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高橋 砌は、進学を機にここ緑町へやってきた。丁度父の転勤が重なったことも理由だ。
だがもう一つだけ、渉にはこの町に住む必要のある理由があった。
「はあ……めんどくさい……」
母方の叔父であるフローズンに会いやすくする為だ。
砌は丁度中学生真っ只中でアイスの症状が出た。真冬だというのに手汗が止まらず、拭っても拭っても滴り落ちてきてしまう。多汗症を超える量だと──アイスの発症がきたのだと気づいたのは、爪の先が水となって溶けたのを見たから。
幸いその日はフローズンである叔父が近くにいたため、すぐに家族が連絡して応急処置が出来た。
ただ、砌自身もドナーやパートナーを探していない訳ではなかった。叔父は二つ先の町に住んでいて、電車で速くても三十分、車を飛ばしたとして十五分の距離は移動手段の少ない中学生にとって、致命的距離といえたからだ。
けれど砌には、どうしてもフローズンは恋人がいいという願望があった。アイスやフローズンの症状は初期段階を除き、感情の起伏とともに変化すると近年の研究論文で発表された。未だに研究余地はあるとされているものの、もしこれが本当であれば、恋人関係になることが一番理想だと砌は考えたのだ。
砌にとって恋愛における基準は相手の性格と、何よりも自分の体質に理解を示してくれることで性別に関してはどちらでも構わないのでは? というスタンスだったのも、この考えに至る所以の一つであろう。
恋人となれば同棲、つまりお互いが近くに住むのではなく一緒に住むことで、常時安定した生活ができる。もちろんその為のパートナー制度もある。ドナー同士でルームシェアすることもあるそうだが、この場合はパートナー制度が使えない上に、どちらかに恋人が出来た時に結局離れて暮らすことに変わりない。
だったら、と考えて会うドナーに自分の条件やその理由を伝えると、理解を示す一方で断られた。同性愛者でないから、ということも勿論あるのだが、砌の住んでいる町のドナーは近しい年齢の人が少なく、むしろ歳上が多かったのも中々に大きな壁であった。具体的に言うと砌を養子にした方が話がスムーズなくらい、といえば伝わるだろうか。
とどのつまり、砌の住んでいた場所は少子化地域だった。
そんな訳で叔父を頼るようにしていた中学生時代は、初期段階を超えると定期的に行くようにしていた。叔父は砌がアイスを発症したと同時に会社へ事情説明をしてくれて在宅ワークに切り替えていた。また、ドナーにも説明して同じアイスの症状を抱える者として、何か悩みがあれば聞いてもらえないか、と手回しもしてくれた。
お陰で同時期に発症したアイスやフローズンよりも手厚い待遇だったのではと、高校生となった砌は思う。
ただそれはそれ、これはこれ、病院通いならぬ叔父通いは中々に面倒であることも本音だ。何せ近くなったとはいえ、その間に体の一部がなくなるくらい溶けてしまった場合、専用水筒や容器に入れることが出来なければ、そのまま欠損してしまう。
そうならない為に定期的に会っているが、正直、溶け出した場所が電車だったならば、揺れる中で液体を入れるのは至難の業である。だから面倒でも会いにいき、しかしそれでもまだ遠いことは本当のことで。何より砌自身、年頃の男子だ。親戚の世話になっているこの状況を何とかしたい、と考えるのも普通といえば普通だろう。
「なあ砌。明日の放課後は空いているかな?」
夕食時、そんな風に切り出してきた父を珍しいと思いながら特にないと返答した砌は、父からの頼み事を聞いてみた。
「今日の夕方、私は応急要員として病院に行ったんだ。そしたら丁度砌くらいの年頃の子どもで、英秀の子だったんだよ。だから明日の放課後、ドナーとして会ってみたらどうだい?」
応急要員。ドナーやパートナーのいないアイスやフローズンを救急措置の為に助ける制度の一つだ。父がそれに登録していたことにも驚いたが、英秀と聞いて真っ先に思ったのは〝会いやすい〟だった。
