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その他

ありがとう、そして

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 確かに最初は遊びだった。もちろん最後まで遊びだった。向こうもそれは同じ、だったと思う。
 それでも変わらないものがある。私達の繋がりは、大事なもので、だからこそ刹那の夢であったと思わずにはいられない──。



 ネットで出会いを求めるのが普通となった今。ツールとして廃れた掲示板サイトは、その寂れ具合を利用して人には言えない性癖を持つ人々の集まりに打ってつけとなった。私もその一人で、よく掲示板を見ては予定を合わせて性欲の発散をしてた。
 だって誰にも、恋人にも言えない。痛みや服従感。それらが私の生きる証になってるだなんて。まして自傷癖を治さねばならない社会人という立場になれば尚更、別の方法で自分を痛めつけてくれるが欲しくなってしまうのは必然といえたんじゃないかって今でも思う。
 だから恋人がいようがいまいが、私は世界に居続けた。普通の人は理解できないだろうけど、そこでは恋人と性癖パートナーは別ものとして考えるのが普通で、恋人がいても構わないと言ってくれる人が多かった。その言葉に、そしてその世界の常識に私は甘えてしまった。
──甘えたその先に覚悟を求められる日がくるだなんて思いもしなかった。
 ある日の昼下がり。軽い電子音が流れて、たまたまそのメッセージを返している途中、彼氏に見られてしまうなんてことが起きる、それまでは。

「お前、何だ今のやり取り……てかそいつ何だよ……⁉︎」

 その反応は最もだと思う。私が逆の立場だったとしてもそう口走るだろうから。反面、私の反応はいたく冷静に相手には見えたのかもしれない。セフレだと話せば顔を歪ませて、俺じゃ物足りないのかと問い出された。
 足りる、足りないの話でいえば十分なくらいに足りてる。愛に溢れ、優しくされた先に交わる。甘く蕩けるような行為を嫌うわけじゃない。
 でも、それとこれとは別に、私にとって生きて良い証──痛みが必要なことを話せば、きっと心優しい彼のことだ、苦しむだろう。案の定、その一部分を話しただけで泣きそうな表情をされてしまったのだから。
 もうこれは別れることになると思っていたのに、神様はどうやら、時に優しく笑みを浮かべながら酷なことを求めてくるようだ。

「それでも俺は、お前と一緒に居たいんだよ。そりゃ、他の男に抱かれるなんて嫌だけどさ。……俺じゃ無理なんだろ? だからそいつらに頼るんだろ? だったらお前が求められるように俺が努力すれば良いだけの話じゃんか」

 そう言って無理に笑う彼を見て、私の何かが壊れた。
 もうこれ以上、彼を騙したくない。嘘を吐き続けたくない。彼を、裏切りたくない。苦しめたくない。──解放してあげたいのに、離したくない。
 矛盾した想いが体中を駆け巡り、いつしか熱い雫となって頰を伝った。
 慰めてくれる彼の手を頭に感じながら、手に握っていた携帯を握りしめる。明日、ケリをつけようと。



「そっか。残念だな、相性が良かったのに」

 実にあっさりと、ある意味当たり前な反応に強張っていた体の力が抜ける。カフェで一服した後はラブホの流れ。それがもうない。今日以降、会うことはない。
 変な言い方をすれば足を洗うような感覚にむず痒くなる。同時に、何だか不安定な気持ちにも襲われる。今の今まで安定をはかっていた居場所がなくなる、その感覚は初めて。だからだろうか、目の前の人物と繋がるのある連絡アプリを入れたままにしているのは。
 それは向こうも気づいている。そして私の意志の弱さも短い関係ながらに知っている。
 それゆえに、最後の命令だ、と彼は告げた。

「今ここで、俺の目の前であのアプリを消せ」
「っ、それは……」

 もう二度と、私達は会えなくなる。たとえアプリを入れ直したとして、連絡が取り合える確証なんてなくなってしまう。だってこれ以外の連絡手段を持っていない上に、普段の生活で関わるなんてこともない。
 つまり彼との繋がりだけでなく、完全にあの世界の住民達と離れろと──離れて彼と進む道を行けと、目の前の人は言い放ったのだ。
 何も言わない彼の目は、けれどいつもホテルで私を抱いている時と同じ光を宿していて、逃してもらえないことを本能ともいうべき部分が悟る。
 震えそうになりながら携帯を取り出して、アプリを消す直前で、つい言葉が漏れた。
 本当に、良いんですか、と。
 返答はなく、俯いていたからどんな表情をしていたのかは分からない。それでも私はその意味を感じ取れた気がした。
「削除」の文字をタップして、私達の関係は終わりを告げた。
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