聖典の勇者 ~神殺しの聖書~

なか

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第4話 瓶割れる

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 穴があるのに気付いてないのか?


 俺は気づいた事をまとめてみることにした。

 まず間違いないのはあいつらは移動ができない。
 あの巨体だし枝を使った素早い攻撃からも予想できるように大半の動きは枝が行っているようだ。
 それにあのツルの集合体は獲物を巣に誘い込むためのものだった。
 結果答えは動けない。または動きが鈍いという事。


 奴らは目や鼻といった器官が存在してないって事。
 攻撃されたすぐ後ろの穴に転んだだけで奴らは俺を見失ってる。
 枝をウネウネと地面に這いずらせて俺を探してるんだがへこんだ穴などは探していないというか穴に気づいていない。これはおそらく枝の感触で獲物を探しているのではなくおそらくだが動いた振動を感知する生物なのだろう。これは完全に勘でしかないが。


 ということはだが生き残るためにしないといけない事は一つ。
 敵の射程距離の確認。
 これに限る。


 敵は1体。エサをおびき寄せるような生き物は群れないのは鉄則。
 ならば移動ができないのだから敵の攻撃が当たらない所へ逃げてしまえばいいんだ。


 どこまでが敵のテリトリーなのか。それを見極めなくては。
 俺は隠れながら敵の枝の動きを凝視する。

 そして俺はその動きを見て ニヤッ と不敵な笑みを作るのだった。


 先ほどから枝は地面を這いずるように俺を探している。
 その枝の動いた跡がコンパスでも引いたように円を描いている。


「俺って天才?」


 まさか、今まで隠されていた才能がこんなところで開花するなんて。追いつめられたときに力を発揮する俺ってやっぱ主人公タイプ?

 見たところ比較的敵の射程範囲は広くない。
 タイミングを見計らって枝が一番遠くを探しているときに全速力で穴から抜け出し射程外まで走り抜ければ問題ないだろう。

 緊張感で手が汗ばんでいる。
 それを自覚している事を自覚することで自分自身が冷静になっていっているのを感じる。
 俯瞰的に物事を見るというのはこういう事なのだろう。
 いいぜ俺。生き残れるために最も必要な事は "生き残る事" なんだよ。
 わかる? この哲学?

 そうこうしているうちに枝がズルズルと俺の今いる位置から離れていく。
 そのまま永遠に俺を探してな。
 俺はこんな暗くてジメジメした気味悪い所はさっさとおさらばしてぇんだぜ。てやんでい!

 そして木の枝がおそらくもっとも遠い付近に差し掛かり始めた時、

「今だ!」

 俺は勢いよく穴から飛び出し一直線に襲ってきた木とは反対方向に走り抜ける。

 なんだよ楽勝じゃねぇか? いや本当に。涙が出るよ。
 今の状況。今めっちゃ俺は俺を俯瞰的に見ている。
 走り抜ける。そう走り抜けるんだ俺は。
 俯瞰的に今を見れ過ぎてめっちゃ俺は現実を直視できないね。
 世界がどうして逆さまに映ってるのかなんて考えたくもないし俺の知ったこっちゃない。
 俺はとにかくこの場所を一刻も早く走り抜けたいんだ。
 だからお願いします。足、離してください。


 そう、勘の良い人なら気づいているかもしれないが何を隠そう、隠す気もないがこの俺は穴から飛び出したまさにその瞬間、地面から突如飛び出してきた木の根に片足を絡めとられそのまま空中に持ち上げられてしまっている。

 空中で逆さになりながら一生懸命走る俺。現実逃避もここまでいけば立派な特技として認定してくれるのではないだろうか? 誰かが。

 よく考えればわかったことだ。木が動いてるんだ。枝が動いてるんだ。根っこだって動くだろ普通。
 本当にバカだ俺は。わかっていたんだ。自分を俯瞰的に見れていると思っているときほど自分の考えに酔っているだけだということに。何にも見えてなかった。


 グググっとさらに上に持ち上げられる。


「もしかしてこっからあれする気ですか? その固い地面に、叩きつけってやつですか? 僕の肉は筋トレとかも全然してなかったので叩かなくてもおいしいと思いますよ。スジも比較的少ないし、じゃなくて俺食べてもおいしくないですよ。てかもう一人味の保証はできないし皮と骨しかないかもしれないけど香辛料の香りがするババアが一人知り合いでいるんですよ。そいつ呼んできますよ。ね? だから俺喰うのはちょっと待って。って地面には叩きつけないで。お願い!! 待って待って!!」


 ジタバタと空中で暴れるがそんな抵抗は無いに等しい。
 絡んだ木の根がいっそう足を強く握る。

 とたん視界は流局した線の世界になり俺は ブウン!!! と空中で振り上げられものすごいスピードで地面に振り下ろされようとしていた。

 やばっ、この高さ死んだ。

 暴れながらも冷静にそう考えれるだけの頭は残っていた。いや、違う全部がスローモーションに見える。
 俺の飛び散ってる鼻水と涙とかも空中でゆっくり見えている。

 なんだこれ? あぁ走馬灯ってやつか。てことは俺死ぬんだ。死んで生き返って死んでってダラダラ生きてきたはずの俺なのにラストはいきなり駆け抜けたな。やな死に方だけどどうしようもないな。せめて痛みとかなく即死でお願いします。

 恐怖でグッと体が縮こまる。
 そんな時、コロっとポケットから何かが落ちた気がした。


 あっ! ババアからもらった小瓶が......


