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第6話 始まりの村

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 森を出てしばらく歩くと、遠くで村というには少し規模の大きい集落が見えてきた。
 昨日からずっと歩き詰めだった俺はやっと見えてきた人の気配に今までの疲労が薄れ喜々爛々と足取りを軽くする。


「ブツブツ文句ばかり言っとったのに、村を見つけるとこれじゃからの。現金な奴じゃ。」

 ババアが口をすぼめてなんか言ってるわ。梅干しみたいになってる。


「なんか言ったか?」

「いえ何も.....」


 思ってるだけなのに。顔に出てたか? 悪口だけには敏感なんだから。
 そうこうするうちに目の前まで村の入り口が見えてきた。


「ちょっと待っておれ。」


 そういうとババアは俺を置いて先に村に入っていく。


「おい。なんだよ。こんなとこに一人で置いていくなよ。」


 あの影の奴とか変な化け物に襲われたらどうすんだよ。


「ブサイクのくせにうるさいの。少しの間じゃろうが。お前みたいなブサイクが村に入るには村人に事情というのを説明せないかんのじゃ。わかったら鏡でも見て少しは人間らしい顔の練習でもしておれ。」


「ブ...ブサ...いやいや、今は髪の毛とかセットしてないからそんなふうに見えてるだけだし。服とかもあれだからいつもはもっときれいめなやつとか......」


 すでにババアはいなかった。
 いつかぶっ飛ばす。ババア。




 ここに到着するまでの間、簡単には説明は受けてたんだが、この村は大陸の最西端の村らしくこの村より西は俺が木の化け物に襲われた迷いの森と初めに気絶してた西の草原しかない。

 特に何かよほどの理由でもなければ立ち寄る場所でもなく、ゆえにこの村に旅人の類は全くと言っていいほど訪れることはなく外部からほぼほぼ遮断されていると言ってもいいほどの閉鎖された村らしい。

 今の俺たちは落神から姿を隠している身なのであまり目立つ動きは避けたいのだがそれほどの鎖国された村にいきなり旅人が現れて魔法の訓練をしだすというのは逆に目立つのではないかとも思うのだが、それはこの村を選んだ理由の一つらしいが、この村は何とかつて世界を救ったとされる聖典伝説を信仰する人たちが集まった村なのだという。

 聖典は神シュタルケが女神マルスを使わせ人に与えたとされる神の書物。ゆえに世界が混沌に陥り聖典使いが現れると必ず女神マルスも地上へ降り立つ。

 ゆえにこの聖典信仰はマルス教と呼ばれ俺たちは神の使途として出迎えられることになっているみたいなのだ。

 ファンタジーのお決まり、女神の話を聞いてなんで俺の時はババアが付き添いなんだと露骨にテンションを下げる。

 そんなババアが村の入り口から出てきてうっとしそうな顔で俺も入口から入ってこいと下から指をクイクイと下品に手招きする。
 何かするたび癪に触るババアだな。指でクイクイやめろ。そして俺の顔を見てダルそうな顔するのもやめろ。


 村の入り口に入るとすでに村中の人が俺たちを出迎えてくれており



「「「「「「「「救世主様ぁ!!!!!!」」」」」」」



 皆が口々に俺のことを救世主様と崇める言葉をかけられる。
 その言葉に驚きはしたが、聖典使いという自覚のない俺はとても笑顔で答えることはできず暗くうつむく。

 だってそうだろ。もし俺が今、何かの間違いで聖典使いと呼ばれてるとしたら、訓練をしてもちっとも強くならなかったら、俺は皆の失望を受け止める自信がない。今でも俺が聖典使いってのは間違いだと思ってるし。

 期待されるのなんて今までなかった。まして世界を救うだなんて責任、俺に負えるわけがない。
 それにみんながみんな俺を出迎えてくれてるわけじゃない。

 群衆のはずれの民家には腕を組みながらけだるそうに壁に寄りかかっている男が二人いた。
 一人は線は細いが背は高く金髪の長髪、切れ長だからか目つきは悪く見え睨まれてる気がしてならない。

 背中に大きな弓を背負っていて身の丈は言い過ぎだがそれくらい大きな弓であることは間違いなかった。

 もう一人は小柄で耳の辺りの長さで綺麗に切りそろえられたおかっぱ頭の黒髪で腰に2本の短剣を携えている。端正な顔立ちだがどこか冷めたような印象も受けてしまいやはり俺のことを睨んでるように映らなくもない。

 二人の顔はとても歓迎しているような雰囲気ではなく、部外者の俺を信用していないというような感じを受けた。

 今のところ確認できたのは二人だけだが、今歓迎してくれている人たちも心の中では何を思っているかはわからない。俺だってそんなすぐに人を信用しろなんて無理な話なんだ。
 チラチラと横目でその二人を見ていると


