十人十色(旧題:短編集)

星野 夜空

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 ふと呼ばれた気がして顔を上げた。鈴虫を始めとした虫達の鳴く声と三日月しかない外を見て、やっぱり気のせいだと思うことにした。
 もしかしたら妄想かもしれない。いや妄想というより幻聴だ。そちらの方が正しいだろう。
 今や生死不明のあの人の声が聞こえた気がするなんて、どうかしている。自分に呆れて、知らずため息が漏れた。
 別に、何が原因というわけじゃない。積もり積もったものがあって、きっかけがあって、決壊したダムのように溢れた考えのまま行動した。結果私は、失った。
 そう、大事な心友ひとを失ったとようやく自覚して、自嘲した。あれだけ大事に思っていたかの人に対する仕打ちとしては、世間一般的に言えば絶縁を申し出てきたようなものだろう。針を刺したような痛みが胸に走り、思わず服を握りしめた。
 後悔をしていないと言ったら嘘になる。むしろ嘘にならないわけがない。ずっとずっと、信頼していた。この人なら大丈夫だと心のうちを明かしてきた。時折付き合っていた人を紹介したいと思うほどには、その人に対して信用を置いていた。
 だけど、同時に過去に縛られてしまっている人でもあったことを、私は知っていた。勝手ながら、一方通行な思いでも大事な人と認識していたから、何か力になりたかった。……そんなこと、誇り高いからこそ許してくれるわけがないというのに。
 ある日、どうして立ち止まってしまっているのか聞かせてもらった。辛いだろうに、思い出すだけで顔を歪ませるのに、教えてくれた。肩の荷を預けてくれたと感じた。お前なら知ってほしいと、知っても良い人間だと言われた気がした。その気持ちに報いたいと思う気持ちに嘘はない。なんなら、未だにそう思ってる。
 この状況は、思いと矛盾してる。それは認識以前の問題だ。それならば、私は。離れない方が良かったのだろうか。正解のない道に迷い込んでしまったら最後、抜け出せないとはよく言ったものだ。
 ゆっくり視線を下ろしていく。確かに彼は私を救ってくれた。その恩にも報いたい。……私の気持ちが邪魔でなければ、だが。
 邪魔だろうな。去った人間のことは一ミリも気にしない人だった。だから私のことも気にしていないだろう。よしんば覚えてくれていたとしても、勝手に消えたことを恨んでいるかもしれない。恨まれ憎まれるのが当然だとさえ思う。かの人と精神的距離を取るということは──生死が分からぬほど縁を薄くするとは、そういうことなのだ。
 だとして、ならば何故。かの人の呼ぶ声が聞こえたのだろう。どうして、辛そうな声音だったのだろう。どこか甘く痺れるような雰囲気だったのだろう。
 私には分からない。分かる術もない。
 ゆえに、私は外を見続けた。あの人がいるだろう地の方向へ、ずっと。
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