死に損ないの抒情詩

菫重工

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fiet unum

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 ドアをノックする音。アーテルではない誰か。警戒を緩めずドアをわずかに開く。開いたドアの隙間に丹念に磨かれた革靴の足先が挟み込まれた。
 父だ。どうして空に居るのか。ここは限られた防衛関係者しか立ち入りを許されない。ゆえに父と二度と顔を合わせずに生涯を終えると思っていたのに。
「16歳の誕生日おめでとう、我が駒」
 心臓が早鐘を打つ。頭がぐらぐら揺れる。一瞬でも気を緩めたら駄目だ。気を緩めたらぼくの身柄は父の手許に渡る。
 呼吸ができない。逃げなくては。でも、どうやって? 助けを呼ぼうにも喉が絞まっていて声が出ない。
「お前はもう子供ではない。戯れの時間は終いだ」
 父の護衛がぼくへ歩を進める。護衛に腕を奪われる寸前、ぼくと護衛を隔てるように滑り込む影が現れた。影は願った通りにアーテルだった。けれど浮かべる表情はいつもぼくに向ける穏やかな笑みではない。敵を屠るときに向ける冷たい眼差しだ。怖い。震えを堪える。
「マシロ。救援を呼べ」
 頷くのが精一杯。スマートウォッチで緊急通報を送る。
「操り人形如きが人間に逆らうか。ソレは我が家の所有物だ。どう扱おうが勝手だろう」
 父はさも当たり前のように嘲笑う。
「マシロは貴方の所有物ではない」
「ならば何だと言うのか」
「マシロは私が愛する人間だ」
 意味が分からない。ぼくに愛される価値なんかないのに。そう思ったのは父も同じだったらしい。不愉快そうに顔を歪めて嗤う。
「人形如きが愛を語るか。馬鹿馬鹿しい。やれ」
 護衛が再び動く。アーテルはサバイバルナイフ片手に護衛を薙ぎ倒していく。
「手足の筋を断った。当面は使い物にならない。……残りは貴方一人だ。退け」
 父は悔しげに踵を返し立ち去る。おかしい。父は護衛だって捨て駒と見なす人間だ。こんなに諦めがいい訳がない。
「マシロ、すまない」
 言葉だけ残してアーテルは消えた。実弾の音が廊下に響き、遅れて扉が閉まる。反響が止んで、不穏な静寂が訪れた。心臓が爆ぜてしまいそうだ。でも、ぼくは確かめなくてはいけなかった。
 扉を開ける。アーテルは射撃体勢を崩さないまま廊下の壁にもたれかかっていた。胸部に空いた穴の奥で小さく火花が散っている。
 その先に、父が脇腹を押さえて倒れていた。息はあるようだ。救護スタッフは父をERに運んでいく。
 泣いている場合じゃないのに込み上げてしまう。
「きみなら撃たれずとも父を殺せただろう」
 アーテルは首を横に振る。
「私が撃たれなければマシロが撃たれた」
 ぼくを庇うためにわざと弾道に向かっていったのか。
「そんなの、間違ってる。ぼくなんか……」
「マシロ、自分を卑下しないでくれ。私はきみを愛している」
 そこまで言ってアーテルは瞼を伏せた。機能停止。人間が気を失うように。それでもアーテルの顔は精巧に作られた人形で、機能停止する様すら美しかった。
 修理スタッフが到着して、アーテルが運ばれていく。追いかけはしなかった。ぼくがついていったところで足手まといだから。
 胸の前で手を合わせて祈る。無事に直りますように。
 人形に死などない。けれどぼくには祈ることしか出来ないから。

「父は地上に帰された。軍事施設内で発砲した以上、二度と来られないから安心して」
 返事はない。代わりに長い指がぼくの髪を撫でる。こんなにも優しく触れる指が硬質な合金だなんて嘘みたいだ。
「……どうして、ぼくのために傷ついたの」
 アーテルに問いたくて口にしたんじゃない。こんな言葉は自傷の術のひとつだ。けれどアーテルは真っすぐにぼくを見つめて答える。
「愛する者のために自らを盾にするのは当然だ」
「間違ってる。そんなの。きみが自分の操縦士を、人間を守護するための存在だとは知っている。けれど、だとしても、ぼくに守る価値はない。ましてや愛される価値なんてあるわけがない」
「きみの価値は私が決めた。マシロ。だから、私に委ねてくれ」
 抱き寄せる腕は強引だった。いつもみたいに優しくない。唇に唇が触れて、すぐに離れた。
「これは私の意思だ。私が踏み込めるのはここまでが限界だろう。これ以上はマシロの意思が無くては叶わない」
「……そんな言い方、ずるい」
「狡くはない。本来、我々は操縦者の意思に応じるまでしか許されていない。故に私は越境行為に及んでいる」
 ぼくにどうしろと言うのか。愛される価値を見出だせないぼくに誰かを愛する権利なんてあると思えない。
 それでも、ぼくは欲してしまった。目の前に生る愛を。ひとの模造品が語る愛を。
「アーテル、きみが欲しい。代わりにぼくをあげる、から」
 アーテルは満足そうに微笑む。
「充分過ぎる答えだ」
 
