふぅー とため息を吐きゆっくりと言葉を出し始めた。

「まぁ、あれじゃ、お主に言うタイミングがなかったから言ってなかったのじゃが、んー、なんていうのかの。魔法はな、あれなんじゃよ......。」

「なんだよ。気持ちわりぃーな。はっきり言えよ。」

「そうじゃな。はっきり言おう。あのな、魔法はな、魔導書がないと発現できないんじゃ。じゃから今のお主にはどうあがいても魔法は発現できん。」

「だよなー。俺も全然できる気配がないからおかしいとは思ってたんだよ。そんなに才能ないのかなってさー......えっ? はぁ?」

「まぁそのあれじゃ。ワシはお主の身体能力を強化したくて今の修業をやっていたんだがの。なにやらお主が魔法に執着しとるようなので......言うに言えんかったわの。」

「は? ha? はあ? はあなんですけど?」

「怖い怖い!! 顔が近いんじゃ。目が全部黒目になっておるぞい!! どうなっとるんじゃその目!?」

「はぁ? ちょっと待てよ。じゃなにか? 俺は今までできるはずのない魔法を出そうと必死になってたって事か? こっちは才能ないと思ってずっと悩んでたんだぞ!!」

「うるさいのぉー。それはお主が勝手に勘違いするからじゃろ。ワシは一言も魔法を教えるなんぞ言っとらん。戦う力が必要じゃと言ったんじゃ。」

「言ったじゃねぇかクソババア!! 俺は今の今まで魔法が使えるようになると思ってそれは夜も眠れずに......多少しか眠れずにいたんだぞ。俺のワクワク返しやがれ!!」

「また貴様!! 最近バアさんと一応気を使っとるから、またいつババアと呼ばれるか楽しみにしておったがこのタイミングとはの!! この腐れガキ、引導を渡してくれるわ!!」

「救世主様に言っていい言葉とは思えねぇな!! 俺だってただボーっとしてただけじゃないのはババアが一番わかってるだろ。魔法は使えないけどな、前の俺だと思ったら痛い目見るぜ!! ババアには一度殺されてる、次はあんたがこの世におさらばする......」

「何度ババアと言った!? 何度言ったんだ!!」


 俺がまだ決め台詞を言い終わるか終わらないうちに恐ろしい顔をしたババアは魔導書をすでに展開していて、体の周りに魔法陣のようなものが2つ展開していた。それが合わさって......俺はあっという間に足元から噴き出た炎に包まれ、まる焦げの一歩手前まで焼き尽くされ「プスプス」と焼けた音を鳴らしながら地面に倒れてしまった。

「汚ねぇぞババア......」

 俺の言葉にぶひゃひゃひゃと下品な笑い方で俺を見下しながら

「あまりにお主の口が臭かったんでな、腐ってると思って強めに焼いておいたぞ!!!」

「ぐそ.....やりすぎだろ......これ死んじまう......」

「ほえ? んな!! こりゃまずい!! やりすぎてしもうた。こりゃ薬草なんかでは助からん。」


 見る見る顔が青ざめていくババア。
 この人、本当にバカなんだな。

 しかしあきれている場合ではない。
 体の感覚はなくなっているが激痛だけは絶え間なく襲ってくる。
 自分の肉の焦げた香りが鼻を刺激する。

「こらバカモン!! 全部お主が悪いんだが、死にたくなければ冷静に聞け。お主は今、体の大部分が火傷でこのままでは助からん。」

 サクッとえげつない事言ってくれるよな。
 しかも全部俺のせいにした。

「じゃが、普通なら発狂してもおかしくない状態じゃがどうじゃ? 意外と冷静じゃろ?」

 言われてみればそうなんだが早く助かる方法教えてくれよ。
 我慢できるってだけで痛いのは本当に痛いんだから。


「それは今までお主が魔力とともに激痛も体に取り込んだことにより......」

「そんな事....いいから...早く...」

「つまらん奴じゃの。珍しく誉めてやろうと思ったのに。まぁよい。で、そこでじゃ。今一度瞑想状態に入り魔力を体の隅々まで行き渡らしてみぃ。体の自然回復力が劇的に上がり損傷部分が再生を始める。」

