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その他

消えた町

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 分かり合えると思ってた。それはどこか夢だったのかもしれない。もしかしたら、甘い幻惑のようなものだったのかもしれない。
 全ては分からない。全部終わった後の話だ。だけど、そう、もしもの話があるのだとしたら私はそれにしがみつく。そんな精神状態だ。
 燃え盛る炎を見て感じたのは、そんな陳腐なものだった。
 大丈夫か、と聞こえた声に反応すると、彼は私の肩に手を置きながら、火の海と化した町をただ静かに見ていた。岩壁に囲まれた場所だ、周囲は山で森林があるとしても被害は大きくならない。むしろ城壁とも見られそうなほどの壁が周囲を覆っているから大丈夫だろうと、沈みゆく町を見つめた。全ては私達二人だけで行った。
 あそこは私達にとって地獄だった。物盗り、強奪、命の奪い合いなんて当たり前。市を立てればショバ代が発生し、払えても払えなくてもゴロツキどもが店を壊す。その為滅多に商人は来ず、旅人も訪れることのない、閉鎖された場所。犯罪者たちの末行く場所。そんな中で産まれ育った私も親は知らない。そんな子なんてざらにいた。路地裏のどこかにいつも潜んでは金のありそうな人間から奪い、商店から食べ物を奪い、その日暮らしというなの犯罪を犯しながら過ごしていた。……隣に立つ、兄と慕う者に出会わなければきっと私は、今もそんな世界で暮らしていた。
 彼はこの町の出身じゃないと言っていた、だから最初は犯罪者かと思ったけど、どうにも違うようだ。詳しいことは知らない。聞いても分からなかった。でも、この町を酷く嫌っていて、いつか壊すと常々話していた。周りは話半分に聞いていたけど、私はそう思うことはなかった。
 同年代には不釣り合いな精神の成熟、知識の量、言葉遣い、所作。ありとあらゆる面で彼は凌駕していた。だというのにこんな地獄にいるのはおかしい。ずっとずっと昔、今は亡き神父様がおっしゃっていた神様の使者ってやつだと思ったほどだ。だからというわけじゃないけど、私は彼に協力した。
 黒くてドロリとした、異臭のする沼を探していると言われて、岩壁と崖を越えた先にあることを伝えると真剣な表情でどこか聞かれたのは記憶に新しい。
 案内した先で嬉しそうに笑いながらタンクに沢山入れていく。私もと手伝い、三日かけて町へ運び、夜遅くの今、こうして燃え盛っている。
 一体どんな原理なのか分からないし知る気もない。ただ一つ言えるなら、彼はあの頃からもう実行しようとあちこちからツテを探して、私しか頼る者がなく、そして現在に至る。
 仮に。もし仮に彼の言うことを町の人々が信じたならば、こうして火の海にならなかったんじゃないかと思う。彼らが分かり合えていたなら、炎に包まれることなく、もしかしたら少しずついい街として動き始めたかもしれない。なにせ自警団という噂の警察もどきまで作ろうとしたくらいだ。まあ……その話は消えてしまったから、こうなっているのだけど。

「そろそろ行こうか。立ち止まっていても仕方ない」
「ん……分かった」

 仕方ない。そう、仕方ない。分かっていても生まれ故郷がなくなるというのは存外切ないものだな、と思った。

「これからどうするの?」
「さあ、どうしようか。とにかく別の街まで行かなきゃ」
「そこは、地獄じゃないよね」
「君のいた町よりはマシだよ。少なくともここに来るまでに立ち寄ったところは、ね」

 不自然に明るかった方向から、私達は目をそらした。まだまだ森は、暗い。
 後にこの世の最悪が詰め込まれた町がいつしか消えていた、誰もその真相は知らないとされる私のちっぽけな世界はこうして喪われた。
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