 手を繋げば長い指に覆われてしまう。その手を引いて私室に向かう。躓きそうなほどに早足で。
 誰もぼくとアーテルの思惑に誰も気づかない。ここでは手を繋いでいようが当たり前の光景だから。それを知ったのはついさっきだけれど。
 扉を少し開けて忍び込むように部屋に入る。鍵をかける。誰にも邪魔されないように。
 灯りはつけないままアーテルをベッドに押し倒す。アーテルは非力なぼくの意図を汲んで仰向けに倒れ込む。
「マシロ、おいで」
 広げられた腕の中に飛び込む。そうする以外に考えられない。唇を重ねる。舌を絡めれば頬が、身体が熱くなる。ずっとこうしたかったんだと今更気づく。
「脱がせていいだろうか?」
「分かっているくせに聞かないで」
 シャツのボタンがひとつづつ外されていく。丁寧に、ゆっくりと。焦っているのはぼくばかりで、アーテルはそんな素振りを見せない。ベルトも、スラックスのファスナーも丁寧に解いていく。じれったく思う。でも、言えない。早く裸にされたいなんて言えやしない。
 タンクトップを剥ぎ取られて薄い胸が露わになる。先端は期待に固くなっている。擦れただけで小さな悲鳴を押し殺さなくてはいけないほどに。
 アーテルはぼくが押し殺した悲鳴に気づいていた。指と指の間に固くなった頂を挟んで軽く愛撫してみせる。
「ひ、んっ、ぁあ……っ」
 ぼくの反応に興味があるのがアーテルは更に指で弄ぶ。
「ゃ、そこ、摘んじゃ……っ」
「だが、嫌な訳ではないだろう」
「胸、弄られるだけでおかしくなるから……」
 アーテルは頷いて腕をぼくの腰に伸ばす。ボクサーショーツが脱がされる。長い指が一文字に閉ざした秘部にぬるりと入り込む。
「んう……ぅ……」
「随分と濡れている」
 これではぼくが淫りがましいと言わんばかりだ。
「だが、マシロを極力傷つけたくはない」
 アーテルは太腿のポーチからチューブを取り出し、片手で蓋を外して中身を手に取る。
「冷たいだろうが我慢してくれ」
 ひんやりしたゼリー状のものが指先で塗りつけられる。
「ひ、ん……んんっ」
「しっかり馴染ませておく必要がある。少し我慢してくれ」
 指先が綻びた穴を執拗に撫で回す。
「ゃあ、あぁ、ん、ぁア、っ、あ……っ」
 ぐちゅぐちゅとぬめった音と、自分から漏れ出る甘ったるい声がうるさくて耳を塞ぎたくもなる。
「アーテル、も……いい、いいからぁっ」
「そうか。ならば、私も準備しなくては」
 ぐるりと上下が入れ替わり、天井がぼくを見下ろす。アーテルはぼくの上に跨った。カチャリとベルトが外れ、ファスナーを下ろす。ガンメタリックの装甲から人の男性器に似せた張り型が現れた。
「こんな大きなの、ぼくの中に?」
「怖いか?」
 頷く。
「でも、抱いて欲しい、から……」
 アーテルはぼくの頭を撫でる。大丈夫だと言うように。
「脚を広げてくれ」
 恐る恐る脚を広げる。もう何もかも露わになっている。
 恥ずかしい。けれど、アーテルに抱かれたくて堪らない。
「これで、いい?」
「そう、それでいい」
 綻びに張り型があてがわれる。目を合わせて頷く。ぐっと力を込められる。処女膜が破ける痛みが走る。。
「ゔぅっ……んっ」
「痛いな」
 アーテルはぼくの目尻を長い指先で拭う。
「うん、痛い。でも、大丈夫。だから、もっと奥に来て」
「嫌だと思ったら私を殴って引き剥がせばいい」
「うん。そのときは目一杯殴るよ」
 隘路を押し広げて進む強い力。こわい。こわいけど、愛おしい。
「ァ……あっ、ア……っ」
「マシロ、苦しくはないか?」
「だいじょうぶ、もっと、奥まで来て?」
 もうこれ以上ないという深さに到達する。先端が当たっている部分がもどかしい気分にさせる。
「アーテル、動いて?」
 頷くと同時に内側から衝き上げられる。
「あ、っ、なに、これぇ、っ」
ぐちゅぐちゅとぬめった音が自分から発されている。 
「きもちい……きもちぃよぉ……っ」
「それならば良かった」
「あーてる、ぎゅってしてぇっ、このままじゃ、さみしい……からぁ」
 アーテルは戸惑う顔をした。当たり前か。ぼくがこんな甘え方をするなんて想像もつかないだろう。ぼく自身、内心戸惑っているくらいだ。それでもアーテルはいつものように微笑んでぼくの細い身体を抱いて覆った。
「マシロ、愛している」
「ぼくも、あーてる、すき……ぃ」
 キスを求めて、キスで応じる。言葉を交わす必要すらなくなって、ぼくはアーテルの腰に脚を絡みつかせて離れないようにしていた。
「だめぇっ、もぉ、っ、イクぅっ、イッちゃうぅ……っ」
 アーテルは獲物に喰らいつく狼の目をして低い声で囁いた。
「マシロ、果てろ」
「ぁ、ァ、あア、─────────────っっっ」

 絶頂に至り、身体が緩慢となる。それと同時に視界が滲んで目の前が曖昧になっていく。
「マシロ、やっと泣けるようになったか」
 アーテルは嬉しそうに傍らで髪を撫でる。
 思えば、ぼくは女の子をやめてから感情を殺して生きてきた。もう、自分を殺さなくていいんだ。そう思えたら更に涙が溢れた。
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