「なんじゃ。お主気づいておるのか。なかなかの観察眼じゃな。気は小さいくせに。」


 ババアはカッカッカっと高笑いをしながら俺の方を向き声をかける。


「あんたさ、口を開けば俺の悪口だな。俺の事バカにしてるだろ?」


「遅れとるの。そんなダサい言い方しよって。そういう時はこういうんじゃよ。”あんた、俺の事ディスってんだろ? アーーーーイ!!!!”  」


 本気のオラ顔を目の前で見せつけられ両手の中指を突き立てられている。
 無性に顔がむかつく。その中指いつか折ってやる。


「気にするなと言うのは無理かもしれんが、お主は間違いなく聖典に選ばれた者じゃ。それだけはわしが保証する。」


 フエッフエッフエっと怪鳥のような笑い声とともに村人の群衆の方へ歩いて行ってしまった。


「その保証が信頼できないって言ってんだよ......」


 信頼できないのは本当だがババアのその言葉に少しだけ心が軽くなった気がした。




 村の人たちは俺らを歓迎してくれた。
 確かにマルス教で俺が聖典に選ばれた者だとしてもそんな事、すぐに信じられるものなのだろうか?
 ババアが何を話したのかわからないけどそこが不思議でたまらなかった。

「救世主様ってのはもっと年取った爺さんかと思ってたが俺の娘と同じくらいなんだな。俺はここの村の村長をやってるダレンだ。よろしくな。救世主様。マルス様から聞いてるぜ。当分この村で魔法の訓練を積むそうだな。その間、俺の家の部屋を好きに使ってくれ。無駄に広くてずっと部屋を余らしてたんだ。」

 そういうのはいかにも気さくで陽気そうな雰囲気のおじさんだった。いい体つきをしているが柔らかい雰囲気で口元はちょび髭を生やしている。
 良い人な気がする。


「悪いの、ダレン。このボンクラを鍛えないとすぐに殺されてしまうでの。身を隠しながら鍛えるとなるとここしか思いつかなんだ。巻込むことを許せ。」


 ババアの知り合いか? 泊めてもらうのになんでこんなに偉そうなんだ。失礼な態度は俺にだけじゃなかったんだな。後で説教してやろう。


「いえ、マルス様。私ごときがあなたと救世主様のお力になれる事は光栄な事です。困ったことがあればいつでもこのダランにお声がけください。」

「うむ。頼りにしておる。しかし情勢はそこまで悪いのかの? 長くここを離れていたんでな。」

「はいマルス様。神たちの進行はすさまじく、北の王国ベィルヴァニアが落ちたとの報告も受けております。」

「なに!! あの軍事国家ベィルヴァニアが。あれほどの武力を有する国が......」

「3日と持たなかったとの事。」

「なんじゃと!! まさか奴が完全に......」

「いえ、それはまだです。ベィルヴァニアの生き残りの報告ですが神の使徒が動いているとの情報はつかんでおります。」

「すでに使徒も召喚できるほどにまで力が戻っているという事か。これは急がなくてはならんな。」

「あのさ、真剣な話してるとこほんとに悪いんだけどさ。チョイチョイ出てくるマルス様ってさ、それ女神の名前だよね。なんか今ここにいるみたいな感じで話すからさ。それ誰の事を言ってんの?」

 場違いな質問だとは思うけど気になるのも仕方がない。
 その言葉にダレンは顔全体で ? を表現しているようだった。

 俺なんかまずいこと聞いちゃった?
 ババアは頭を抱え「めんどくさいのぉ。」とうなだれている。

 周りを見渡すと村人みんなも口を開けて唖然としてるもの。驚きの表情で顔をゆがめる者。苦虫をかみつぶしたもの。聞こえなかったふりをしてるもの。皆が俺の言葉に驚きを隠せないでいる。
 するとダレンが


「えっ? 誰って救世主様。今、目の前にいらっしゃるのがマルス様ですよ。女神マルス様。」

「いや、あれなんだよ。俺あんまり神様とか信じてこなかったからさ、みんな見えてるのかな? 俺さ、魔法とかも使えないからってのもあるんだと思うけど、見えてないんだと思うんだよ。どこにもいないじゃん。女神様なんでしょ? それならそれでいいんだけどさ。」

「おいブサイク。めんどくさい奴じゃな。間が悪いんじゃお主は。まだわからんのか わしがマルスじゃと言っとるんじゃ。大地の女神マルスじゃ。」

「えっ.....はぁ?......ワシって...... 女神ってお前......」


 今の話を横で聞いてて、まさかそんなわけはないだろうと頭を何度もよぎったさ。よぎってなお、この質問をせざるおえなかったんだ。なぜかって? それはだな......


