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後
朝
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朝が来る。後ろから抱きかかえられて眠っていたことに気が付いて温もりにまた微睡む。でも肌が触れていれば否応なく下腹部が甘く疼く。仕様もなくて嫌になる。言う通りここに体液を交えれば少しは治ってくれるのだろうか。平常の感覚が久し過ぎて身体はもう半ば拷問に慣れてしまった。欲しい欲しいと咽び泣く子の目の前で耳を塞ぐ罪悪感に苛まれるような。
いや一体もう苦しむ必要はない筈だ。
身じろいで隙間を作りくるりと反対を向く。顔が。間近な顔に思わず赤面した。馴染んだ顔と認識するばかりでそのつくりを改めて観賞することはなかった。離れて聞こえてくるのは凛々しいとか光るような美丈夫だとか天上人かくやなどと、磨いて台座に乗せれば石でも有り難む掌返しに呆れていた。あの禁酒の所為だと頭に釘を刺しながら、スッと冷静な目で見直す。まっすぐと凛々しい眉、通った鼻筋に引き結ばれた唇、無駄のない顔の輪郭、双眸を開けば眼差しは鋭く遠く孤高な鷹の目のよう、捉えられれば鷲掴まれて魅了される。――駄目だ。私までもが雷同している。顔や地位じゃない。私が私だけが昔から――
「葵」
居眠りする従者を咎めるように揺り起こした。
「ん……」
瞼を開いた途端に頬が緩んで目尻が下がりふやりと笑む。こんなに幸せそうな人を目の当たりにしたことがない。
「桃……」
背側に敷かれていた手が改めて回り引き寄せられる。想いが通じ合った、のに安心したのかこれまでのような躊躇いは見られない。――自分がもっと早くに自覚していれば、宮中を転覆させるような事態を招かずにいられたのかもしれない。その場合は、駆け落ちして……? いややはり想像できなかった、そんな選択肢は生まれなかった。物心付く前からそれを当然として教育を受けてきたのだから。人前では衣を着る。扇で顔を隠す。身を清める。身心は自分ではなく天子様のもの。捧げられるのは至上の誉れ―― それが葵だからああも心乱されたのだろう。一度殺した心が生きたいと。
「葵、葵」
――まだ。嵐は治っても凪いだ訳ではない。もう自分のものではない。複妃を廃そうと多妻制だ。それはいい。世を絶やさない為の必要だ。――ただせめて。
「早く葵のものにして……」
「もう桃のものだ」
「いや。葵のものになりたいの」
唇を鎖骨に押し付け胸に縋る。乳房を押し潰して擦り付け手を回し腰の裏を摩った。途端に腹を刺して減り込む堅い隆起に合わせてよじあがり、太腿に挟んで股下を擦り付ける。布の上からでも熱い。快感が迸り息が上がった。
「桃、……発作が?」
はぁ、と少しもの苦しげな息を吐いて耐えるようにその眉根を寄せる。
「……うん」
そうなのかもう分からない。でも淫らに思われたくなくて責めれば優しく包んで拒まれないと知っていて、狡く答える。
「少し楽にするから……」
贖罪のように言い従って、唇を塞ぐ。舌が入り込む。ちゅくちゅくと絡め合う。手を引けば、その指がそっと股下に触れた。とぱとぱと濡らされたそれも下の唇に挿しこまれた。くちゅくちゅと上下の水音が交わる。また近くに白い波が見えた。覆われる。
波が引いた後、確かに身体の火照りは冷えていくが、心がまだ鎮まらない。それどころか空虚な穴を押し拡げられたようだ。
「どうして……受け入れさせてくれないの」
「少しも痛く無くなってから」
「葵の悪い癖よ。現状を守っても現状が続く訳じゃない」
「……そうだけど、桃」
彼は言って手を組み合わせ握った。大きな手に織り込まれたその指に目を落とす。
「桃の器はこの指二本でいっぱいで、」もう片手を掴んで堅いままの隆起に触れさせる。握って指が辿り着かない。小枝と幹程の違いがある。
「壊せない」
「壊してよ」
睨んで責めた。
「貴方が勝手に我慢している間にも私はずっと拷問を受けているの。守っているのは自分だという自覚はある?」
「……なかった」