「ぐ、ううぅぅ、急に言いやがって......」

「ほれ、はよせんとほんに死んでまうぞ。」

 簡単に言ってくれる。たしかに火傷の症状にしては恐ろしく落ち着いてる。
 大激痛が休むことなく俺の体を襲ってくる。
 とても落ち着いて魔力を練るどころじゃない。

 激痛の合間に体を優しい感触が包んでいく。

 あれ? もう体で魔力が回転してる。

 この状況で俺は無意識に魔力を回転させ増幅していたのだ。

 継続は力なりってか。この状況でも自然と魔力を操作できるなんて。我ながらよくやってきたもんな。
 って早くしないとほんとに死んじまうな。


 俺は即座に今よりさらに深く瞑想状態に入り感覚を研ぎ澄ます。すぐに痛みを感じないほど集中することができた。


 魔力で体の細胞を修復するイメージとババアは言ってた。それっておそらく属性変化だ。前は体の中から外に出せずに暴走したけど今回は体の中で属性変換して体に広げる感じだ。

 まず魔力の回転を抑えてもっと体を流れる血液のようにゆっくりと、体を巡るようにゆっくり。
 それでいて焼けた皮膚を取り除いて魔力を皮膚に変質させるようなイメージで張り付けていく。
 一度焼けた皮膚を修復すると時間もかかるし精度も悪い。新しく生み出したものと交換していくイメージだ。

 パラパラと今ある皮膚がはがれ落ちていく感覚が伝わる。
 魔力が死んだ神経の代わりに俺に情報を伝えてくれている。
 研ぎ澄まされていくのがわかる。

 次第に魔力は俺の体の外の世界にも満たされていく。
 ババアが驚いた顔をしている。この野郎、修復の修業がしたくて俺を瀕死にしやがったな。
 危うく即死だったじゃねぇーか。
 おっと、さっきババアが森の木まで燃やしたところまだ火が消えてないや。あとで消しとこ。
 ん? なんか湿度が上がってきたな。雲も渋りだした。風も山の方から強く吹いてるし、一雨きそうだな。

 なんか俺の体めっちゃ光ってる。笑える。これ一応回復魔法なのかな? 魔導書がないと使えないんじゃなかったっけ?
 全部が手に取るようにわかる気がする。
 これが魔力、これが魔法なのかな?

 なんか今なら何でもできそうだ。



 ”こやつ、何という事じゃ。普通なら魔力で体の代謝を速めて新しい皮膚を再生していくというのが正解なのじゃが。これは再生ではない。魔力から皮膚を生み出しておる。魔力の性質変化の特性を利用して体に合う性質に変化させておる。これはもはや ”創造” のレベルではないか。
 体の構造がより魔力に適合されたものへと急激に変わっていっておる。
 それもそのはずじゃろう。魔力を含んだ細胞組織ではなく魔力から作られた細胞組織なのじゃから。
 ......とんでもない奴じゃ。これをやれと言われてできる者など小僧以外にこの世界にはおるまい。それほどのものを今やってのけておる。”



 光が充満していくのがわかる。あぁそうか。魔法って、魔力って、こういう事だったのか......


 気づけば気を失っていたようで何やら横でガミガミ汚い声が聞こえる。

「おい、小僧起きんか!! お主という奴はほんに心が弱いの。あれしきの火傷で気を失うとは!!」

「あれ? 俺何してたんだっけ?」

「何にも覚えてないのか?」

「あぁ......なんかババアに燃やされたところまでは覚えてる。」

「立てるようになったら村に帰るぞい。今日はもう終わりじゃ。」

「んあ? もういいのか? まだ日も傾いてないぞ。」

「どうせ今日のお前ではもう修行もままにならん。」

 確かに体の力が入らない。これ帰りは時間かかりそうだな。


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