「お前......く...く...く......くそババアじゃねぇか!!!」

「バ....ババ......ずっと心の中でそう呼んでるのは気づいておったが、いつ口に出すのかと思えば、それが今じゃとわな!!」

「女神ってのはな!! セクシーで知的で神秘的なのがセオリーなんだよ!! お前みたいな溝だらけのババアがなっていいもんじゃないだろ!! 返せ俺の期待と夢を!!」

「このくさムシが!! 勝手な期待で人を侮辱してからに!! 貴様の欲求不満をわしにぶつけるでない!!」

「なんだと!! お前みたいなきつい香辛料みたいな匂いのする女神がいてたまるかよ!! 俺のファン......タジー......を返......うそ.....うそうそ...今の全部嘘だから!!!」


 ごぎゃ!!!!


 目を血走らせたババアが渾身の力で杖を俺の頭に振りおろした。
 目から星が出るとはよく言った言葉で俺の視界はチカチカと満点の星空に囲まれ、それはそれは綺麗な景色だったという。めでたしめでたし......


「ってなっちまう所じゃねぇーかくそババア!!!!」

「なんじゃ急に!! 意味わからんわ!! サイコ野郎か貴様!!」

 頭から血を噴き出す俺と怒り狂い杖を振り回すババア。
 その光景にダレンは、


「この人たちが本当に世界を救ってくれるのだろうか?」


 その言葉に村人たちも大きくうなずくのであった。





「この部屋を使ってくれ。少し狭いが掃除は済ませてある。頭の傷薬はここにおいておくぞ。足りないものがあったら何でも言ってくれよ。ではマルス様の部屋はこちらです。」


 ダレンは手際よく俺たちの荷物と一緒に部屋への案内を済ませ自分の家の中を説明しだす。
 家は広く俺たちに部屋を貸してもまだ部屋が余っているような状態だった。
 俺の部屋は6条一間ほどの大きさで部屋には衣装タンスとベットが置かれた質素な作りだった。
 ダレンの言葉通りきれいに掃除は済ませてあるようで水拭きした後の木の香りが鼻をくすぐる。


 いまさら引くに引けなくなっているこの状況に不安が高鳴ってくる。
 世界を救うとかそういうのは何にも自覚はないけど、少なくとも俺のことをよくしてくれた人の思いは裏切りたくない。さっき会ったばかりだけどダレンは良い人なんだと思う。本当に俺に希望を持ってくれてるんだと村人の歓迎で伝わる。それが重しになっている自分の気持ちが少し嫌だ。


「なんだ暗い顔だな救世主様。あんたにそんな顔されちゃ俺たちはどこに希望を持てばいいんだ?」


 底抜けに明るい笑顔で俺に問いかけるダレン。


「いや、俺、まだ自分が救世主なんて呼ばれる資格があるなんてどうしても信じられないんだ。なのにこんなによくしてもらって。村の皆だって全員が俺の事信用はしてないだろうし。そんな俺がみんなの期待なんかに......」

「また言っとるよこやつは。頭の中はネガティブで出来ておるのかの?」


 ババアの言葉に何も返せない。


「まぁ俺たちに救世主様の気持ちは到底理解できない。だが勝手に俺たちが信用して、勝手に俺たちが期待してんだ。そうでもしなきゃこんな世界で生きていけないぜ。それぐらい許されていいだろ?」

「いや、俺はなにもみんなが間違えてるとかそんな意味で、」

「わかってるよ。でもそういうことだ。あんたが何もかも背負う必要はないんだ。俺は俺が思った事を信じてるだけだ。そうだろ? 救世主様よ。」

「......あぁ......そうだな。世話になるよ。ダレン。」

「あぁ、安心して背中を預けな。」


 ニッシッシッシと子供のようにいたずらに笑うダレン。


「でもさ。皆にも言っといてほしいんだけど救世主様はやっぱ恥ずかしいわ。名前で呼ぶように言ってくれないか? 無谷《むたに》 雨国あまぐに。俺の名前。」

「救世主様を呼び捨てってのもな。まぁそれが頼みってんならしかたねぇか。雨国《あまぐに》、これからよろしくな。」

「あぁ、よろしく。ダレン。」

「さぁバカ青春ごっこしてる場合じゃないぞ。今日からお主に魔法を教えるんだからの。」

「はいよ、待ってました。要はそれができりゃ俺のこんな弱気な乙女心も吹き飛ぶってわけだろ?」


 にやりと笑う俺にババアは、


「まぁそういうことじゃな。」

 とでかい鼻をフンッと鳴らした。

 やらなきゃ始まらないのはなんだって同じだ。
 とりあえずやってみて、ダメなら逃げ出しちまうか? 俺?

 相変わらずダメだった後の事ばかり考える俺だが、さっきよりだいぶ全部が軽くなった気がしたよ。
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