十人十色(旧題:短編集)

星野 夜空

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そして私は飛び出した

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 泣きたいほど辛い夜があることは知っていた。
 友人に裏切られた時。テストで悪い点を取った時。大学受験で不合格をもらった時。些細なことと言われそうだけど、その時その時の私にとって、全部大事な出来事だった。
 でも、この辛さはその非じゃない。
 仕事をし始めること。そのことについて皆不安で、怖くて、辛いなんてこと、今の時代いくらだって知ることが出来る。なんなら、どう乗り越えてきたか、その対処法だって分かるほどだ。
 だというのにここまで追いつめられるのは、職種が職種だからなのか、単に私の覚悟が弱いのか。どっちもありそうで、どっちもない気がしてならない。
 人と関わる仕事──こと人の命を預かる仕事というのは、生きることと死ぬことが紙一重の世界だ。何が引き金でどういうことが起きるか、その結果どうなるか誰にも分からない。だからこそ最善の策を、予防をしなくてはならない。
 他者の命を預かると同時に、その過酷さゆえ自身の体や心をすり減らす。早い話、どこかで自分達を守るラインがなければいけないのだ。
 その区別が、私には分からない。妥協して事故が起きたら? が起きたら? 気がついたらその恐怖に取り込まれそうになる。
 それでも歩き続けなればならない、と気を張り続けたせいなのだろうか。ふとした時に涙が出てくるようになった。
 叱られる、褒められる、心配される、賞賛される。どんな場面でも「自分」が関わることがあると泣きそうになってしまう。
 一体どうしたのだろうと思ってかかりつけの医師に話せば、心に問題があるという。
 そんなの今更ではないか、と笑えるほどの余裕は、その時の私にはなかった。

「一度休養をしましょう。何なら仕事を辞めても構いません。自分を守ることに専念してください」

 それに頷けたら、今の未来は変わったのだろうか。

「医者に休めと言われたなら休めよ? 無理するな」

 彼の言葉に素直に従ったら、ここに私はこなかったのだろうか。
 分からない、分からないけど。
 心臓が苦しいほど痛いのは、もう嫌。

『いつでも帰ってきなさい。待っているから』

 疎遠になって久しい母親の言葉が脳裏に浮かんだ。

「ごめん。ありがとう」

 さよなら。
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