だがもう一つだけ、渉にはこの町に住む必要のある理由があった。
「はあ……めんどくさい……」
母方の叔父であるフローズンに会いやすくする為だ。
砌は丁度中学生真っ只中でアイスの症状が出た。真冬だというのに手汗が止まらず、拭っても拭っても滴り落ちてきてしまう。多汗症を超える量だと──アイスの発症がきたのだと気づいたのは、爪の先が水となって溶けたのを見たから。
幸いその日はフローズンである叔父が近くにいたため、すぐに家族が連絡して応急処置が出来た。
ただ、砌自身もドナーやパートナーを探していない訳ではなかった。叔父は二つ先の町に住んでいて、電車で速くても三十分、車を飛ばしたとして十五分の距離は移動手段の少ない中学生にとって、致命的距離といえたからだ。
けれど砌には、どうしてもフローズンは恋人がいいという願望があった。アイスやフローズンの症状は初期段階を除き、感情の起伏とともに変化すると近年の研究論文で発表された。未だに研究余地はあるとされているものの、もしこれが本当であれば、恋人関係になることが一番理想だと砌は考えたのだ。
砌にとって恋愛における基準は相手の性格と、何よりも自分の体質に理解を示してくれることで性別に関してはどちらでも構わないのでは? というスタンスだったのも、この考えに至る所以の一つであろう。
恋人となれば同棲、つまりお互いが近くに住むのではなく一緒に住むことで、常時安定した生活ができる。もちろんその為のパートナー制度もある。ドナー同士でルームシェアすることもあるそうだが、この場合はパートナー制度が使えない上に、どちらかに恋人が出来た時に結局離れて暮らすことに変わりない。
だったら、と考えて会うドナーに自分の条件やその理由を伝えると、理解を示す一方で断られた。同性愛者でないから、ということも勿論あるのだが、砌の住んでいる町のドナーは近しい年齢の人が少なく、むしろ歳上が多かったのも中々に大きな壁であった。具体的に言うと砌を養子にした方が話がスムーズなくらい、といえば伝わるだろうか。
とどのつまり、砌の住んでいた場所は少子化地域だった。
そんな訳で叔父を頼るようにしていた中学生時代は、初期段階を超えると定期的に行くようにしていた。叔父は砌がアイスを発症したと同時に会社へ事情説明をしてくれて在宅ワークに切り替えていた。また、ドナーにも説明して同じアイスの症状を抱える者として、何か悩みがあれば聞いてもらえないか、と手回しもしてくれた。
お陰で同時期に発症したアイスやフローズンよりも手厚い待遇だったのではと、高校生となった砌は思う。
ただそれはそれ、これはこれ、病院通いならぬ叔父通いは中々に面倒であることも本音だ。何せ近くなったとはいえ、その間に体の一部がなくなるくらい溶けてしまった場合、専用水筒や容器に入れることが出来なければ、そのまま欠損してしまう。
そうならない為に定期的に会っているが、正直、溶け出した場所が電車だったならば、揺れる中で液体を入れるのは至難の業である。だから面倒でも会いにいき、しかしそれでもまだ遠いことは本当のことで。何より砌自身、年頃の男子だ。親戚の世話になっているこの状況を何とかしたい、と考えるのも普通といえば普通だろう。
「なあ砌。明日の放課後は空いているかな?」
夕食時、そんな風に切り出してきた父を珍しいと思いながら特にないと返答した砌は、父からの頼み事を聞いてみた。
「今日の夕方、私は応急要員として病院に行ったんだ。そしたら丁度砌くらいの年頃の子どもで、英秀の子だったんだよ。だから明日の放課後、ドナーとして会ってみたらどうだい?」
応急要員。ドナーやパートナーのいないアイスやフローズンを救急措置の為に助ける制度の一つだ。父がそれに登録していたことにも驚いたが、英秀と聞いて真っ先に思ったのは〝会いやすい〟だった。
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