 スローモーションだからそれがすぐに何か理解できた。


 忘れてた......使えばよかった。......てか落とした......あっ!


 ゆっくりと真下に落ちていく小瓶。
 それは地面から突き出た岩に "コチン" とあたり "ピキピキ" とガラスにヒビが入り "パリン" とそのまま割れてしまった。


 コチン ピキピキ パリン  いいリズムだ。 
 コチン ピキピキ パリン  あーやばい、今の音気持ちいい。


 なんかやばいツボ入った。
 死ぬ前なのにめちゃ気持ちいい。

 自分でも訳の分からない感覚に浸りながら俺は、割れた小瓶から勢いよく炎が舞い上がるのを確かにこの目で見た。


 ブワァウウウウ!!!!!


 勢いよく舞い上がる炎。
 その炎と炎の隙間から小さなローブを着た老婆が姿を現していた。

 俺はその姿を見て泣きじゃくりながら、


「おせぇんだよ!!」


 と大声を上げる。


「情けない声を上げるなブサイクが。まったく勝手にいなくなりよって。」


 今はその減らず口が聞けてうれしくてたまらない。
 俺はあきらめかけた心に再び火を灯し大声で叫ぶ。


「助けてくれぇ!! バアさん!!!」


 突然の大声にあからさまに不快な顔をしながら俺を睨み


「うるさいんじゃバカモン!!!! 今助けるから黙っておれカメムシ!!!!」

 そういいながら手のひらから刃状の炎を出し俺の足を縛っている木の根を切り払う。

 まっ逆さまに地面に落下する俺だったが地面に衝突する瞬間にババアが作った炎の爆風のクッションに助けられ明後日の方向へ吹き飛ばされる。


「グエエエエエェェェエエエ。」


 カエルのようなひどいうめき声をあげどこかの茂みに突っ込んでしまった。
 薄れていく意識で木の化け物とババアが戦っているのを確認した俺は無責任全快に安心してそのまま意識を失うことにした。


 ババア、よろしく。


 そのまま俺は意識を失った。







 そもそもなぜ今のような状況になったのか? 俺はたしかに草原からずっとババアの後ろをついてきていたはずだ。
 いつの間にかこうなっている。
 もちろんずっと目を離さずに見ていたわけではないのでボーと歩いてる間に入れ替わっていても気づいたかどうか。


 いや、重要なのはそこじゃない!! 重要なのはなぜ俺がこんな世界で生きるために頑張らないといけない状況になっているのか? という事だろ。


 なんで俺が、なんで俺ばっかりが......
 って思いながら今まで生きてきたんだよな。
 なんで俺はこの世界に来たんだろうか? 何か理由があるのかな?
 俺がここに来た理由......俺が必要な理由......



 ハッ!! と覚醒するように高くそびえる木々を見上げる形で目を開いた。
 すこし木の葉で隠れて見えない空を見上げていたがすぐに起き上がり "パチパチ" と気持ちのいい音を出す焚火の光に目をやる。


「運のいい小僧じゃの。具合はどうじゃ?」


 暗がりで焚火の炎に照らされたシワだらけの顔は光のコントラストでより一層掘りの深さを増していた。
 ツルの集合体を初めて見た時はその異常な容姿にびっくりしたけど、意外にいい線いってたんだな。


「おい、何半笑いで人の顔をみとるんじゃ。汚らわしい俗物が。」

「いや、ほんとに口悪いよね。あんた。」

「思ったことを言っているだけじゃ。」

「また悪口言った。悪口言わないと死んじゃうの? ちょっとは我慢できないの?」

「......?」

「いやちょっと待って。ほんとに?な顔しないでよ! マジで思ってること言ってるだけみたいなさ! 結構傷ついてんだからねこっちは!」

「相変わらずうるさいのぉ。お前とおるとしんどいわい。」

「お前!! 一番言っちゃいけないやつ!! 恋人の相方から別るとき言われる一番ひどいの一位のやつ!!

「女を知らん奴が何を偉そうに......これだから童て......」

「言わせねぇよ!!! その先は言わせねぇから。てか違うから。経験あるから。2人か3人くらい。」

「2人と3人は間違えんじゃろ。素直に認めてればまだかわいげもあるのにの。そこで意地を張るからお前はいつまでもドウテ......」

「言わせねぇよ!! だから言わせねぇから!! てかそんな話はどうだっていいんだよ!! いい加減凍俺がなんでこの世界に来たのかとか、もっと言わなきゃならないことあるだろ。」

「まぁそう急かすな。いずれにしてもいつもわしが助けてやれるとは限らんしの。どちみちすべて話してやるつもりじゃったし。とその前にこれでも食え。」


 ババアはそういうと焚火の中で焼いていた肉を俺に差し出した。
 それを見た瞬間、俺の腹は大きくグゥーと唸りだし口から唾液があふれ出た。


「何の肉かは言わないでくれよ。」

「ふん。知りたくなったらいつでも聞けばいい。」



 ババアの手から肉を奪い取りがむしゃらにその肉を頬張った。

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