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その他

咲き香る道にて

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 暑さが和らいできた、そんなこの頃のことだ。不意に香ってきたものに顔を動かした。

「何、どうしたの?」

 師匠にして相方がそんな俺に気づいたのか足を止めて振り向く。懐かしい匂いがしたと答えると、同じように周りを見渡し始めた。
 お互い長く故郷を離れて久しい。旅商人なんてそんなものだと言われるが、存外記憶というのは朧げになっているというのに、そこにあった匂いに動かされるのだから不思議なものである。
 しばらく発信源を探すが見つからず、もしかしたらもう少し先なのかもしれないと止めていた足を進ませた。予想通りで、幾分歩くとそれは目に入った。
 橙とも黄ともつかぬ色。けれどその色と同じように香りは鮮やかだ。周囲にはこの一本しかないというのに甘ったるく感じるほどの強さ。その変わらぬ姿は、一瞬だけ自分達が子どもに戻った錯覚を起こさせた。

「もうこんな季節なんだね。どおりで寒く感じるわけだよ」
「そろそろ紅葉も始まるだろうな。仕入れ物も変えるか?」
「うーん……酒精が強いものに変えてもいいかも」
「了解」

 木を見上げながら話すことは商売の話だ。これが大人になったというものなのだろうか。
 あの頃はこの木に花が咲くと収穫の手伝いが始まるとしか思わなかったのに。

「そういえばさ、この花を漬け込んだお酒があるんだって。ちょっと気にならない?」
「へえ、そんなのもあるのか。酒の世界は沼にも程があるだろ」
「そりゃ消える酒もあれば生まれる酒もあるからね。国や大陸によって好まれる種類も変わるし。その辺もおいおい覚えていこうね」
「先が長そうな話だな」

 一人前になるには気が遠くなりそうな時間がかかりそうだと思いながら横の姿を見やる。俺より身長が低くその身よりもでかい荷物を背負っている、俺の師匠。──俺の、幼馴染み。
 数年故郷を離れ、再会した時には酒を生業とした商人になっていた。そこに至るまでの経緯なんかは聞いたことがない。聞く気もない。俺がこいつとともに商売を始めたいと話した時の気持ちを語らないように。

「さて、そろそろ行こうか。夕方には着きたいなぁ」
「あの山の麓にあるならそんなに遠くないだろ。このまま行けば問題なく着くんじゃないか?」
「そうだね。今日は久々に屋根付きで寝れるね!」

 その場を少し離れ始める俺達を追うように香る匂いが徐々に薄れる。
 それがほんの少しだけ、切なかった。
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