素直に落ち込む相手に、自分こそ勝手だと省みて声を和らげる。
「怖くない訳じゃないけど……でも、合わせて広がるものなんじゃないの?」
「そう思える締め付けじゃない……いや、」と目を落とす。
「自分が、挿れたらおかしくなりそうだ。何も聞こえなくなって傷付けるのが怖い」
「多分大丈夫……おかしくなるのは分かるし、むしろ貴方も醜態を晒さないなんて不公平じゃない?」
「桃は可愛いさしか晒していない」
「――……じゃあ、貴方も可愛いと思っているから」
「桃」
「葵……」
視線が絡み合う。
「一旦夜にしよう」きりと真剣な眼で続いた。
「もう……」はあと溜息を吐く。
「邪魔されたくないし、後もずっと桃といたいから」
「分かりました」身を起こして正座する。「帝様はご政務もあるものね」
「桃が幸せな国にしたいから」
立ち上がって衣を直し、つむじに唇を落として行く。そっと、でも力強い言葉の囁きにまた力が抜けて赤面するしかなかった。ひとり余韻のままぼーっと抜ける空を見上げる。
「青龍帝……」
“葵”だけじゃない。天駆ける龍が落ちぬように支える白雲が必要なら。
「謀略とか疎そうなんだから……仕方ないわね」
『知る』ことで彼を輔られることもあるだろう。
顕れぬ声を聴く。
初めは、知りたかった。無表情で無口で感情を示さない心を知り、開きたかった。
能力の発現原理は定かでないが、言い伝えでは“願い”を叶える力を与えられたと云う。
“分けたら両方幸せでしょ”
ひとつだけ、自分にしか与えられなかったおやつの果物を割って渡したんだっけ。
“桃って言うのよ 美味しいでしょ”
“桃……”
あの時初めて唇が動いて、それから名前を呼ぶようになった。誰よりも。
袂を正して、自分も立ち上がる。
「私も能力と向き合おう」
更には民の声を。野山や風動物の教える声を。“神業”に近づけたら二人できっと。
どこまで拡張されるものか分からないけど、あんな人外の理を見せられたら不可能なんかないんじゃないかと思える。
“命の等分”
憎しみではきっとなかった
私が助かって 犬が死んだ
誰があの仔を 誰が東宮を
知ってしまうのが怖くなくなった訳じゃない
それでも
幸せも痛みも咎もあなたと分かち合えるなら
目を凝らせば見える白い月。夜の帷が降りようと
「私はもう、受け入れられる」
いや一体もう苦しむ必要はない筈だ。
身じろいで隙間を作りくるりと反対を向く。顔が。間近な顔に思わず赤面した。馴染んだ顔と認識するばかりでそのつくりを改めて観賞することはなかった。離れて聞こえてくるのは凛々しいとか光るような美丈夫だとか天上人かくやなどと、磨いて台座に乗せれば石でも有り難む掌返しに呆れていた。あの禁酒の所為だと頭に釘を刺しながら、スッと冷静な目で見直す。まっすぐと凛々しい眉、通った鼻筋に引き結ばれた唇、無駄のない顔の輪郭、双眸を開けば眼差しは鋭く遠く孤高な鷹の目のよう、捉えられれば鷲掴まれて魅了される。――駄目だ。私までもが雷同している。顔や地位じゃない。私が私だけが昔から――
「葵」
居眠りする従者を咎めるように揺り起こした。
「ん……」
瞼を開いた途端に頬が緩んで目尻が下がりふやりと笑む。こんなに幸せそうな人を目の当たりにしたことがない。
「桃……」
背側に敷かれていた手が改めて回り引き寄せられる。想いが通じ合った、のに安心したのかこれまでのような躊躇いは見られない。――自分がもっと早くに自覚していれば、宮中を転覆させるような事態を招かずにいられたのかもしれない。その場合は、駆け落ちして……? いややはり想像できなかった、そんな選択肢は生まれなかった。物心付く前からそれを当然として教育を受けてきたのだから。人前では衣を着る。扇で顔を隠す。身を清める。身心は自分ではなく天子様のもの。捧げられるのは至上の誉れ―― それが葵だからああも心乱されたのだろう。一度殺した心が生きたいと。
「葵、葵」
――まだ。嵐は治っても凪いだ訳ではない。もう自分のものではない。複妃を廃そうと多妻制だ。それはいい。世を絶やさない為の必要だ。――ただせめて。
「早く葵のものにして……」
「もう桃のものだ」
「いや。葵のものになりたいの」
唇を鎖骨に押し付け胸に縋る。乳房を押し潰して擦り付け手を回し腰の裏を摩った。途端に腹を刺して減り込む堅い隆起に合わせてよじあがり、太腿に挟んで股下を擦り付ける。布の上からでも熱い。快感が迸り息が上がった。
「桃、……発作が?」
はぁ、と少しもの苦しげな息を吐いて耐えるようにその眉根を寄せる。
「……うん」
そうなのかもう分からない。でも淫らに思われたくなくて責めれば優しく包んで拒まれないと知っていて、狡く答える。
「少し楽にするから……」
贖罪のように言い従って、唇を塞ぐ。舌が入り込む。ちゅくちゅくと絡め合う。手を引けば、その指がそっと股下に触れた。とぱとぱと濡らされたそれも下の唇に挿しこまれた。くちゅくちゅと上下の水音が交わる。また近くに白い波が見えた。覆われる。
波が引いた後、確かに身体の火照りは冷えていくが、心がまだ鎮まらない。それどころか空虚な穴を押し拡げられたようだ。
「どうして……受け入れさせてくれないの」
「少しも痛く無くなってから」
「葵の悪い癖よ。現状を守っても現状が続く訳じゃない」
「……そうだけど、桃」
彼は言って手を組み合わせ握った。大きな手に織り込まれたその指に目を落とす。
「桃の器はこの指二本でいっぱいで、」もう片手を掴んで堅いままの隆起に触れさせる。握って指が辿り着かない。小枝と幹程の違いがある。
「壊せない」
「壊してよ」
睨んで責めた。
「貴方が勝手に我慢している間にも私はずっと拷問を受けているの。守っているのは自分だという自覚はある?」
「……なかった」
素直に落ち込む相手に、自分こそ勝手だと省みて声を和らげる。
「怖くない訳じゃないけど……でも、合わせて広がるものなんじゃないの?」
「そう思える締め付けじゃない……いや、」と目を落とす。
「自分が、挿れたらおかしくなりそうだ。何も聞こえなくなって傷付けるのが怖い」
「多分大丈夫……おかしくなるのは分かるし、むしろ貴方も醜態を晒さないなんて不公平じゃない?」
「桃は可愛いさしか晒していない」
「――……じゃあ、貴方も可愛いと思っているから」
「桃」
「葵……」
視線が絡み合う。
「一旦夜にしよう」きりと真剣な眼で続いた。
「もう……」はあと溜息を吐く。
「邪魔されたくないし、後もずっと桃といたいから」
「分かりました」身を起こして正座する。「帝様はご政務もあるものね」
「桃が幸せな国にしたいから」
立ち上がって衣を直し、つむじに唇を落として行く。そっと、でも力強い言葉の囁きにまた力が抜けて赤面するしかなかった。ひとり余韻のままぼーっと抜ける空を見上げる。
「青龍帝……」
“葵”だけじゃない。天駆ける龍が落ちぬように支える白雲が必要なら。
「謀略とか疎そうなんだから……仕方ないわね」
『知る』ことで彼を輔られることもあるだろう。
顕れぬ声を聴く。
初めは、知りたかった。無表情で無口で感情を示さない心を知り、開きたかった。
能力の発現原理は定かでないが、言い伝えでは“願い”を叶える力を与えられたと云う。
“分けたら両方幸せでしょ”
ひとつだけ、自分にしか与えられなかったおやつの果物を割って渡したんだっけ。
“桃って言うのよ 美味しいでしょ”
“桃……”
あの時初めて唇が動いて、それから名前を呼ぶようになった。誰よりも。
袂を正して、自分も立ち上がる。
「私も能力と向き合おう」
更には民の声を。野山や風動物の教える声を。“神業”に近づけたら二人できっと。
どこまで拡張されるものか分からないけど、あんな人外の理を見せられたら不可能なんかないんじゃないかと思える。
“命の等分”
憎しみではきっとなかった
私が助かって 犬が死んだ
誰があの仔を 誰が東宮を
知ってしまうのが怖くなくなった訳じゃない
それでも
幸せも痛みも咎もあなたと分かち合えるなら
目を凝らせば見える白い月。夜の帷が降りようと
「私はもう、受け入れられる」
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